恋愛コンプライアンス

奏井れゆな

文字の大きさ
上 下
6 / 64
第1章 恋愛コンプラの盾

6.

しおりを挟む
「へぇ、里見リーダーって見かけどおり、クールですね」
「ほんと。それに、カノジョに立候補できるとしてもハードルが高そう」
「ていうか、いまフリーなんですか」
 それこそハードルを越えた見解や質問が矢継ぎ早に来て、里見は苦笑しながら、ノーコメント、と纏めて答えた。
「社内恋愛はでも絶対ダメってことじゃないですよね。わざわざマッチングアプリなんていうお見合いアプリみたいなものを、会社が内々でつくるってすごいことだと思う。実際、マッチングでカップル成立した話も聞いたことあるし、里見リーダーがフリーだとして、カノジョが欲しくなれば登録したらいいかも。グループ全体が対象だから、里見リーダーが出したハイレベルの条件に合う候補も現れそうだけど」
「おれは出してない」
 という里見の否定は――
「里見リーダーが登録したとしたらたいへんなことにならない?」
 という太田によって蚊帳の外とまるで無視された。
 里見が呆れて首を横に振るなか、話は勝手に続く。
「マッチングした女子はたいへんな目に遭いそう」
「嫌がらせとか?」
「バカだなぁ。そういう面倒をなくすためにも、うちには“恋愛コンプライアンス”があるんだろう? AIが出した答えだ。つまり、忖度そんたくのないチョイスで、だれも文句を云えない――っていうよりは云わないのがルールだろ」
「そのルールが守れるなら、そもそもルールはいらないんだけどな。それより、未然のことでおれを引き合いに出して対立するなよ。念のため、さきに云っておく」
 里見は自分が出しにされていることにたまりかねたのか、再度、口を挟んで面々をけん制した。
「対立じゃないので」
 太田は、だよね? とテーブルを見渡すと、一様にうなずいて応じた。
「なんだか、働いてる会社にとどまらないで、グループ全体で恋愛禁止って大げさな気がするけど」
 里見のことはひとまずそっちのけになったのか、恋愛の話に戻った。
 琴子からすると、玉里Pravyグループのの恋愛コンプライアンスは願ったり叶ったりだ。自分がモテるとは思ったこともないけれど、“なんとか専”と聞くように物好きは存在する。恋愛感情なんていうものはまやかしだ。その証拠に、心変わりは常に付き纏う。里見の言葉を借りれば、そんな不毛なものに振りまわされたくない。
「うちはグループ内で異動ありだからだろ。恋愛がこじれてどっちかが左遷とか、それこそ迷惑千万だ」
「仕返しにあることないこと云い触らされたり、挙句の果てハラスメントにすり替えられたりってなったら最悪だ。ぞっとするなぁ」
「だから、わざわざ規律ができた理由はそこ。そういう事態が起きてからじゃ遅いってこと。外部に漏れたら、あっという間に世間に広がっちゃうし。先進国で社内恋愛が放置されてるのは日本くらいなものだって云ってたよ」
「もしかしたら、マッチングアプリなんて邪道かもね」
「邪道でも、お見合いサイトは違法じゃない。AIが仲介していれば、うまくいかなくなっても痛み分けで、ハイさよなら。それが登録の条件だったよな」
「恋愛も契約の時代?」
「時代も変わったな。いまの若い奴は恋愛に消極的だって聞くしなあ」
 中年以降の常套句で杉倉が嘆かわしくつぶやくと、勝手に進んでいたお喋りがいったんやみ、それから里見にまた関心が戻ったようで、一斉に視線が集中する。
「さっき不毛だって云ってましたけど、里見リーダーも恋愛には消極的なタイプですか?」
「アプリに頼るほど消極的じゃない」
 里見の返事にだれもが思考を巡らせ、そしてそれぞれに答えを導きだした。
「つまり、女性に関心がないことはないってことですね」
「もしかして、お目当ての人がいるんですか」
「ノーコメント。それより、自分たちはどうなんだ。アプリ登録してる奴は?」
 曖昧に訊ねるだけでは終わらず、具体的に答えを求めるのは矛先を転じるのに有効なやり方だと思う。里見の思惑どおり――
「はい、おれ!」
 と、正直に手を上げた人が現れた。
「嘘! だれと付き合ってるの?」
「それ以前に、候補者がいないっていう問題が立ちはだかっている」
 それはわざと深刻そうにした云い方で、どっと笑い声があがり、それまで作り笑いでやりすごしていた琴子も素直に笑っていた。
 それから、こうしたほうがいい、ああしたほうがいいなど、いらぬお節介が話の中心となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

鳴宮鶉子
恋愛
Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

Perverse

伊吹美香
恋愛
『高嶺の花』なんて立派なものじゃない ただ一人の女として愛してほしいだけなの… あなたはゆっくりと私の心に浸食してくる 触れ合う身体は熱いのに あなたの心がわからない… あなたは私に何を求めてるの? 私の気持ちはあなたに届いているの? 周りからは高嶺の花と呼ばれ本当の自分を出し切れずに悩んでいる女 三崎結菜 × 口も態度も悪いが営業成績No.1で結菜を振り回す冷たい同期男 柴垣義人 大人オフィスラブ

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

処理中です...