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第8章 抱擁-アングララヴァーズ-
6.アングラスイーツ
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「急な話だが、今夜十時、頼んだぞ」
豪奢なデスクに身を乗りだすようにしていた京蔵は、椅子にふんぞり返ると話は終わりだとばかりに云い渡した。
「承知しました」
一月はソファから腰を上げ、立ちあがると一礼をした。背中を向けたとたん。
「吉村」
と、京蔵が呼びとめる。
「はい」
振り返ると、京蔵は篤と一月を見返してくる。
「儂にも後継ぎができるようだ」
「それは、おめでとうございます」
一瞬の惑いは悟られなかったか。吉村の祝い言葉をおもしろがりながらも、京蔵は挑むような雰囲気を滲ませている。
「だれの腹か、気にならないか?」
「総長の跡目なら、だれの腹であってもめでたいことです」
「なるほどな。はっきりしたら知らせよう」
「はい、ぜひ。丹破一家も湧きますよ」
「おまえのような子分を持って儂はついてるな」
京蔵が心底からそう思っているはずはなく、それならその言葉は冥土の土産だとでも云うつもりか。
一月は、光栄です、と応じて部屋を出た。
艶子の話と照らし合わせれば、妊娠の可能性があるのは毬亜だ。
昨日は何も云わなかったうえ、知っているのなら思い悩みもするだろうが毬亜の様子を思い返しても妊娠を思わせる素振りはなかった。知らないなら知らないほうがいい。せめて今日まで。何より毬亜がそれを知れば、気にする以上に思いつめてしまうだろうことは察するに易い。
生き延びろ。いまはその言葉にただ託すしかない。
一月は巡回だと事務所に告げて、車庫に向かった。車に乗り、藤間総裁に連絡を取ろうとした矢先、ちょうど向こうから電話が入った。
「吉村です」
『動きはあったか』
「はい、たったいま。ヤクとチャカの取引に同席するよう云われました。相手は売人としか云いませんね」
『大丈夫か』
「はい、いまのところ」
『どこだ?』
「品川ターミナル傍の公園内で、時間は午後十時です」
京蔵は今日のことを急きょ入った取引だと云った。その実、何カ月も練られている。取引場所は、料亭でも事務所でもない。つまり、跡がつかないようにするためで、いかがわしいということの証明にほかならない。
『頼んだぞ』
「はい。藤間総裁」
『なんだ』
「艶子のことは――」
『わかっとる。儂はあのときのおまえを見込んだ。その情熱を削ぐつもりはない。丹破総長のあとをおまえが継いで、如仁会を嵐司と背負ってくれればそれでいい』
「わがままをすみません」
『気をつけろ』
「はい、ありがとうございます」
男に重きを置き、女を軽んじる。娘であろうとそう扱う藤間総裁は、あのとき一月が見切ったとおり、アンダーグラウンドのドンにふさわしい。
比べて一月は自分を甘いと思う。毬亜をどうやっても排除できない。
昨日、抱いた毬亜の感触を思い返せばすぐさま躰は疼く。一方で、気が急くようだった焦りはわずかだが、触れたことで緩和された。
甘かろうと、後悔はしない。
豪奢なデスクに身を乗りだすようにしていた京蔵は、椅子にふんぞり返ると話は終わりだとばかりに云い渡した。
「承知しました」
一月はソファから腰を上げ、立ちあがると一礼をした。背中を向けたとたん。
「吉村」
と、京蔵が呼びとめる。
「はい」
振り返ると、京蔵は篤と一月を見返してくる。
「儂にも後継ぎができるようだ」
「それは、おめでとうございます」
一瞬の惑いは悟られなかったか。吉村の祝い言葉をおもしろがりながらも、京蔵は挑むような雰囲気を滲ませている。
「だれの腹か、気にならないか?」
「総長の跡目なら、だれの腹であってもめでたいことです」
「なるほどな。はっきりしたら知らせよう」
「はい、ぜひ。丹破一家も湧きますよ」
「おまえのような子分を持って儂はついてるな」
京蔵が心底からそう思っているはずはなく、それならその言葉は冥土の土産だとでも云うつもりか。
一月は、光栄です、と応じて部屋を出た。
艶子の話と照らし合わせれば、妊娠の可能性があるのは毬亜だ。
昨日は何も云わなかったうえ、知っているのなら思い悩みもするだろうが毬亜の様子を思い返しても妊娠を思わせる素振りはなかった。知らないなら知らないほうがいい。せめて今日まで。何より毬亜がそれを知れば、気にする以上に思いつめてしまうだろうことは察するに易い。
生き延びろ。いまはその言葉にただ託すしかない。
一月は巡回だと事務所に告げて、車庫に向かった。車に乗り、藤間総裁に連絡を取ろうとした矢先、ちょうど向こうから電話が入った。
「吉村です」
『動きはあったか』
「はい、たったいま。ヤクとチャカの取引に同席するよう云われました。相手は売人としか云いませんね」
『大丈夫か』
「はい、いまのところ」
『どこだ?』
「品川ターミナル傍の公園内で、時間は午後十時です」
京蔵は今日のことを急きょ入った取引だと云った。その実、何カ月も練られている。取引場所は、料亭でも事務所でもない。つまり、跡がつかないようにするためで、いかがわしいということの証明にほかならない。
『頼んだぞ』
「はい。藤間総裁」
『なんだ』
「艶子のことは――」
『わかっとる。儂はあのときのおまえを見込んだ。その情熱を削ぐつもりはない。丹破総長のあとをおまえが継いで、如仁会を嵐司と背負ってくれればそれでいい』
「わがままをすみません」
『気をつけろ』
「はい、ありがとうございます」
男に重きを置き、女を軽んじる。娘であろうとそう扱う藤間総裁は、あのとき一月が見切ったとおり、アンダーグラウンドのドンにふさわしい。
比べて一月は自分を甘いと思う。毬亜をどうやっても排除できない。
昨日、抱いた毬亜の感触を思い返せばすぐさま躰は疼く。一方で、気が急くようだった焦りはわずかだが、触れたことで緩和された。
甘かろうと、後悔はしない。
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