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第2章 制御不能の狩り本能
3.
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「やっぱりイイ男」
里見の後ろ姿を見送りながら、梓沙は惚れ惚れといった声でつぶやいた。見ると、その顔にもうっとりした表情が浮かんでいる。そして、一つ疑問が浮かんだ。
「梓沙、自己紹介してたから里見リーダーとは初めて話したんだよね? どこかで見たことあった?」
「琴子の話を聞いてて興味が湧いたから、犬飼に案内してもらって、北斗ビルでこっそり待ち伏せしていたことがあるの」
梓沙はしゃあしゃあと云い、琴子は、何彼につけ梓沙が犬飼を呼びつけたり、頼み事をしているんじゃないかと勘繰った。いま梓沙が云ったことも、犬飼が“できること”だけれど。
「梓沙、まさか犬飼さんとずっと続いてたりとか、元サヤってことはないよね?」
「それこそ、まさか。そんなことを琴子に秘密にする気はないから。それに、自分を無駄に安売りするつもりはないよ、特に男になんて」
梓沙はだれを脳裡に映しているのか、最後は侮蔑した口調で付け加えた。
琴子と梓沙の最大の共通点は、母子家庭で育ったこと、男に不信感を抱いていること、この二つだ。二つというよりは、この二つは切り離せないものだから、一つなのかもしれない。そして、共通点にとどまらず、ふたりを繋いでいるものだ。
「梓沙、玉城さんのことをどう思ってるの?」
「人生の保険……てどう?」
梓沙は真面目に答えたかと思うと、ふざけて琴子に感想を求めた。
本当に玉の輿として玉城のことを利用するつもりなのか。それがどんな結果を招こうと、たとえ失敗に終わる未来が梓沙自身に見えているとしても、梓沙を止めることは不可能だ。
「バカなことはしないでよ、梓沙」
「むしろ、うまく立ち回らなくちゃ。だから、ご心配なく」
「心配しないわけないよ」
「うん。だから、琴子もがんばって」
「何をがんばるの?」
訊ねながらも予測はついている。これからさきのことを憂えたすえ、琴子は投げやりな気分にさせられる。対して梓沙はのんきに笑う。
「里見さんのことに決まってるじゃない。向こうからお膳立てしてくれたんだよ。逃すなんて、どう考えてももったいないでしょ。グループに恋愛コンプラなんてなかったら、里見さんのこと、社内争奪戦になってるかもね。そのくらい条件面では文句なし。性格もさっきの感じだと気取ってなくてよさそうだけど」
琴子にその気がないのを知っていながら梓沙は嗾ける。
「わたしを利用しないでよ」
「利用するつもりはないよ。協力してほしいだけ」
ああいえばこういう。梓沙には敵ったためしがない。
「じゃあ、巻きこまないで」
「もう巻きこまれてるじゃない。里見さん、充分その気だったでしょ。第一、通りすがりに琴子が目につくなんて――視界には入るだろうけど、それが琴子だって認識するのは、けっこう知り尽くした人、もしくは“見ている”人じゃないとできないと思う。琴子が独りでいたんならまだしも、わたしがいてもちょっかい出さずにはいられないって感じだよ?」
「わたしが男の人と関わりたくないって思ってることはわかってるでしょ」
「知ってる。里見さんは友だちからでもいいって云ったじゃない。男として付き合わなくても、それでよくない?」
「ご都合主義、無責任発言」
梓沙は説得にかかり、琴子がなじっても少しも堪えないで、反対におもしろがっている。
「わたしは今日、玉城さんと初対面デートなの。琴子も今日は里見さんと会うんだし、金曜日だし、今度こそ帰ってこなくてもいいから」
「いま、友だちでいいって勧めたくせに何? それに、まさかもうふたりで外泊する気じゃないよね?」
「軽く見られるのは心外。そうじゃなくて、時間を忘れるくらい楽しいって思わせるのが、今日のわたしの課題。気づいたら日付が変わってるって、素敵な演出でしょ」
始末に負えない。
もやもやした痞えを感じながら、食事会の時間に合わせて午後の仕事に区切りをつけ、琴子が里見に指定されたレストランに行くと、タイミングを計ったかのようにちょうど里見が現れた。促されて店内に入り、里見が名を告げてリザーブされていた席に案内されると、そこはどう見ても大人数が座れる場所ではない。
「里見リーダー」
策略に気づかないほど鈍感ではなく、琴子は里見に責めた眼差しを向ける。
「仕事に支障を来すようなことをおれがやると思う?」
その言葉の真意は見通せず、琴子は里見を睨みつけるように見上げた。
「おれのプライドをずたずたにしてみる?」
それもおもしろいと思った。立ちっぱなしが目立っていることは本意ではない。その二つが、琴子をこの場にとどまらせた。
「奢りですよね」
その返事ににやりとした笑みが返ってくると、そうするように仕向けられた気もして不本意でしかない。
