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第8話 Love Call
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一時間後、目の前ではうっ憤を晴らすかのような激しい音が止め処なく流れている。激しいからといって、うるさいのとは違う。音に合わせて踊りだしたい。そんなふうにうずうずさせられる。
航が云う『打ち上げ』はつまり、とことん音を出すこと。審査程度のプレーでは到底、物足りないのだ。いつもの貸しスタジオのなか、今日はそのまま祐真も加わって、全員がハイになって弾きまくっている感じだ。審査のときよりも格段に音が弾けている。
スタジオに入って三十分、ぶっ続けのプレーはそれぞれが音を掻きまわしたあと同時に締めて終わった。息はぴったりだ。
「すごい!」
拍手とともにワンパターンの実那都の称賛に、気が抜けたような笑みが面々から返ってくる。
みんなが楽器の調整をやっている間に、実那都は折り畳みテーブルを隅から移動させて、その上にペットボトルを五本置いた。
「ボーカルがいなくても、いまの音で充分、審査に通りそう」
適当に丸椅子に座ってテーブルを囲み、航たちがソフトドリンクを一口飲んだところで実那都は常日頃から思っていることを云ってみた。
「って、ボーカルやってると思うかもしんねぇけど、ボーカルがあるのとないのとでは感じる度合いとか質が違ってくるって、おれは思う」
いの一番に航が応じると。
「そう?」
と、実那都は自信なさげに首をかしげた。
戒斗が、ああ、とうなずいて受け合い、航の言葉を補うべく続けた。
「例えば、クラシックであればその世界に浸ることはできるし、インストゥルメンタルであれば癒やされるとかリラックスできるとか、そういう効果はある。ただ、それは独りで感じるもので、演奏する側と聴く側と同時に共鳴を得るのは難しい。けど、そこに言葉があれば一緒に歌うことができる。つまり、聴く側は同時にプレーヤーでもある」
「要するに、みんなで楽しもうぜってのがロックだ」
そこは“ロック”ではなく、“FATE”がとことん音楽を楽しみたいのだ、要するに。
「FATEがやりたいのは審査バージョンじゃなくて、さっきみたいに思いっきり音を出したいんだよね? 助っ人でも、わたしでは不十分だよ」
「さっきのに合わせようと思ったら、いまのまんまじゃ実那都は喉をやられる。けど、実那都の歌がないと、やっぱり盛りあがらないんだよな」
良哉が云い――
「そう云ってくれると、やってる甲斐あってうれしい」
「って、実那都、おれよりも良哉の言葉を素直に喜ぶってなんだよ」
と、航は不服そうにしてじろりと隣の実那都を見やった。
「だって……その……航は家族みたいなものだし、そういう評価って甘くなって公平じゃないでしょ」
言葉を選びつつ実那都が弁解すると、とたんに航は相好を崩した。
「みたい、じゃねぇ。一緒に住んでんだから家族だ」
「デレデレすんなよな」
祐真が航を冷やかして、ひとしきり笑い声があがった。
「戒斗さんがさっき云ってた共鳴って、祐真くんのファンが云ってる“響く”ってことと似てるよね?」
「それな。音を出すのは命を吹きこむみたいなもので、そこにフレーズが入った歌は無限に飛び立って、キャッチされればその場所に留まる」
祐真の言葉に実那都はなるほどと思う。今日は響かなくても、明日にはそうなるかもしれない。キャッチするのはその瞬間その人よるもので、そんなふうに尽きることのない音は即ち無限だ。永遠を望むのは欲望か浪漫か微妙だけれど、実那都から見て少なくとも航はどちらも抱持している。
「だったら、ボーカルもすごく大事になってくるね。あ、わたしが考えてた以上にってこと」
「だから戒斗は二年かけてもボーカルを見つけらんねぇんだろ」
航が戒斗の悩みどころをつつく。
戒斗は、ハッと失笑して否定するように首を振った。
「おれが怠けてるってほのめかしてんのか。けど、実那都ちゃんとおまえの言葉どおりだ。重要なポイントだから、そんじょそこらから拾うってなふうに簡単にはいかない。今日も目ぼしいボーカルはいなかった」
「戒斗さん、審査のときそんなこと考えて見てたの?」
びっくり眼の実那都を見て戒斗は笑う。
「正確に云えば、物色してるっていうよりもピンと来る奴を探してるんだけどな。うまいからオッケーってわけじゃない」
「それって、いちばん難しそう。そのぶん、どんな人がオッケーになるのか、すごく楽しみだけど」
「戒斗は妥協を知らねぇみたいだからな」
「どう見ても完璧主義者だもんな」
航に続いて、良哉はお手上げだといったふうに首を軽く振った。
「おまえら、そう思ってるんなら、おれを弄るまえに誇りに思うべきだな」
「戒斗さまのご指名だ、ありがたく思え、ってか?」
航は戒斗の戯れ言に乗り、自分で云って声を上げて笑った。
「航、戒斗が怒らないからってやりすぎると、やり返されるかもな。しかも、えげつない方法で」
一緒になって笑っていながら祐真は戒斗をかばって云い、けど、と続ける。
「戒斗は時間を見つけてちゃんとやってるよ。ライヴハウスを覗きにいったり、大学でカラオケだって聞けば参加したり。地味だけどな」
と、戒斗をフォローしていると見せかけて最後に茶々を入れたのは、いかにも祐真らしい。けれど、中学のときはやけに斜に構えてとんがって見えたのに、いまはずいぶんとやわらかくなった印象を受ける。
「足で稼ぐって云うだろ。地味じゃない、基本だ」
戒斗は控えめに反論した。
