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第2章 制御不能の狩り本能
8.
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「里見……っ」
制止するべく呼びかけた声は悲鳴じみて途切れる。再び里見の指先は、ピアノでグリッサンドを奏でるように順に胸先をかすめていった。ボディソープのせいで、そのタッチはよりなめらかになって絶妙な感覚を生みだしていた。
胸先がつんと尖る。見なくても鮮明に感じるほど、琴子の快感は急速に目覚めていた。
里見の指先はグリッサンドを繰り返し、躰がふるふると揺れ始める。すると、耳もとに呻き声が届いた。
「こういうふうにぬるぬるだと、おかしな気分になるな」
くぐもった声と伴う吐息に琴子は背中からぞくっとしたふるえに襲われ、また里見が呻く。
ふいに躰がひっくり返されると、正面から抱きすくめられた。
裸足では、琴子の頭はせいぜい里見の顎までしか届かない。顔を横向けると、ちょうど鼓動が聞こえてくる。その音は力強く、服を着ているときには細身だと思っていたけれど意外に分厚くて、頬に触れる胸は硬く隆起していた。そして、琴子の下腹部もまた硬く質量のあるものにつつかれている。その躰が琴子を抱いたままダンスをするように揺れる。
ボディソープ塗れの躰は、里見の云うとおりおかしな気分にさせる。摩擦は余すことなく快感へと変換された。硬いのは琴子の胸先もそうで、里見の躰に擦られ、熱い吐息が次から次へとこぼれだす。
そうして、背中を抱いていた里見の手が、片方だけするするとおりていった。手のひらはお尻を包むようにして、それから双丘の合間に指先が滑りこんだ。
「あっ」
琴子は手から逃れようと、びくっと躰を跳ねさせて里見の躰に押しつける。里見が唸った刹那、その腕の中からするりと琴子は抜け落ちた。
ボディソープのせいに違いなく、転ぶと思った瞬間に素早く里見がかがんで、琴子を腋から抱えるようにしてすくった。軽々と持ちあげられる。
「はっ。ここでケガすることになったら、なんて云い訳するんだろうな」
里見は他人事みたいに云う。湯を出しっぱなしにしていたシャワーを手に取って、琴子の躰に当ててボディソープを落としていく。
「笑い事じゃありません。ケガ以上に、裸で救急車を呼ぶことになったら里見リーダーは云い訳できませんから」
「おれに限っては、云い訳をするつもりはない。伊伏さんを――というか、この距離感で他人行儀に呼ぶのはどうなんだ?」
「そもそも他人です」
「琴子、でいい? それとも、琴子ちゃん?」
里見は琴子の云い分を無視してからかう。
「琴子ちゃんなんて、子供っぽくて気持ち悪い」
「それなら“琴子”だ。おれは“道仁”で。対等に」
里見はしてやったりといった顔だ。わざと選択を絞ったのだろう、琴子はまんまと里見のペースに乗せられている。
「“里見リーダー”、職場で間違ってもそんな呼び方をしないでください」
不機嫌な表情を浮かべると、突然、目の前にシャワーヘッドが来て、琴子の顔に湯が浴びせられる。子供っぽい悪戯に、手をかざして噴出する湯を避けた。
「もう!」
「もちろん、プライベートな時間での呼び方だ」
琴子が顔についた湯を拭っているうちに自分の躰を洗い流した里見は、シャワーを止めて壁のバーにかかったバスタオルを取った。琴子の躰を大まかに拭き、そして自分の躰もそうすると琴子の躰をバスタオルでくるむ。
「さっきの続き。もしも素っ裸で救急車に運ばざるを得ないとして、云い訳なんてまったく藪蛇だろう。事実は、琴子を口説いてる、それだけだ」
「もう口説く必要ないですよね、こうやってわたしは簡単についてきて、里見リーダーの目的は達成されてます」
里見は異存があるとばかりに首をひねった。
「達成されてる? 冗談だろう。ここに連れこんでも、琴子を手に入れた気がしない。ベッドに行こう。本当にケガをされたらたまらないから」
救急車を呼ぶような面倒がたまらないのか、それとも――。
ふいに手を取って引かれ、琴子の思考は中断された。
里見はパウダールームで壁に掛かったバスローブを手にしたものの羽織ることはなく、恥ずかしい素振りも見せずに裸のまま廊下に出た。里見の背中も正面と同じで張りがあり、でこぼこしている。
琴子は撫でてみたい欲求に駆られる。そんなふうに思ったのははじめてだ。戸惑っているうちに、里見はまっすぐキッチンに入るドアを通り抜けて、すぐ隣にある部屋に入った。
ひとまず欲求を遮断されたことに安堵しながら、琴子はベッドルームを見渡した。焦げ茶色と藍色を基調にして落ち着いている。どちらかというとリビングですごすことのほうが多いのだろう。リビングにはノートパソコンとか雑誌とか、適当に置かれていたけれど、この部屋はわずかに乱れた掛け布団のほかは整然としている。
ただ、その乱れが別の問題を投げかけてくる。
わたしは何人めだろう。
――と思った直後、琴子の思考が止まる。それも一瞬、なんの問題もない、とその内心のつぶやきは云い訳じみていた。
里見は掛け布団を剥いで、来て、と強引に繋いだ手を引き寄せる。つまずいたところを里見がすくって、器用に琴子をベッドに転がした。
「里見リーダー、……」
呼びかけた琴子は、里見が勢いよくベッドに上がって躰が弾んだせいでさえぎられた。
