恋愛コンプライアンス

奏井れゆな

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第1章 恋愛コンプラの盾

6.

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「へぇ、里見リーダーって見かけどおり、クールですね」
「ほんと。それに、カノジョに立候補できるとしてもハードルが高そう」
「ていうか、いまフリーなんですか」
 それこそハードルを越えた見解や質問が矢継ぎ早に来て、里見は苦笑しながら、ノーコメント、と纏めて答えた。
「社内恋愛はでも絶対ダメってことじゃないですよね。わざわざマッチングアプリなんていうお見合いアプリみたいなものを、会社が内々でつくるってすごいことだと思う。実際、マッチングでカップル成立した話も聞いたことあるし、里見リーダーがフリーだとして、カノジョが欲しくなれば登録したらいいかも。グループ全体が対象だから、里見リーダーが出したハイレベルの条件に合う候補も現れそうだけど」
「おれは出してない」
 という里見の否定は――
「里見リーダーが登録したとしたらたいへんなことにならない?」
 という太田によって蚊帳の外とまるで無視された。
 里見が呆れて首を横に振るなか、話は勝手に続く。
「マッチングした女子はたいへんな目に遭いそう」
「嫌がらせとか?」
「バカだなぁ。そういう面倒をなくすためにも、うちには“恋愛コンプライアンス”があるんだろう? AIが出した答えだ。つまり、忖度そんたくのないチョイスで、だれも文句を云えない――っていうよりは云わないのがルールだろ」
「そのルールが守れるなら、そもそもルールはいらないんだけどな。それより、未然のことでおれを引き合いに出して対立するなよ。念のため、さきに云っておく」
 里見は自分が出しにされていることにたまりかねたのか、再度、口を挟んで面々をけん制した。
「対立じゃないので」
 太田は、だよね? とテーブルを見渡すと、一様にうなずいて応じた。
「なんだか、働いてる会社にとどまらないで、グループ全体で恋愛禁止って大げさな気がするけど」
 里見のことはひとまずそっちのけになったのか、恋愛の話に戻った。
 琴子からすると、玉里Pravyグループのの恋愛コンプライアンスは願ったり叶ったりだ。自分がモテるとは思ったこともないけれど、“なんとか専”と聞くように物好きは存在する。恋愛感情なんていうものはまやかしだ。その証拠に、心変わりは常に付き纏う。里見の言葉を借りれば、そんな不毛なものに振りまわされたくない。
「うちはグループ内で異動ありだからだろ。恋愛がこじれてどっちかが左遷とか、それこそ迷惑千万だ」
「仕返しにあることないこと云い触らされたり、挙句の果てハラスメントにすり替えられたりってなったら最悪だ。ぞっとするなぁ」
「だから、わざわざ規律ができた理由はそこ。そういう事態が起きてからじゃ遅いってこと。外部に漏れたら、あっという間に世間に広がっちゃうし。先進国で社内恋愛が放置されてるのは日本くらいなものだって云ってたよ」
「もしかしたら、マッチングアプリなんて邪道かもね」
「邪道でも、お見合いサイトは違法じゃない。AIが仲介していれば、うまくいかなくなっても痛み分けで、ハイさよなら。それが登録の条件だったよな」
「恋愛も契約の時代?」
「時代も変わったな。いまの若い奴は恋愛に消極的だって聞くしなあ」
 中年以降の常套句で杉倉が嘆かわしくつぶやくと、勝手に進んでいたお喋りがいったんやみ、それから里見にまた関心が戻ったようで、一斉に視線が集中する。
「さっき不毛だって云ってましたけど、里見リーダーも恋愛には消極的なタイプですか?」
「アプリに頼るほど消極的じゃない」
 里見の返事にだれもが思考を巡らせ、そしてそれぞれに答えを導きだした。
「つまり、女性に関心がないことはないってことですね」
「もしかして、お目当ての人がいるんですか」
「ノーコメント。それより、自分たちはどうなんだ。アプリ登録してる奴は?」
 曖昧に訊ねるだけでは終わらず、具体的に答えを求めるのは矛先を転じるのに有効なやり方だと思う。里見の思惑どおり――
「はい、おれ!」
 と、正直に手を上げた人が現れた。
「嘘! だれと付き合ってるの?」
「それ以前に、候補者がいないっていう問題が立ちはだかっている」
 それはわざと深刻そうにした云い方で、どっと笑い声があがり、それまで作り笑いでやりすごしていた琴子も素直に笑っていた。
 それから、こうしたほうがいい、ああしたほうがいいなど、いらぬお節介が話の中心となった。
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