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第6話 runaway love
2.
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弾き終わったあとの一瞬の沈黙、そして四人ともが笑いだした。
「どうだった?」
だれにともなく訊ねる祐真は満足そうなしたり顔だ。
祐真に限らず、答えるまでもなくほかの三人の顔にも充足感が表れている。
「おもしろいな。期待以上によすぎた」
「だろ? おれの目に狂いはないって」
戒斗と祐真はどれくらい付き合いがあるのか――いや、親友になるのに付き合いの長さは関係なく、ふたりは意気投合といった雰囲気で言葉を交わす。
「おまえら、どこで知り合ったんだよ」
「路上ライヴやってるとき戒斗にナンパされた」
「は? そっち趣味かよ」
「あいにく、そっちの気はないけど、言い得て妙だ。祐真の歌を聴いて声をかけずにはいられなかったってとこだ」
そういえば半年前くらいに、おもしろい奴に会ったと祐真が云っていたことを航は思いだす。たまに路上ライヴを一緒にやるとも云っていた。それが、いま目の前にいる戒斗なのだ。
「祐真がデビューしたら、戒斗みたいな奴が日本中にうじゃうじゃ湧くんだろうな」
「良哉、未来のファンを虫みたいに云うなよ。それに、おだててもなんもやんねぇぞ。……ってか、いま、おまえらに最大級のプレゼントしたよな、おれ」
祐真は三人を見渡して、どうだと威張りくさった様で顎をしゃくった。
「なんのことだよ」
「だから、いま楽しかっただろって話だ」
それを最大級というのなら大げさすぎる。まだ何かあるような気配で祐真はにやりとした。
「……で?」
「航、一年後、東京に出てくるんだろ? 良哉も」
祐真にかわって戒斗が訊ねた。
「ああ、そのつもりだけど」
「バンド活動する気ないか。おれと、最初は三人で」
戒斗の申し出は意外で、航は目を見開いた。
「趣味で?」
思わずそう訊ねたのは、それにとどまらない気配を戒斗から感じとったせいだ。訊ねたというよりは確かめた。
「趣味で人と時間を合わせるほど暇じゃない」
何様だといった発言で答えが返ってきた。
「本気なのか」
と、今度は良哉が祐真に確認を取っている。
「戒斗はやりたいことに飢えてた。だろ?」
「ああ、そのとおりだ」
「航も良哉もそうだ。戒斗はチャレンジャーだし、おまえらも含めて、おれが見込んだんだからさ、絶対にやれる」
「肝心のボーカルとギターはどうすんだよ」
「探すだけだ。いま常に気にかけているし、時間があれば探しに出ることもある」
戒斗の先刻の言葉をそのまま前提に考えれば、暇はないのに暇を見つけてそうするのは、真剣だという度合いの高さを示している。
「探すって……」
「良哉、演奏だけなら、当面はキーボードで間に合うだろ?」
「念のため、独断で決める気はないし、見つかったとしてもそいつに話すのは航と良哉がこっち来て、見てからでいいと思ってる」
祐真に続いて戒斗の言葉を聞くと、“度合いの高さ”くらいの話ではなく、ごく真剣に将来を見据えていることが察せられる。航と良哉は顔を見合わせた。
航はこれまで、趣味で終わろうがドラムを極めるつもりでやってきた。漠然とそれを仕事にすることを想像したこともある。ただ、こうまで具体的に将来を見ることはなかった。いま、おれはドラマーだと肩肘を張らず名乗っている自分が脳裡に出現した。
「良哉?」
航が見やると、良哉もまたなんらかの結論に達したらしく興じた面持ちでうなずいた。
「わかった。やってやる」
恩を着せたわけではない。航は迷いなく宣言した。
「バンド名は“FATE”だ」
戒斗は前々から決めていたのだろう、そこは譲れないといったふうに告げた。
「ファンタジーな名前だな」
「ファンタジーじゃないっておれたちで証明すればいい」
「なるほど。けど祐真、こういうまわりくどいことしないで、なんでバンドの話、最初から云わねぇんだよ」
「戒斗は完璧主義だからさ、黙っておいた。予備知識はよけいだ。即興のほうが実力もフィーリングもお互いにわかりやすい」
「おれたちを試したってわけだ」
「戒斗じゃない。おれの案だ」
祐真は降参するようにホールドアップしてみせる。
「航、少なくともおれらは完璧だって祐真も戒斗も認めてるってわけだ」
「そのとおりだ」
「ったりめぇだ」
航が即行で自信たっぷりな相づちを打つと、声こそ立てなかったが三人の顔に笑みが浮かび、にやりとした航がそれに加わると、スタジオは決意と期待の入り混じった清々しいような気配がはびこった。
「祐真」
「なんだよ」
「ついでにプレゼント、もうひとつ欲しいんだけどさ」
「はっ、ずうずうしいな。で?」
「実那都がおまえのサインくれってさ」
ははっ。
