恋愛コンプライアンス

奏井れゆな

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第1章 恋愛コンプラの盾

7.

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 食事会は、始まってから二時間、里見が、そろそろ時間だ、と発したことで、メールに記されていた予定どおりに散会となった。
「あー、楽しかった。伊伏さん、また参加してね。おもしろい話がまだ聞けそうだし」
 店を出て全員一緒に駅のほうへと向かいながら、太田が琴子を覗きこむようにして声をかけた。
 遠慮がちにおとなしくしていたことで、かえって気を遣わせた気もしていたから、琴子はそれを聞いてほっとした。
「機会があったら、今度はちゃんと会費を出して参加させてもらいます」
「もちろん。えこひいきはNG案件よ」
 太田はおもしろがって後ろを来る里見を見やって、くれぐれも、と念を押した。
 琴子が釣られて振り向くと、里見は隠すものは何もないといった素振りで軽くホールドアップをする。
「おれ、伊伏さんの話を聞いて、いまさら玉里の偉大さを知ったな」
「おれも。就活のときも、いまの玉里しか見てなかった。伊伏さんの話を聞いたかぎり、今回の事業は元サヤって感じもするし、なんかやる気が出てきた」
「いま頃やる気? 遅すぎだよ」
 すかさず突っこみが入って、暗くなった通りに笑い声が軽やかに響く。
「確かに、日本をしょってる、みたいな、でっかいことができそうな気はするな」
「玉城財閥と里見財閥、かつての中央財閥が手を組むんだから、そりゃあすごいさ。里見リーダーはその末裔だ」
 杉倉が痛く感心して云うと――
「オーラが漂ってきます」
 と、太田がすかさずそう次いだ。
 里見は失笑を漏らす。
「おだててもご利益はない。あるのは、それなりの仕事をしたときだ」
「シビアですね」
「あたりまえだ。末裔だからって優遇されるわけじゃない。おれは必死で全力を出してる」
 里見は本音をぽろりとこぼす。いや、弱音だろうか。自然にそうなったのか、意図してのことかはわかりかねるけれど、里見自身がへんに特別扱いをされないための役には立っている。
「あ、その点、創業者一族が入社するのにはコネを使って優遇されてるっぽいけど、入ったら実力主義っていうのは納得できるかも」
「何か知ってそうだな」
 好奇心たっぷりな質問は、云った本人だけでなく、だれもがそのようで、琴子も何気なく耳を澄ました。
「知りたいなら、プラヴィ電機の玉城壮輔たましろそうすけで当たってみて……って、もしかして里見リーダー、仲良かったりします?」
 それは果たしてまずい発言だったのか、得意そうだった表情がしくじったといった顔になり、おそるおそる里見を窺う。
「仲がいいというか、相談は受けてる」
「あー、すみません」
「謝ることはない。云いたいことはわかるし、本人もわかってる」
 謝罪に応じた里見は取り繕っている様子も不機嫌な様子もなく、気にしていないといったふうに肩をすくめて理解を示した。
「なんですか、云いたいことって。玉城っていえば、もう一つの創業者一族ってことですよね」
 そう云った彼と同様、玉城壮輔には会ったこともなく、琴子も創業者と結びつけるくらいにしか見当がつかない。
 里見は、ああ、とうなずいてから続けた。
「壮輔の気持ちは創業者一族のジレンマだな。レールが敷かれていて、それを外れるのは難しい。そういうことだ」
「なるほど。玉里で働きたいとは限らないってことか」
「壮輔は覚悟がなさすぎるんだ。おれはこれ以上、話すつもりはないけど、リサーチするならしてみればいい」
「了解っす」
「ちょっと、もしかして調べる気?」
「いま、里見リーダーはリサーチ力を見せてみろって云ったんだろ」
「ぷっ。そこ、深読みするところなの?」
 新規事業第一チームは程よい遠慮と遠慮のなさがあって、居心地がよさそうだ。琴子はそう感じながら彼らとそろって笑う。そうしているうちに駅に着いた。
「じゃあ、お疲れさまでした」
 また月曜日に! など言葉を交わして、思い思いに散らばっていくなか、琴子と里見だけそこにとどまった。
 ちゃんとした礼を云うのにちょうどいい。琴子は里見に向き直って、軽く頭を下げた。
「今日はごちそうさまでした」
「店で聞いた。何度も云う必要はない。充分、見合うだけのことはしてもらってる」
 里見は不思議なことを云う。意味がわからず琴子は首をかしげた。
「見合うこと、ですか? 何もしてませんけど」
「食事はお詫びだって云っただろう。加えて、仕事中には見られなかった顔が見られた」
「……なんです……かっ……!?」
 質問しかけていた声は途切れて、かわりに出そうになった悲鳴を呑みこんで琴子は身をすくめた。
 里見が急に身をかがめたかと思うと、その顔が琴子の顔の間近に迫る。焦点が合わないくらい近づいたところで里見の顔は正面から横に逸れると、琴子の肩の上でふたりの向く方向が真反対になり、互いの顔が見えなくなった。
「普段、しかめっ面ばかりのくせに……伊伏さんの笑顔は反則だ。しかも、おれに向けられたものじゃない」
 里見は琴子の耳の傍で訳のわからない不満を漏らす。声を落としたせいでさらに低音になり、こもった声はぞくぞくと琴子の内部からざわめかせた。
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