「おれの家で今度そう呼んだら罰を与える」
一方的に云い渡し、琴子の躰を跨がった里見は顔を下げてくちびるを奪うように重ねた。
制止するべく呼びかけた声は悲鳴じみて途切れる。再び里見の指先は、ピアノでグリッサンドを奏でるように順に胸先をかすめていった。ボディソープのせいで、そのタッチはよりなめらかになって絶妙な感覚を生みだしていた。
胸先がつんと尖る。見なくても鮮明に感じるほど、琴子の快感は急速に目覚めていた。
里見の指先はグリッサンドを繰り返し、躰がふるふると揺れ始める。すると、耳もとに呻き声が届いた。
「こういうふうにぬるぬるだと、おかしな気分になるな」
くぐもった声と伴う吐息に琴子は背中からぞくっとしたふるえに襲われ、また里見が呻く。
ふいに躰がひっくり返されると、正面から抱きすくめられた。
裸足では、琴子の頭はせいぜい里見の顎までしか届かない。顔を横向けると、ちょうど鼓動が聞こえてくる。その音は力強く、服を着ているときには細身だと思っていたけれど意外に分厚くて、頬に触れる胸は硬く隆起していた。そして、琴子の下腹部もまた硬く質量のあるものにつつかれている。その躰が琴子を抱いたままダンスをするように揺れる。
ボディソープ塗れの躰は、里見の云うとおりおかしな気分にさせる。摩擦は余すことなく快感へと変換された。硬いのは琴子の胸先もそうで、里見の躰に擦られ、熱い吐息が次から次へとこぼれだす。
そうして、背中を抱いていた里見の手が、片方だけするするとおりていった。手のひらはお尻を包むようにして、それから双丘の合間に指先が滑りこんだ。
「あっ」
琴子は手から逃れようと、びくっと躰を跳ねさせて里見の躰に押しつける。里見が唸った刹那、その腕の中からするりと琴子は抜け落ちた。
ボディソープのせいに違いなく、転ぶと思った瞬間に素早く里見がかがんで、琴子を腋から抱えるようにしてすくった。軽々と持ちあげられる。
「はっ。ここでケガすることになったら、なんて云い訳するんだろうな」
里見は他人事みたいに云う。湯を出しっぱなしにしていたシャワーを手に取って、琴子の躰に当ててボディソープを落としていく。
「笑い事じゃありません。ケガ以上に、裸で救急車を呼ぶことになったら里見リーダーは云い訳できませんから」
「おれに限っては、云い訳をするつもりはない。伊伏さんを――というか、この距離感で他人行儀に呼ぶのはどうなんだ?」
「そもそも他人です」
「琴子、でいい? それとも、琴子ちゃん?」
里見は琴子の云い分を無視してからかう。
「琴子ちゃんなんて、子供っぽくて気持ち悪い」
「それなら“琴子”だ。おれは“道仁”で。対等に」
里見はしてやったりといった顔だ。わざと選択を絞ったのだろう、琴子はまんまと里見のペースに乗せられている。
「“里見リーダー”、職場で間違ってもそんな呼び方をしないでください」
不機嫌な表情を浮かべると、突然、目の前にシャワーヘッドが来て、琴子の顔に湯が浴びせられる。子供っぽい悪戯に、手をかざして噴出する湯を避けた。
「もう!」
「もちろん、プライベートな時間での呼び方だ」
琴子が顔についた湯を拭っているうちに自分の躰を洗い流した里見は、シャワーを止めて壁のバーにかかったバスタオルを取った。琴子の躰を大まかに拭き、そして自分の躰もそうすると琴子の躰をバスタオルでくるむ。
「さっきの続き。もしも素っ裸で救急車に運ばざるを得ないとして、云い訳なんてまったく藪蛇だろう。事実は、琴子を口説いてる、それだけだ」
「もう口説く必要ないですよね、こうやってわたしは簡単についてきて、里見リーダーの目的は達成されてます」
里見は異存があるとばかりに首をひねった。
「達成されてる? 冗談だろう。ここに連れこんでも、琴子を手に入れた気がしない。ベッドに行こう。本当にケガをされたらたまらないから」
救急車を呼ぶような面倒がたまらないのか、それとも――。
ふいに手を取って引かれ、琴子の思考は中断された。
里見はパウダールームで壁に掛かったバスローブを手にしたものの羽織ることはなく、恥ずかしい素振りも見せずに裸のまま廊下に出た。里見の背中も正面と同じで張りがあり、でこぼこしている。
琴子は撫でてみたい欲求に駆られる。そんなふうに思ったのははじめてだ。戸惑っているうちに、里見はまっすぐキッチンに入るドアを通り抜けて、すぐ隣にある部屋に入った。
ひとまず欲求を遮断されたことに安堵しながら、琴子はベッドルームを見渡した。焦げ茶色と藍色を基調にして落ち着いている。どちらかというとリビングですごすことのほうが多いのだろう。リビングにはノートパソコンとか雑誌とか、適当に置かれていたけれど、この部屋はわずかに乱れた掛け布団のほかは整然としている。
ただ、その乱れが別の問題を投げかけてくる。
わたしは何人めだろう。
――と思った直後、琴子の思考が止まる。それも一瞬、なんの問題もない、とその内心のつぶやきは云い訳じみていた。
里見は掛け布団を剥いで、来て、と強引に繋いだ手を引き寄せる。つまずいたところを里見がすくって、器用に琴子をベッドに転がした。
「里見リーダー、……」
呼びかけた琴子は、里見が勢いよくベッドに上がって躰が弾んだせいでさえぎられた。
「おれの家で今度そう呼んだら罰を与える」
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