恋愛コンプライアンス

奏井れゆな

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第2章 制御不能の狩り本能

13.

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 琴子の何が里見の関心を煽っているのか、それは里見が口にした“本能”から連想すれば察しはつく。
「理解できません。きっと……」
「“きっと”、何?」
 琴子がためらうと、里見はすぐさま催促をした。それでもためらっていると、里見もまた理解できないといったふうに首をひねって口を開いた。
「シャープなアーモンド形の目、口角が下がり気味で不機嫌に見えるけど厚めのくちびるは充分に誘惑の武器になってる。寝起きで乱れた髪はもっとくしゃくしゃにしたいし、首にかかる髪は払いのけたくなる。ついでにいえば、嫌らしいとしかいえない琴子の躰は天下一品。以上がおれの云い分だ。琴子が価値がないっていうのは、べつに自己卑下してるわけじゃなく、単におれを避けるためだろう?」
 どさくさに紛れたような里見の評価は無視することにした。琴子はむっとして見やる。
「卑下してません。なんの得にもならないから。だけど、価値があるなんて勘違いもしません。里見リーダーっていちいち女慣れしてますよね。“しばらく”カノジョはいなくても、里見リーダーから云い寄られて断る人はいなくて、だから……わたしがそうならないから意地になって手に入れようとしてる。違いますか」
「ありふれた心理分析だ」
「……違うんですか」
「全否定をするつもりはない。けど、手に入れた気がしないってことも云った。その気分はいまも同じだ。昨日、帰ろうとしたときの琴子は、セックスありきでおれについてきてるみたいな云い方をした。生理的にとか人間的にとか、嫌いな相手とそんな気にはなれないだろう? それができて、なお且つ、琴子は応じていた。けど、手に入れたいっていうおれの気持ちは、それだけじゃ足りないってことだ。おれのプライドをずたずたにするのもいいけど、それよりもあきらめさせることのほうが、琴子にとっては難しい課題だろうな」
 どう切り返せば、里見をやり込められるのか言葉が思いつかない。琴子は、ふと里見から目を逸らすと、ピザに手を伸ばした。
「いただきます」
 行儀よく云って、琴子は二種類あるうちから魚介類のほうをひと切れ取った。里見は忍び笑いを漏らしたけれど聞こえないふりをした。
 ピザは熱々とまではいかないが、あさりとその風味が口の中に広がって食欲がそそられる。
「美味しい」
 思わず飛びだした言葉に里見が失笑した。そうしながら自分は、チーズだらけというこんがりと焼けたピザのほうに手を伸ばす。
「本当に美味しそうに食べるな。これはピザ専門店じゃなく近くのパン屋でつくられてて、配達までやってくれる。たまに、食パンとか菓子パンを頼むこともある。このピザも、そこら辺のデリバリーピザ専門店より評判がいい」
「チーズもケチってなくてホントに美味しいです。今度、寄ってみます」
「なら、“今度”一緒に行こう」
 里見は抜かりなく、揚げ足を取るようにそこを強調した。
 琴子は軽く睨めつけたものの、取り合わないことにして食を楽しむことに徹する。すると間もなくして、互いに話さなくとも、少しも居心地が悪くならないことに琴子は気づいた。必要以上に近づきすぎている。自分を戒めながら、窓の外に目を向けた。
 高いビルが見えるけれど、光をさえぎるような近さはなく、むしろリビングは二面が外に接していて明るすぎるくらいに明るい。それに、空が広く見えて、会社の、あの会議室と同じ快適さがここにもあった。
 こんなところに住めることに羨望を覚えつつ空腹が落ち着いた頃、長閑な静けさのなかに音楽が紛れこんだ。スマホの着信音だ。ほぼ同時に、別の場所からメッセージの着信音が連続して鳴る。
「あそこだ」
 と、里見は立ちあがりながらリビングのソファを指差し、自分は後ろのキッチンカウンターに向かった。
 スマホの着信音が里見宛で、メッセージは琴子宛だ。琴子の相手はだれだか見当がつく。案の定、バッグの中からスマホを取りだすと、梓沙の名が浮かびあがっている。勘繰っているだろうことを察するのはたやすい。琴子はため息をつきながら、メッセージを表示した。
 一方で里見のほうの着信音が途絶える。
「壮輔? どうしたんだ、こんな朝っぱらから」
 その相手の名が出るなり、琴子はメッセージを読む間もなくハッとして里見を見やった。
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