里見と梓沙は、琴子にとってやはり似た者同士だった。
里見の後ろ姿を見送りながら、梓沙は惚れ惚れといった声でつぶやいた。見ると、その顔にもうっとりした表情が浮かんでいる。そして、一つ疑問が浮かんだ。
「梓沙、自己紹介してたから里見リーダーとは初めて話したんだよね? どこかで見たことあった?」
「琴子の話を聞いてて興味が湧いたから、犬飼に案内してもらって、北斗ビルでこっそり待ち伏せしていたことがあるの」
梓沙はしゃあしゃあと云い、琴子は、何彼につけ梓沙が犬飼を呼びつけたり、頼み事をしているんじゃないかと勘繰った。いま梓沙が云ったことも、犬飼が“できること”だけれど。
「梓沙、まさか犬飼さんとずっと続いてたりとか、元サヤってことはないよね?」
「それこそ、まさか。そんなことを琴子に秘密にする気はないから。それに、自分を無駄に安売りするつもりはないよ、特に男になんて」
梓沙はだれを脳裡に映しているのか、最後は侮蔑した口調で付け加えた。
琴子と梓沙の最大の共通点は、母子家庭で育ったこと、男に不信感を抱いていること、この二つだ。二つというよりは、この二つは切り離せないものだから、一つなのかもしれない。そして、共通点にとどまらず、ふたりを繋いでいるものだ。
「梓沙、玉城さんのことをどう思ってるの?」
「人生の保険……てどう?」
梓沙は真面目に答えたかと思うと、ふざけて琴子に感想を求めた。
本当に玉の輿として玉城のことを利用するつもりなのか。それがどんな結果を招こうと、たとえ失敗に終わる未来が梓沙自身に見えているとしても、梓沙を止めることは不可能だ。
「バカなことはしないでよ、梓沙」
「むしろ、うまく立ち回らなくちゃ。だから、ご心配なく」
「心配しないわけないよ」
「うん。だから、琴子もがんばって」
「何をがんばるの?」
訊ねながらも予測はついている。これからさきのことを憂えたすえ、琴子は投げやりな気分にさせられる。対して梓沙はのんきに笑う。
「里見さんのことに決まってるじゃない。向こうからお膳立てしてくれたんだよ。逃すなんて、どう考えてももったいないでしょ。グループに恋愛コンプラなんてなかったら、里見さんのこと、社内争奪戦になってるかもね。そのくらい条件面では文句なし。性格もさっきの感じだと気取ってなくてよさそうだけど」
琴子にその気がないのを知っていながら梓沙は嗾ける。
「わたしを利用しないでよ」
「利用するつもりはないよ。協力してほしいだけ」
ああいえばこういう。梓沙には敵ったためしがない。
「じゃあ、巻きこまないで」
「もう巻きこまれてるじゃない。里見さん、充分その気だったでしょ。第一、通りすがりに琴子が目につくなんて――視界には入るだろうけど、それが琴子だって認識するのは、けっこう知り尽くした人、もしくは“見ている”人じゃないとできないと思う。琴子が独りでいたんならまだしも、わたしがいてもちょっかい出さずにはいられないって感じだよ?」
「わたしが男の人と関わりたくないって思ってることはわかってるでしょ」
「知ってる。里見さんは友だちからでもいいって云ったじゃない。男として付き合わなくても、それでよくない?」
「ご都合主義、無責任発言」
梓沙は説得にかかり、琴子がなじっても少しも堪えないで、反対におもしろがっている。
「わたしは今日、玉城さんと初対面デートなの。琴子も今日は里見さんと会うんだし、金曜日だし、今度こそ帰ってこなくてもいいから」
「いま、友だちでいいって勧めたくせに何? それに、まさかもうふたりで外泊する気じゃないよね?」
「軽く見られるのは心外。そうじゃなくて、時間を忘れるくらい楽しいって思わせるのが、今日のわたしの課題。気づいたら日付が変わってるって、素敵な演出でしょ」
始末に負えない。
もやもやした痞えを感じながら、食事会の時間に合わせて午後の仕事に区切りをつけ、琴子が里見に指定されたレストランに行くと、タイミングを計ったかのようにちょうど里見が現れた。促されて店内に入り、里見が名を告げてリザーブされていた席に案内されると、そこはどう見ても大人数が座れる場所ではない。
「里見リーダー」
策略に気づかないほど鈍感ではなく、琴子は里見に責めた眼差しを向ける。
「仕事に支障を来すようなことをおれがやると思う?」
その言葉の真意は見通せず、琴子は里見を睨みつけるように見上げた。
「おれのプライドをずたずたにしてみる?」
それもおもしろいと思った。立ちっぱなしが目立っていることは本意ではない。その二つが、琴子をこの場にとどまらせた。
「奢りですよね」
その返事ににやりとした笑みが返ってくると、そうするように仕向けられた気もして不本意でしかない。
里見と梓沙は、琴子にとってやはり似た者同士だった。
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