恋愛コンプライアンス

奏井れゆな

文字の大きさ
上 下
16 / 64
第2章 制御不能の狩り本能

8.

しおりを挟む
「里見……っ」
 制止するべく呼びかけた声は悲鳴じみて途切れる。再び里見の指先は、ピアノでグリッサンドを奏でるように順に胸先をかすめていった。ボディソープのせいで、そのタッチはよりなめらかになって絶妙な感覚を生みだしていた。
 胸先がつんと尖る。見なくても鮮明に感じるほど、琴子の快感は急速に目覚めていた。
 里見の指先はグリッサンドを繰り返し、躰がふるふると揺れ始める。すると、耳もとに呻き声が届いた。
「こういうふうにぬるぬるだと、おかしな気分になるな」
 くぐもった声と伴う吐息に琴子は背中からぞくっとしたふるえに襲われ、また里見が呻く。
 ふいに躰がひっくり返されると、正面から抱きすくめられた。
 裸足では、琴子の頭はせいぜい里見の顎までしか届かない。顔を横向けると、ちょうど鼓動が聞こえてくる。その音は力強く、服を着ているときには細身だと思っていたけれど意外に分厚くて、頬に触れる胸は硬く隆起していた。そして、琴子の下腹部もまた硬く質量のあるものにつつかれている。その躰が琴子を抱いたままダンスをするように揺れる。
 ボディソープ塗れの躰は、里見の云うとおりおかしな気分にさせる。摩擦は余すことなく快感へと変換された。硬いのは琴子の胸先もそうで、里見の躰に擦られ、熱い吐息が次から次へとこぼれだす。
 そうして、背中を抱いていた里見の手が、片方だけするするとおりていった。手のひらはお尻を包むようにして、それから双丘の合間に指先が滑りこんだ。
「あっ」
 琴子は手から逃れようと、びくっと躰を跳ねさせて里見の躰に押しつける。里見が唸った刹那、その腕の中からするりと琴子は抜け落ちた。
 ボディソープのせいに違いなく、転ぶと思った瞬間に素早く里見がかがんで、琴子を腋から抱えるようにしてすくった。軽々と持ちあげられる。
「はっ。ここでケガすることになったら、なんて云い訳するんだろうな」
 里見は他人事みたいに云う。湯を出しっぱなしにしていたシャワーを手に取って、琴子の躰に当ててボディソープを落としていく。
「笑い事じゃありません。ケガ以上に、裸で救急車を呼ぶことになったら里見リーダーは云い訳できませんから」
「おれに限っては、云い訳をするつもりはない。伊伏さんを――というか、この距離感で他人行儀に呼ぶのはどうなんだ?」
「そもそも他人です」
「琴子、でいい? それとも、琴子ちゃん?」
 里見は琴子の云い分を無視してからかう。
「琴子ちゃんなんて、子供っぽくて気持ち悪い」
「それなら“琴子”だ。おれは“道仁”で。対等に」
 里見はしてやったりといった顔だ。わざと選択を絞ったのだろう、琴子はまんまと里見のペースに乗せられている。
「“里見リーダー”、職場で間違ってもそんな呼び方をしないでください」
 不機嫌な表情を浮かべると、突然、目の前にシャワーヘッドが来て、琴子の顔に湯が浴びせられる。子供っぽい悪戯に、手をかざして噴出する湯を避けた。
「もう!」
「もちろん、プライベートな時間での呼び方だ」
 琴子が顔についた湯を拭っているうちに自分の躰を洗い流した里見は、シャワーを止めて壁のバーにかかったバスタオルを取った。琴子の躰を大まかに拭き、そして自分の躰もそうすると琴子の躰をバスタオルでくるむ。
「さっきの続き。もしも素っ裸で救急車に運ばざるを得ないとして、云い訳なんてまったく藪蛇やぶへびだろう。事実は、琴子を口説いてる、それだけだ」
「もう口説く必要ないですよね、こうやってわたしは簡単についてきて、里見リーダーの目的は達成されてます」
 里見は異存があるとばかりに首をひねった。
「達成されてる? 冗談だろう。ここに連れこんでも、琴子を手に入れた気がしない。ベッドに行こう。本当にケガをされたらたまらないから」
 救急車を呼ぶような面倒がたまらないのか、それとも――。
 ふいに手を取って引かれ、琴子の思考は中断された。
 里見はパウダールームで壁に掛かったバスローブを手にしたものの羽織ることはなく、恥ずかしい素振りも見せずに裸のまま廊下に出た。里見の背中も正面と同じで張りがあり、でこぼこしている。
 琴子は撫でてみたい欲求に駆られる。そんなふうに思ったのははじめてだ。戸惑っているうちに、里見はまっすぐキッチンに入るドアを通り抜けて、すぐ隣にある部屋に入った。
 ひとまず欲求を遮断されたことに安堵しながら、琴子はベッドルームを見渡した。焦げ茶色と藍色を基調にして落ち着いている。どちらかというとリビングですごすことのほうが多いのだろう。リビングにはノートパソコンとか雑誌とか、適当に置かれていたけれど、この部屋はわずかに乱れた掛け布団のほかは整然としている。
 ただ、その乱れが別の問題を投げかけてくる。
 わたしは何人めだろう。
 ――と思った直後、琴子の思考が止まる。それも一瞬、なんの問題もない、とその内心のつぶやきは云い訳じみていた。
 里見は掛け布団を剥いで、来て、と強引に繋いだ手を引き寄せる。つまずいたところを里見がすくって、器用に琴子をベッドに転がした。
「里見リーダー、……」
 呼びかけた琴子は、里見が勢いよくベッドに上がって躰が弾んだせいでさえぎられた。
「おれの家で今度そう呼んだら罰を与える」
 一方的に云い渡し、琴子の躰を跨がった里見は顔を下げてくちびるを奪うように重ねた。
しおりを挟む
登録サイト 恋愛遊牧民R+
感想 0

あなたにおすすめの小説

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"

桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

処理中です...