祐真をはじめ笑い声が上がるなか、航の中にバンドという具体的な在り処が見つかった一方で、実那都がいまのように傍にはいないかもしれないという一年後が現実味を増した。
「どうだった?」
だれにともなく訊ねる祐真は満足そうなしたり顔だ。
祐真に限らず、答えるまでもなくほかの三人の顔にも充足感が表れている。
「おもしろいな。期待以上によすぎた」
「だろ? おれの目に狂いはないって」
戒斗と祐真はどれくらい付き合いがあるのか――いや、親友になるのに付き合いの長さは関係なく、ふたりは意気投合といった雰囲気で言葉を交わす。
「おまえら、どこで知り合ったんだよ」
「路上ライヴやってるとき戒斗にナンパされた」
「は? そっち趣味かよ」
「あいにく、そっちの気はないけど、言い得て妙だ。祐真の歌を聴いて声をかけずにはいられなかったってとこだ」
そういえば半年前くらいに、おもしろい奴に会ったと祐真が云っていたことを航は思いだす。たまに路上ライヴを一緒にやるとも云っていた。それが、いま目の前にいる戒斗なのだ。
「祐真がデビューしたら、戒斗みたいな奴が日本中にうじゃうじゃ湧くんだろうな」
「良哉、未来のファンを虫みたいに云うなよ。それに、おだててもなんもやんねぇぞ。……ってか、いま、おまえらに最大級のプレゼントしたよな、おれ」
祐真は三人を見渡して、どうだと威張りくさった様で顎をしゃくった。
「なんのことだよ」
「だから、いま楽しかっただろって話だ」
それを最大級というのなら大げさすぎる。まだ何かあるような気配で祐真はにやりとした。
「……で?」
「航、一年後、東京に出てくるんだろ? 良哉も」
祐真にかわって戒斗が訊ねた。
「ああ、そのつもりだけど」
「バンド活動する気ないか。おれと、最初は三人で」
戒斗の申し出は意外で、航は目を見開いた。
「趣味で?」
思わずそう訊ねたのは、それにとどまらない気配を戒斗から感じとったせいだ。訊ねたというよりは確かめた。
「趣味で人と時間を合わせるほど暇じゃない」
何様だといった発言で答えが返ってきた。
「本気なのか」
と、今度は良哉が祐真に確認を取っている。
「戒斗はやりたいことに飢えてた。だろ?」
「ああ、そのとおりだ」
「航も良哉もそうだ。戒斗はチャレンジャーだし、おまえらも含めて、おれが見込んだんだからさ、絶対にやれる」
「肝心のボーカルとギターはどうすんだよ」
「探すだけだ。いま常に気にかけているし、時間があれば探しに出ることもある」
戒斗の先刻の言葉をそのまま前提に考えれば、暇はないのに暇を見つけてそうするのは、真剣だという度合いの高さを示している。
「探すって……」
「良哉、演奏だけなら、当面はキーボードで間に合うだろ?」
「念のため、独断で決める気はないし、見つかったとしてもそいつに話すのは航と良哉がこっち来て、見てからでいいと思ってる」
祐真に続いて戒斗の言葉を聞くと、“度合いの高さ”くらいの話ではなく、ごく真剣に将来を見据えていることが察せられる。航と良哉は顔を見合わせた。
航はこれまで、趣味で終わろうがドラムを極めるつもりでやってきた。漠然とそれを仕事にすることを想像したこともある。ただ、こうまで具体的に将来を見ることはなかった。いま、おれはドラマーだと肩肘を張らず名乗っている自分が脳裡に出現した。
「良哉?」
航が見やると、良哉もまたなんらかの結論に達したらしく興じた面持ちでうなずいた。
「わかった。やってやる」
恩を着せたわけではない。航は迷いなく宣言した。
「バンド名は“FATE”だ」
戒斗は前々から決めていたのだろう、そこは譲れないといったふうに告げた。
「ファンタジーな名前だな」
「ファンタジーじゃないっておれたちで証明すればいい」
「なるほど。けど祐真、こういうまわりくどいことしないで、なんでバンドの話、最初から云わねぇんだよ」
「戒斗は完璧主義だからさ、黙っておいた。予備知識はよけいだ。即興のほうが実力もフィーリングもお互いにわかりやすい」
「おれたちを試したってわけだ」
「戒斗じゃない。おれの案だ」
祐真は降参するようにホールドアップしてみせる。
「航、少なくともおれらは完璧だって祐真も戒斗も認めてるってわけだ」
「そのとおりだ」
「ったりめぇだ」
航が即行で自信たっぷりな相づちを打つと、声こそ立てなかったが三人の顔に笑みが浮かび、にやりとした航がそれに加わると、スタジオは決意と期待の入り混じった清々しいような気配がはびこった。
「祐真」
「なんだよ」
「ついでにプレゼント、もうひとつ欲しいんだけどさ」
「はっ、ずうずうしいな。で?」
「実那都がおまえのサインくれってさ」
ははっ。
祐真をはじめ笑い声が上がるなか、航の中にバンドという具体的な在り処が見つかった一方で、実那都がいまのように傍にはいないかもしれないという一年後が現実味を増した。
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