「けどよ、戒斗。『えげつない』とか『時間を見つけて』とか、あのお抱え運転手の和久井さんとか、おまえいったい何者なんだ? それに、留年するほど頭は悪くねぇよな」
航は不可解だとばかりに眉をひそめ、首をひねって戒斗に問いかけた。
航が云う『打ち上げ』はつまり、とことん音を出すこと。審査程度のプレーでは到底、物足りないのだ。いつもの貸しスタジオのなか、今日はそのまま祐真も加わって、全員がハイになって弾きまくっている感じだ。審査のときよりも格段に音が弾けている。
スタジオに入って三十分、ぶっ続けのプレーはそれぞれが音を掻きまわしたあと同時に締めて終わった。息はぴったりだ。
「すごい!」
拍手とともにワンパターンの実那都の称賛に、気が抜けたような笑みが面々から返ってくる。
みんなが楽器の調整をやっている間に、実那都は折り畳みテーブルを隅から移動させて、その上にペットボトルを五本置いた。
「ボーカルがいなくても、いまの音で充分、審査に通りそう」
適当に丸椅子に座ってテーブルを囲み、航たちがソフトドリンクを一口飲んだところで実那都は常日頃から思っていることを云ってみた。
「って、ボーカルやってると思うかもしんねぇけど、ボーカルがあるのとないのとでは感じる度合いとか質が違ってくるって、おれは思う」
いの一番に航が応じると。
「そう?」
と、実那都は自信なさげに首をかしげた。
戒斗が、ああ、とうなずいて受け合い、航の言葉を補うべく続けた。
「例えば、クラシックであればその世界に浸ることはできるし、インストゥルメンタルであれば癒やされるとかリラックスできるとか、そういう効果はある。ただ、それは独りで感じるもので、演奏する側と聴く側と同時に共鳴を得るのは難しい。けど、そこに言葉があれば一緒に歌うことができる。つまり、聴く側は同時にプレーヤーでもある」
「要するに、みんなで楽しもうぜってのがロックだ」
そこは“ロック”ではなく、“FATE”がとことん音楽を楽しみたいのだ、要するに。
「FATEがやりたいのは審査バージョンじゃなくて、さっきみたいに思いっきり音を出したいんだよね? 助っ人でも、わたしでは不十分だよ」
「さっきのに合わせようと思ったら、いまのまんまじゃ実那都は喉をやられる。けど、実那都の歌がないと、やっぱり盛りあがらないんだよな」
良哉が云い――
「そう云ってくれると、やってる甲斐あってうれしい」
「って、実那都、おれよりも良哉の言葉を素直に喜ぶってなんだよ」
と、航は不服そうにしてじろりと隣の実那都を見やった。
「だって……その……航は家族みたいなものだし、そういう評価って甘くなって公平じゃないでしょ」
言葉を選びつつ実那都が弁解すると、とたんに航は相好を崩した。
「みたい、じゃねぇ。一緒に住んでんだから家族だ」
「デレデレすんなよな」
祐真が航を冷やかして、ひとしきり笑い声があがった。
「戒斗さんがさっき云ってた共鳴って、祐真くんのファンが云ってる“響く”ってことと似てるよね?」
「それな。音を出すのは命を吹きこむみたいなもので、そこにフレーズが入った歌は無限に飛び立って、キャッチされればその場所に留まる」
祐真の言葉に実那都はなるほどと思う。今日は響かなくても、明日にはそうなるかもしれない。キャッチするのはその瞬間その人よるもので、そんなふうに尽きることのない音は即ち無限だ。永遠を望むのは欲望か浪漫か微妙だけれど、実那都から見て少なくとも航はどちらも抱持している。
「だったら、ボーカルもすごく大事になってくるね。あ、わたしが考えてた以上にってこと」
「だから戒斗は二年かけてもボーカルを見つけらんねぇんだろ」
航が戒斗の悩みどころをつつく。
戒斗は、ハッと失笑して否定するように首を振った。
「おれが怠けてるってほのめかしてんのか。けど、実那都ちゃんとおまえの言葉どおりだ。重要なポイントだから、そんじょそこらから拾うってなふうに簡単にはいかない。今日も目ぼしいボーカルはいなかった」
「戒斗さん、審査のときそんなこと考えて見てたの?」
びっくり眼の実那都を見て戒斗は笑う。
「正確に云えば、物色してるっていうよりもピンと来る奴を探してるんだけどな。うまいからオッケーってわけじゃない」
「それって、いちばん難しそう。そのぶん、どんな人がオッケーになるのか、すごく楽しみだけど」
「戒斗は妥協を知らねぇみたいだからな」
「どう見ても完璧主義者だもんな」
航に続いて、良哉はお手上げだといったふうに首を軽く振った。
「おまえら、そう思ってるんなら、おれを弄るまえに誇りに思うべきだな」
「戒斗さまのご指名だ、ありがたく思え、ってか?」
航は戒斗の戯れ言に乗り、自分で云って声を上げて笑った。
「航、戒斗が怒らないからってやりすぎると、やり返されるかもな。しかも、えげつない方法で」
一緒になって笑っていながら祐真は戒斗をかばって云い、けど、と続ける。
「戒斗は時間を見つけてちゃんとやってるよ。ライヴハウスを覗きにいったり、大学でカラオケだって聞けば参加したり。地味だけどな」
と、戒斗をフォローしていると見せかけて最後に茶々を入れたのは、いかにも祐真らしい。けれど、中学のときはやけに斜に構えてとんがって見えたのに、いまはずいぶんとやわらかくなった印象を受ける。
「足で稼ぐって云うだろ。地味じゃない、基本だ」
戒斗は控えめに反論した。
「けどよ、戒斗。『えげつない』とか『時間を見つけて』とか、あのお抱え運転手の和久井さんとか、おまえいったい何者なんだ? それに、留年するほど頭は悪くねぇよな」
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