恋愛コンプライアンス

奏井れゆな

文字の大きさ
上 下
7 / 64
第1章 恋愛コンプラの盾

7.

しおりを挟む
 食事会は、始まってから二時間、里見が、そろそろ時間だ、と発したことで、メールに記されていた予定どおりに散会となった。
「あー、楽しかった。伊伏さん、また参加してね。おもしろい話がまだ聞けそうだし」
 店を出て全員一緒に駅のほうへと向かいながら、太田が琴子を覗きこむようにして声をかけた。
 遠慮がちにおとなしくしていたことで、かえって気を遣わせた気もしていたから、琴子はそれを聞いてほっとした。
「機会があったら、今度はちゃんと会費を出して参加させてもらいます」
「もちろん。えこひいきはNG案件よ」
 太田はおもしろがって後ろを来る里見を見やって、くれぐれも、と念を押した。
 琴子が釣られて振り向くと、里見は隠すものは何もないといった素振りで軽くホールドアップをする。
「おれ、伊伏さんの話を聞いて、いまさら玉里の偉大さを知ったな」
「おれも。就活のときも、いまの玉里しか見てなかった。伊伏さんの話を聞いたかぎり、今回の事業は元サヤって感じもするし、なんかやる気が出てきた」
「いま頃やる気? 遅すぎだよ」
 すかさず突っこみが入って、暗くなった通りに笑い声が軽やかに響く。
「確かに、日本をしょってる、みたいな、でっかいことができそうな気はするな」
「玉城財閥と里見財閥、かつての中央財閥が手を組むんだから、そりゃあすごいさ。里見リーダーはその末裔だ」
 杉倉が痛く感心して云うと――
「オーラが漂ってきます」
 と、太田がすかさずそう次いだ。
 里見は失笑を漏らす。
「おだててもご利益はない。あるのは、それなりの仕事をしたときだ」
「シビアですね」
「あたりまえだ。末裔だからって優遇されるわけじゃない。おれは必死で全力を出してる」
 里見は本音をぽろりとこぼす。いや、弱音だろうか。自然にそうなったのか、意図してのことかはわかりかねるけれど、里見自身がへんに特別扱いをされないための役には立っている。
「あ、その点、創業者一族が入社するのにはコネを使って優遇されてるっぽいけど、入ったら実力主義っていうのは納得できるかも」
「何か知ってそうだな」
 好奇心たっぷりな質問は、云った本人だけでなく、だれもがそのようで、琴子も何気なく耳を澄ました。
「知りたいなら、プラヴィ電機の玉城壮輔たましろそうすけで当たってみて……って、もしかして里見リーダー、仲良かったりします?」
 それは果たしてまずい発言だったのか、得意そうだった表情がしくじったといった顔になり、おそるおそる里見を窺う。
「仲がいいというか、相談は受けてる」
「あー、すみません」
「謝ることはない。云いたいことはわかるし、本人もわかってる」
 謝罪に応じた里見は取り繕っている様子も不機嫌な様子もなく、気にしていないといったふうに肩をすくめて理解を示した。
「なんですか、云いたいことって。玉城っていえば、もう一つの創業者一族ってことですよね」
 そう云った彼と同様、玉城壮輔には会ったこともなく、琴子も創業者と結びつけるくらいにしか見当がつかない。
 里見は、ああ、とうなずいてから続けた。
「壮輔の気持ちは創業者一族のジレンマだな。レールが敷かれていて、それを外れるのは難しい。そういうことだ」
「なるほど。玉里で働きたいとは限らないってことか」
「壮輔は覚悟がなさすぎるんだ。おれはこれ以上、話すつもりはないけど、リサーチするならしてみればいい」
「了解っす」
「ちょっと、もしかして調べる気?」
「いま、里見リーダーはリサーチ力を見せてみろって云ったんだろ」
「ぷっ。そこ、深読みするところなの?」
 新規事業第一チームは程よい遠慮と遠慮のなさがあって、居心地がよさそうだ。琴子はそう感じながら彼らとそろって笑う。そうしているうちに駅に着いた。
「じゃあ、お疲れさまでした」
 また月曜日に! など言葉を交わして、思い思いに散らばっていくなか、琴子と里見だけそこにとどまった。
 ちゃんとした礼を云うのにちょうどいい。琴子は里見に向き直って、軽く頭を下げた。
「今日はごちそうさまでした」
「店で聞いた。何度も云う必要はない。充分、見合うだけのことはしてもらってる」
 里見は不思議なことを云う。意味がわからず琴子は首をかしげた。
「見合うこと、ですか? 何もしてませんけど」
「食事はお詫びだって云っただろう。加えて、仕事中には見られなかった顔が見られた」
「……なんです……かっ……!?」
 質問しかけていた声は途切れて、かわりに出そうになった悲鳴を呑みこんで琴子は身をすくめた。
 里見が急に身をかがめたかと思うと、その顔が琴子の顔の間近に迫る。焦点が合わないくらい近づいたところで里見の顔は正面から横に逸れると、琴子の肩の上でふたりの向く方向が真反対になり、互いの顔が見えなくなった。
「普段、しかめっ面ばかりのくせに……伊伏さんの笑顔は反則だ。しかも、おれに向けられたものじゃない」
 里見は琴子の耳の傍で訳のわからない不満を漏らす。声を落としたせいでさらに低音になり、こもった声はぞくぞくと琴子の内部からざわめかせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

鳴宮鶉子
恋愛
Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

Perverse

伊吹美香
恋愛
『高嶺の花』なんて立派なものじゃない ただ一人の女として愛してほしいだけなの… あなたはゆっくりと私の心に浸食してくる 触れ合う身体は熱いのに あなたの心がわからない… あなたは私に何を求めてるの? 私の気持ちはあなたに届いているの? 周りからは高嶺の花と呼ばれ本当の自分を出し切れずに悩んでいる女 三崎結菜 × 口も態度も悪いが営業成績No.1で結菜を振り回す冷たい同期男 柴垣義人 大人オフィスラブ

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

処理中です...