36 / 47
第5話 恋の身の丈
9.
しおりを挟む
円花は航の視線に気づくと、ぴたりと足を止めた。そのしぐさが航に確信させた。
一緒にいた女子が急に立ち止まった円花を振り返り話しかけている。航を見ていた彼女の目が、ふと都合が悪いかのように宙に浮いた。
航はまっすぐ円花へと向かった。
「悪い、工藤と話がある」
円花ではなく彼女の友だちに話しかけると、目を丸くしたあとうなずいて、さき行ってるね、と立ち去った。
残された円花はそっぽを向いているわけにもいかず、渋々と航に目を向けた。
「このまえスタジオで実那都と何話してたか、教えてくんねぇか」
「スタジオで? さあ……」
「なんかさ、実那都から避けられてる気がするんだよな。スタジオんときはさき帰るって消えたし、今日も黙って帰った。さっき良哉にフラれたっつったら、おれが実那都にしつこすぎるっつうけど、どうよ?」
円花が惚けてしまうまえに航がさえぎって云うと、彼女は意味を把握できていないかのようにきょとんとした。
「……藍岬くんがしつこいっていうか……ふたりがベタベタしすぎだと思う」
まもなく正気を取り戻した円花は、最初はためらいがちだったが、ずけずけと指摘した。
「おれが好きすぎるからな、しょうがねぇだろ?」
「よく堂々と他人に云えるね、そういうこと」
「実那都にも云ってる」
航がにやりとすると、円花は呆れ返り、天を仰ぐようなしぐさをした。それからため息をつくと――
「志望校を久築に変えるくらい、藍岬くんが西崎さんを好きだってことはわかってる」
航が知りたかったこと――円花が実那都に何を云ったかということが間接的に語られた。
「そのとおりだ。念のために云っとくと、後悔なんてしてねぇからな」
「わかってる。わたしがよけいなこと云ったの」
「よけいなことじゃねぇ」
「え?」
「それくらいで様子がおかしくなるとか、実那都の中でずっと引っかかってたってことだ。納得させたつもりだったけどな。おれの努力が足りなかったらしい。工藤には感謝することになるだろうな。もう一回、実那都にちゃんと云う機会つくってもらったからさ」
「ほんと、好きなんだね」
円花は呆れるのを通り越して笑いだした。
「ったりめぇだ。ってことで実那都を追っかける。じゃ、スタジオでもよろしくな」
「藍岬くん、西崎さんに――実那都ちゃんに謝っておいて!」
背中から呼びかけられ、航は、ああ、と手を上げて応じた。
*
実那都が送ったメッセージは、“既読”はついたけれど返事はない。実那都からやめないかぎり、いつもならメッセージのやりとりは延々と続くのに、だ。
自分が航を避けようとしているのに、無視されればさみしいなんて中途半端でわがまますぎる。
自分でもどうしたいのかわからない。違う、実那都の望みを優先するのではなくて、どうするべきかと考えなくてはならないのだ。
ため息をこぼしながら、足が止まりそうになる。少なくとも、内心では立ち尽くしている気分だった。
まもなく横断歩道にさしかかって信号機が赤になると、必然的に立ち止まらなければならない。それはそれで、また歩き始めるのに果たして足が脳の命令を聞いてくれるのか、心もとない。
止まらなくていいようにゆっくりと歩いていると、赤信号を突っこんでいくのではないかと思うくらい、スピードを出した自転車が脇を通りすぎた。車は多くはないがそれなりに往来がある。
人のことながらハラハラした実那都の正面に、スリップするようにまわりこんで自転車は止まった。実那都にはできない、鮮やかな技だ。驚きつつ無意識に足を止めると、片足を地に着いて実那都の行く手をふさいだ人の顔を見、さらにびっくり眼になった。
「……航」
「早く帰んのはいい。けど、ひと言云え。おれと帰るほうが絶対早いだろ。このとおり、おまえより五分遅く学校を出ても追いついた」
「それはわかってるの」
「んじゃ、何がわかんねぇんだよ」
実那都の言葉尻に重ねるように航が問う。その顔を見ると、これまでにない睨めつけるような眼差しに見返された。
「……これからさきのこと……」
「は? どういうことだよ」
「わたし……」
云いかけて詰まったのは、どう云っていいのかわからないわけではなく、云ってしまって取り返しがつかなくなることが怖いからだ。例えば、怒らせたり――いや、それならまだましだけれど、見限られることが怖くてたまらない。やっぱり避けることとは矛盾している。いや、ずるいのだ。
航は実那都を見据えている。一向に実那都から続きが語られず、待ちわびたようにため息をついた。ただ、不機嫌そうではない。呆れて、なお且つおもしろがったような気配を醸しだしている。
「いいから、ちゃんと話せよ」
航は断固として云い、「云っとくけど、おまえの期待に添うことを云えるとは限んねぇからな」と不遜に云い渡した。
一緒にいた女子が急に立ち止まった円花を振り返り話しかけている。航を見ていた彼女の目が、ふと都合が悪いかのように宙に浮いた。
航はまっすぐ円花へと向かった。
「悪い、工藤と話がある」
円花ではなく彼女の友だちに話しかけると、目を丸くしたあとうなずいて、さき行ってるね、と立ち去った。
残された円花はそっぽを向いているわけにもいかず、渋々と航に目を向けた。
「このまえスタジオで実那都と何話してたか、教えてくんねぇか」
「スタジオで? さあ……」
「なんかさ、実那都から避けられてる気がするんだよな。スタジオんときはさき帰るって消えたし、今日も黙って帰った。さっき良哉にフラれたっつったら、おれが実那都にしつこすぎるっつうけど、どうよ?」
円花が惚けてしまうまえに航がさえぎって云うと、彼女は意味を把握できていないかのようにきょとんとした。
「……藍岬くんがしつこいっていうか……ふたりがベタベタしすぎだと思う」
まもなく正気を取り戻した円花は、最初はためらいがちだったが、ずけずけと指摘した。
