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第6話 runaway love

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有吏戒斗ゆうりかいとだ」
 いかにも上から目線で、男が自分から名乗ったにもかかわらず、どこのだれだ? と航は内心で吐きながら眉を寄せた。
 祐真から、会わせたい奴がいる、と聞かされたのは春休み中の今日、航が良哉と一緒に祐真を訪ねて東京に着いてすぐのことだった。祐真の家に荷物を置いてやってきたのは、楽器も音響もひとそろいしたレンタルスタジオだ。そこに男――戒斗は待っていた。
 戒斗は航たちよりも二つ年上というが――ましてや大学生でありながら妙に落ち着きはらっている。
 根っからのリーダータイプか。ひょっとしたら学生で起業した強者か。
 航たちとかわらず背が高く、その容貌もラフな服装から窺える躰つきも、できすぎなくらい美形であり自信に溢れているのは確かだ。
「日高良哉です」
 良哉が丁寧に応じるなか――
「藍岬航だ」
 と、戒斗を真似て航が尊大に名乗ると、気分を害した様子もなく、逆におもしろがってくちびるを歪めている。
「いい感じだ」
 その言葉は、第一印象を指してそう云ったのか、だれに向けたのかもはっきりしない。
「無駄に威張りくさった感じだな。何者だ?」
 不躾にも航は戒斗に第一印象をそのままぶつけ、それから祐真に訊ねた。
 戒斗は呆れたように首を横に振り、祐真はハハッと相変わらず軽薄そうに笑う。
「航、おもしろいだろ。いまからもっとおもしろくなるさ。なあ、戒斗」
「期待してる」
 祐真と戒斗が通じ合ったふうに言葉を交わす一方で、航と良哉は怪訝そうに顔を見合わせる。良哉がさきに口を開いた。
「祐真、なんの話をしてんだよ、こんなとこに連れてきてさ」
「ここを見ればわかるだろ。久しぶりにセッションしないかって誘ってる」
「三人で? ……四人で?」
 航は戒斗を一瞥してから人数を増やしてみた。祐真は薄らと笑う。
「四人でなきゃ、なんのために戒斗を呼んだと思ってる?」
「……へぇ……」
 航はあらためて戒斗を見やった。訊きたいことがあるなら訊いてくれといったように戒斗の首がかしいだ。
「あんた、何やるんだよ」
「“戒斗”でいい。おれはベースをやる。といってもやり始めて正味一カ月だ」
「……は?」
「一カ月って……」
 航の間の抜けた声と良哉の呆けたつぶやきが重なった。
「ははっ、戒斗、もったいぶらないで正確に云ってやれよ。でないと、テク見せるまえに航たちにめっちゃくちゃ云われるぞ」
 祐真の言葉を受け、戒斗はおどけてひょいと肩をすくめる。
「ベースのまえはギターやってた。といっても独学だし、歴は四年くらいでそう長くない。めちゃくちゃ云うのは、セッションやってからにしてくれると助かる」
「オーケー。“お手並み拝見”はお互い様だ」
「曲は何やるんだ?」
「おれが作ってきた」
 良哉の問いに答えながら、祐真はスタジオの隅に行って、持ってきたバッグを椅子に置くとファスナーを開けた。
「作ったってわざわざか。おまえ、デビュー控えてよくそんな時間があるな」
 祐真は東京の高校に進むと、夏休みに入ってから路上ライヴを重ねていた。それが大手の芸能事務所の目に留まり、まもなくデビューすることが決まっている。それでも浮かれることなく――いや、祐真はそれらを当然だと思っているかもしれないが、なんの変化も見せない。航は祐真らしいと思う。
「ていうかさ、航、曲作りがおれの仕事になるんだけどな。テレビに出る仕事はNGにしてるし、音録りもスタジオにこもりきりだ。息抜きしたくなる」
「息抜きで作曲って、云ってくれるな」
 航のしかめた顔を見て、祐真は揶揄するような笑みを浮かべた。
「メロディラインだけだ。イントロにアウトロ、アレンジと肉付けはおまえらに任せる」
 祐真がそれぞれに配る楽譜スコアを受けとりながら、航は呆気にとられる。
「いまから?」
「できんだろ?」
 祐真ははっきり挑発した。
「祐真、おまえ、相変わらずいい性格してるな」
「って云いながら良哉、おまえも航も、音もケンカも楽しんでたはずだ。楽しみを提供するのがおれの役目だ。だろ?」
「確かに楽しみにはなる」と云いながら航は戒斗に目を転じた。
「作曲系、できるのか?」
 訊ねると、戒斗は、祐真、と呼びかけ――
「アレンジャーだってお墨付きもらったって云っていいんだよな」
「ああ。間違いない。だからおれはベースに転向しろって云ったんだ」
「だそうだ」
 と、戒斗は航に向かった。
 ギタリストをベーシストに転向させたということだろうが。
 わざわざそうする理由はなんだ?
 航は再び自問自答をした。その答えが出ないうちに――
「じゃあ、さっそくやるか」
 祐真が意気揚々と音頭を取り、「航、自信満々のテクを戒斗に見せてやれよ。良哉もな」と煽った。
「おれはついでか」
「ついでは良哉じゃない、おれだ」
 祐真は何を企んでいるのか、見せてやれという言葉と相対してあるのは、見てみろという言葉だ。つまり、戒斗も相当のテクニックを持っていると解釈するべきなのだろう。
 四人はスコアを持ってそれぞれに持ち場につき、良哉がキーボードでメロディをひととおり弾いて聞かせる。すると、さっそく戒斗がリズムとキーを変えてきた。戒斗のベースが繰りだすリズムに、戒斗が要求したキーで祐真がギターを重ねた。戒斗は何度も繰り返しながら祐真に注文をつけていく。その傍らで航は軽くリズムを取ることからはじめ、まもなくグルービーに音を奏でて曲に乗った。曲が終わってまた繰り返すまでの間奏はドラムとベース音で繋ぎ、まもなくそのリズムに合わせて良哉がイントロとアウトロの作曲を加えた。
「ラスト!」
 リピート演奏して何度めか、はじめに宣言したとおり、自ら曲の完成まで口を出すことはなく、あくまで戒斗の指示に従った祐真がそこではじめて意思表示をするように声を上げた。四人はそれぞれに顔を見合わせてアイコンタクトを取りつつうなずく。
 原曲を基盤にしてきれいなメロディラインを守りつつも、抑揚をつけた激しさと広がりが曲を息づかせた。
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