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第6話 runaway love
10.
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「忘れてた」
「はっ。それでいいけどさ、実那都をそういう目に遭わせるようなことをおれはやってたってことだ。清く正しくなんて生きてねぇ。だれだってそうだろ。実那都、おまえは謝れなかったっつったけど、心の中では悪いって気持ちもあったはずだ。ケガしてたらどうしようって不安とか怖さとかもあっただろ。そういう気持ちがあるんなら、醜いことなんてない。だってさ、そんな気持ちがなければサイコパスだ。けど、実那都は違う」
それから航は少し前のめりになって実那都を覗きこむと――
「おれは実那都っていう人間を見間違ってるか?」
――わたしのこと、どんな人間だって思ってる?
昨日、実那都が投げかけた問いを持ちだして、これが真の答えだといわんばかりに航は問い返す。
航の云うとおりだった。たぶんあのとき、泣いている加純を見ながら実那都が感じていたのは、後悔と不安と怖さだった。冷静に見ていたわけではなく、怯えていたから立ちすくんで動けなかっただけで、ざまあみろなんていう感情は一片もなかった。
両親とは――特に母とは拗れてしまったのに――。
航の手のひらが頭の天辺に被さる。その反動で、溜まっていた涙がすとんと落ちた。
「おれもケンカやって……兄弟げんかもやって、親に怒られたことが何回もある。不機嫌にさせて、けどそれもいつの間にかおさまってる。それが家族なんだってあたりまえに思ってた。けど……実那都んちみたいなとこもあるんだよな。おまえが悪いんじゃねぇよ」
「航に……嫌われるかもしれないって……怖くて……ずっと……話せなかった」
「んなことあるかよ。親がバカだ」
航は即座に吐き捨てるように応えた。それがおざなりのなぐさめでないことは、わかりすぎるくらいわかっている。
「航を……信用してなかった、わけじゃない……」
「ったりめぇだ。あんま泣くとこ見たくねぇけど、たまには泣いてすっきりしろ」
航の手が頭の天辺から離れたかと思うと、肩が引き寄せられた直後、航の腕が実那都の躰をくるんだ。痛いほど腕はきつくて、そのぶん躰のふるえが止まった。
なぜ航にとって実那都なのか、それはずっとわかることはないのだと思う。実那都にとってなぜ航なのか、それもうまくは云えないから。ただ、耳もとに響く鼓動と自分の鼓動が同じリズムを奏でる瞬間、このためにふたりがいる、とそんなふうに思える。
なるようにしかならない。そんなモノトーンだった未来は航がいることで色鮮やかになった。そしていまは、航がいると感じているだけで色づく。たとえ離れてそれぞれの道を行くとしても、繋がりは絶てない。航は裏切らない。それを期待ではなくて確信だと云ったら、まだ子供だからと純粋さをばかにされるかもしれない。
それでも航は実那都にとって絶対だと云いきる――
「航が好きだから」
航の腕にさえぎられ、くぐもった声はそれでも航に届いた。航が笑って、ふたりの躰が一緒に揺れる。
「実那都は醜くなんかねぇ。世界一可愛い。どうしようもないくらい好きだあぁぁ!」
「航!」
航の叫び声は思いのほか暗闇に轟いて、実那都は悲鳴じみた声でさえぎりながら、腕の中でもがいた。航は笑いながら一度さらにきつく抱きしめて、それから腕を放した。
「べつに犯罪じゃねぇ」
「わかってるけど!」
困惑した実那都の顔に手を伸ばして、片方ずつ目尻を拭った。
「これで遠慮なく、おれのわがままが通せる」
航は意味不明なことをこぼす。
「わがまま?」
「ああ。おまえ、親に云ったってことは、大学に行く気がないってことはないってことだろ」
航はややこしい云い方をした。
「でもそれはもう……」
「ダメじゃねぇ。学力が心配だっつうなら家庭教師は兄貴に頼めるし、戒斗の奴が力になるとも云ってる。あの自信たっぷりさは訳わかんねぇけど」
「……戒斗さんてバンドの?」
「ああ。学費は奨学金でしのいで、住むのはおれんとこに下宿できる。生活費はアルバイトする。つまり、だ」
「……つまり……?」
航はにやりとする。
「実那都をさらう。親は文句云わねぇだろ。つぅか、云えねぇだろ。おれがいちばんおまえのこと考えてやれるから」
航は自信満々で、実那都は笑わせられる。
「航が云うと、どうにかなりそうって思う」
「どうにかするさ。じゃ、行こうぜ」
航は出し抜けにすっくと立ちあがる。帰るという意味合いとは違って聞こえた。手を取られるまま実那都も立ちあがった。
「行く? どこに?」
「おれんちだ。こそこそする気はねぇっつっただろ。ヘンにおまえに引け目とか感じさせたくない。堂々とおまえを守る。それがおれの一生の覚悟だ」
「航……」
「いま泣いたら襲うぞ」
ふるえた呼びかけに乱暴な応えが返ってくる。
「ここ、外……」
「関係ねぇ」
実那都が目を丸くすると、航はふんと顎をしゃくってみせ、手を引っ張って歩きだした。
「実那都」
「うん」
「バンドの名前、FATEっていうんだ。戒斗にはファンタジーだっつってからかってやったけど、運命ってさ、絶対おれと実那都のことだ」
航の恥ずかしげもない断言に実那都はくすくすと笑いだした。
「はっ。それでいいけどさ、実那都をそういう目に遭わせるようなことをおれはやってたってことだ。清く正しくなんて生きてねぇ。だれだってそうだろ。実那都、おまえは謝れなかったっつったけど、心の中では悪いって気持ちもあったはずだ。ケガしてたらどうしようって不安とか怖さとかもあっただろ。そういう気持ちがあるんなら、醜いことなんてない。だってさ、そんな気持ちがなければサイコパスだ。けど、実那都は違う」
それから航は少し前のめりになって実那都を覗きこむと――
「おれは実那都っていう人間を見間違ってるか?」
――わたしのこと、どんな人間だって思ってる?
昨日、実那都が投げかけた問いを持ちだして、これが真の答えだといわんばかりに航は問い返す。
航の云うとおりだった。たぶんあのとき、泣いている加純を見ながら実那都が感じていたのは、後悔と不安と怖さだった。冷静に見ていたわけではなく、怯えていたから立ちすくんで動けなかっただけで、ざまあみろなんていう感情は一片もなかった。
両親とは――特に母とは拗れてしまったのに――。
航の手のひらが頭の天辺に被さる。その反動で、溜まっていた涙がすとんと落ちた。
「おれもケンカやって……兄弟げんかもやって、親に怒られたことが何回もある。不機嫌にさせて、けどそれもいつの間にかおさまってる。それが家族なんだってあたりまえに思ってた。けど……実那都んちみたいなとこもあるんだよな。おまえが悪いんじゃねぇよ」
「航に……嫌われるかもしれないって……怖くて……ずっと……話せなかった」
「んなことあるかよ。親がバカだ」
航は即座に吐き捨てるように応えた。それがおざなりのなぐさめでないことは、わかりすぎるくらいわかっている。
「航を……信用してなかった、わけじゃない……」
「ったりめぇだ。あんま泣くとこ見たくねぇけど、たまには泣いてすっきりしろ」
航の手が頭の天辺から離れたかと思うと、肩が引き寄せられた直後、航の腕が実那都の躰をくるんだ。痛いほど腕はきつくて、そのぶん躰のふるえが止まった。
なぜ航にとって実那都なのか、それはずっとわかることはないのだと思う。実那都にとってなぜ航なのか、それもうまくは云えないから。ただ、耳もとに響く鼓動と自分の鼓動が同じリズムを奏でる瞬間、このためにふたりがいる、とそんなふうに思える。
なるようにしかならない。そんなモノトーンだった未来は航がいることで色鮮やかになった。そしていまは、航がいると感じているだけで色づく。たとえ離れてそれぞれの道を行くとしても、繋がりは絶てない。航は裏切らない。それを期待ではなくて確信だと云ったら、まだ子供だからと純粋さをばかにされるかもしれない。
それでも航は実那都にとって絶対だと云いきる――
「航が好きだから」
航の腕にさえぎられ、くぐもった声はそれでも航に届いた。航が笑って、ふたりの躰が一緒に揺れる。
「実那都は醜くなんかねぇ。世界一可愛い。どうしようもないくらい好きだあぁぁ!」
「航!」
航の叫び声は思いのほか暗闇に轟いて、実那都は悲鳴じみた声でさえぎりながら、腕の中でもがいた。航は笑いながら一度さらにきつく抱きしめて、それから腕を放した。
「べつに犯罪じゃねぇ」
「わかってるけど!」
困惑した実那都の顔に手を伸ばして、片方ずつ目尻を拭った。
「これで遠慮なく、おれのわがままが通せる」
航は意味不明なことをこぼす。
「わがまま?」
「ああ。おまえ、親に云ったってことは、大学に行く気がないってことはないってことだろ」
航はややこしい云い方をした。
「でもそれはもう……」
「ダメじゃねぇ。学力が心配だっつうなら家庭教師は兄貴に頼めるし、戒斗の奴が力になるとも云ってる。あの自信たっぷりさは訳わかんねぇけど」
「……戒斗さんてバンドの?」
「ああ。学費は奨学金でしのいで、住むのはおれんとこに下宿できる。生活費はアルバイトする。つまり、だ」
「……つまり……?」
航はにやりとする。
「実那都をさらう。親は文句云わねぇだろ。つぅか、云えねぇだろ。おれがいちばんおまえのこと考えてやれるから」
航は自信満々で、実那都は笑わせられる。
「航が云うと、どうにかなりそうって思う」
「どうにかするさ。じゃ、行こうぜ」
航は出し抜けにすっくと立ちあがる。帰るという意味合いとは違って聞こえた。手を取られるまま実那都も立ちあがった。
「行く? どこに?」
「おれんちだ。こそこそする気はねぇっつっただろ。ヘンにおまえに引け目とか感じさせたくない。堂々とおまえを守る。それがおれの一生の覚悟だ」
「航……」
「いま泣いたら襲うぞ」
ふるえた呼びかけに乱暴な応えが返ってくる。
「ここ、外……」
「関係ねぇ」
実那都が目を丸くすると、航はふんと顎をしゃくってみせ、手を引っ張って歩きだした。
「実那都」
「うん」
「バンドの名前、FATEっていうんだ。戒斗にはファンタジーだっつってからかってやったけど、運命ってさ、絶対おれと実那都のことだ」
航の恥ずかしげもない断言に実那都はくすくすと笑いだした。
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