「おれが好きすぎるからな、しょうがねぇだろ?」
「よく堂々と他人に云えるね、そういうこと」
「実那都にも云ってる」
航がにやりとすると、円花は呆れ返り、天を仰ぐようなしぐさをした。それからため息をつくと――
「志望校を久築に変えるくらい、藍岬くんが西崎さんを好きだってことはわかってる」
航が知りたかったこと――円花が実那都に何を云ったかということが間接的に語られた。
「そのとおりだ。念のために云っとくと、後悔なんてしてねぇからな」
「わかってる。わたしがよけいなこと云ったの」
「よけいなことじゃねぇ」
「え?」
「それくらいで様子がおかしくなるとか、実那都の中でずっと引っかかってたってことだ。納得させたつもりだったけどな。おれの努力が足りなかったらしい。工藤には感謝することになるだろうな。もう一回、実那都にちゃんと云う機会つくってもらったからさ」
「ほんと、好きなんだね」
円花は呆れるのを通り越して笑いだした。
「ったりめぇだ。ってことで実那都を追っかける。じゃ、スタジオでもよろしくな」
「藍岬くん、西崎さんに――実那都ちゃんに謝っておいて!」
背中から呼びかけられ、航は、ああ、と手を上げて応じた。
*
実那都が送ったメッセージは、“既読”はついたけれど返事はない。実那都からやめないかぎり、いつもならメッセージのやりとりは延々と続くのに、だ。
自分が航を避けようとしているのに、無視されればさみしいなんて中途半端でわがまますぎる。
自分でもどうしたいのかわからない。違う、実那都の望みを優先するのではなくて、どうするべきかと考えなくてはならないのだ。
ため息をこぼしながら、足が止まりそうになる。少なくとも、内心では立ち尽くしている気分だった。
まもなく横断歩道にさしかかって信号機が赤になると、必然的に立ち止まらなければならない。それはそれで、また歩き始めるのに果たして足が脳の命令を聞いてくれるのか、心もとない。
止まらなくていいようにゆっくりと歩いていると、赤信号を突っこんでいくのではないかと思うくらい、スピードを出した自転車が脇を通りすぎた。車は多くはないがそれなりに往来がある。
人のことながらハラハラした実那都の正面に、スリップするようにまわりこんで自転車は止まった。実那都にはできない、鮮やかな技だ。驚きつつ無意識に足を止めると、片足を地に着いて実那都の行く手をふさいだ人の顔を見、さらにびっくり眼になった。
「……航」
「早く帰んのはいい。けど、ひと言云え。おれと帰るほうが絶対早いだろ。このとおり、おまえより五分遅く学校を出ても追いついた」
「それはわかってるの」
「んじゃ、何がわかんねぇんだよ」
実那都の言葉尻に重ねるように航が問う。その顔を見ると、これまでにない睨めつけるような眼差しに見返された。
「……これからさきのこと……」
「は? どういうことだよ」
「わたし……」
云いかけて詰まったのは、どう云っていいのかわからないわけではなく、云ってしまって取り返しがつかなくなることが怖いからだ。例えば、怒らせたり――いや、それならまだましだけれど、見限られることが怖くてたまらない。やっぱり避けることとは矛盾している。いや、ずるいのだ。
航は実那都を見据えている。一向に実那都から続きが語られず、待ちわびたようにため息をついた。ただ、不機嫌そうではない。呆れて、なお且つおもしろがったような気配を醸しだしている。
「いいから、ちゃんと話せよ」
航は断固として云い、「云っとくけど、おまえの期待に添うことを云えるとは限んねぇからな」と不遜に云い渡した。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜
湊未来
恋愛
「同じファンとして、推し活に協力してくれ!」
「はっ?」
突然呼び出された社長室。総務課の地味メガネこと『清瀬穂花(きよせほのか)』は、困惑していた。今朝落とした自分のマスコットを握りしめ、頭を下げる美丈夫『一色颯真(いっしきそうま)』からの突然の申し出に。
しかも、彼は穂花の分身『Vチューバー花音』のコアなファンだった。
モデル顔負けのイケメン社長がヲタクで、自分のファン!?
素性がバレる訳にはいかない。絶対に……
自分の分身であるVチューバーを推すファンに、推し活指南しなければならなくなった地味メガネOLと、並々ならぬ愛を『推し』に注ぐイケメンヲタク社長とのハートフルラブコメディ。
果たして、イケメンヲタク社長は無事に『推し』を手に入れる事が出来るのか。
イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜
和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`)
https://twitter.com/tobari_kaoru
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに……
なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。
なぜ、私だけにこんなに執着するのか。
私は間も無く死んでしまう。
どうか、私のことは忘れて……。
だから私は、あえて言うの。
バイバイって。
死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。
<登場人物>
矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望
悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司
山田:清に仕えるスーパー執事
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる