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第4話 ヘルプレスネス~however,go~

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「合格おめでとう」
 合格発表の今日、祐真は息を切らした実那都、航、そして良哉を見るなりそう云った。
「“おめでとう”じゃねぇっ!」
 航は殴りかかりそうな剣幕で云い返した。
 祐真はどこ吹く風と、まるで取り合わない。その斜め後ろで、祐真の伯母が可笑しそうにしている。
「合格したんなら“おめでとう”だろ? おまえ、実那都と同じ高校に行きたかったんじゃねぇの?」
「話、逸らすんじゃねぇ! てめぇ、いまおれが何を云いたいのかわかんねぇ程度のダチかよ」
「そう怒るなよ」
 祐真は薄らと笑みを浮かべてなだめるように云った。
「航、こういうの、祐真らしいといえば祐真らしいだろ。さみしがり屋のくせにひねくれてさ。まともに別れるのがつらい、ってな」
 良哉の言葉に、祐真は吐息を漏らすように笑う。そのままやりすごすかと思ったけれど。
「さすがによくわかってるな、良哉」
 祐真はあっさりと認めた。
「だからってあんまりだろ」
 航がぼやく。
 タイムアウトを告げるように、電車が駅に到着するというアナウンスが流れた。
 中学校の卒業式が終わり、その四日後の今日、高校に合格発表を見にいった。祐真に電話で報告するなり、祐真は『今日、東京に引っ越す』と逆に報告したのだ。合格の喜びもつかの間、即、実那都たちは駅に駆けつけた。
 航が怒りたくなるのもわかる。正確にいえば、怒っているのではなく、ショックの反動にすぎない。実那都にしろ良哉にしろ、ショックは同じだ。てっきり三月の末まではこっちにいると思っていたのだ。つまり、祐真は故意に三人にそう思わせていたということだ。
 実那都は航の手のひらに自分の手を忍ばせた。航はすぐ脇に立った実那都を見下ろして、怒りをおさめるように小さくため息をつき、それからぎゅっと実那都の手を握りしめた。
「航、悪かったよ。けどさ、別れじゃないじゃん? ただ遠距離になるだけだ。そじゃね?」
 そう云われれば、航も納得せざるを得ない。それでもひと言云わなければ気がすまないといった様子で口を開いた。
「ふん、この借りは返すからな。憶えてろよ」
「何やらかす気か知んねぇけど、楽しみにしてる」
 不機嫌なままの航に、祐真は拳を向けると、航も拳をつくって軽くぶつけ合った。良哉とも同じように交わす。
 そうして祐真は実那都を向いた。
「実那都、ちゃんと応援してるから、航に任せてろ」
 どんな意味にしろ、電車が近づいてきていて実那都はもううなずくしかできない。祐真もうなずき返して――
「ふたりをよろしくな。特に航のことは」
 とさっきとは逆の言葉を付け加え、からかうように首をかしげた。
「うん」
 電車が速度を緩めながら祐真の背後を通る。
「みんな、急でごめんなさい。遊びにきてね。いつでも歓迎よ」
 祐真の伯母に声をかけられ、行きます、といち早く応えたのは航だ。
 電車が止まりドアが開くと、祐真の伯母がさきに、そして祐真が電車に乗ってホームに立った三人と向かい合った。
「おまえらみんな、東京で待ってるからな」
 発車の合図音にそんな言葉が重なり、ドアが閉まった。動きだした電車のなかから、祐真は軽く手を上げてみせる。
 旅立つ側はどんな気持ちだろう。少なくとも、残った実那都たち三人は置いていかれたさみしさを感じていた。
「ほんと、サプライズだったな」
 駅の構内から外に出て駐輪場に向かいながら、良哉がつぶやいた。
 航は気に喰わなそうに鼻を鳴らす。
「良哉、サプライズ返ししてやろうぜ」
 実那都の頭越しに良哉は航のほうに頭を巡らし、わずかに目を瞠《みは》った。
「何すんだよ」
「入学の準備終わったらさ、あいつんとこ行く」
「は?」
「……え?」
 良哉のほうけた声に、一歩遅れて実那都は航を振り仰ぐ。
「おばさん、いつでも遊びにきてって云ってたじゃん。それに祐真も『東京で待ってる』ってさ」
 航は悪びれることもなく、驚かせてやろうぜ、と良哉ににやりとしてみせた。
「まあいいけどさ。受験終わったし、ぱーっとバカやりたい気分もある。祐真の悪影響だな」
 良哉は自分で自分の言葉に笑う。
「受験て云えばさ、良哉、おまえに訊きたかったんだよなぁ」
「なんだよ」
「受験、貴友館じゃなくてなんで久築にしたんだよ。おまえは気まぐれだっつったけど、貴友館は楽勝だっただろ」
「わたしも驚いた。受験の日、久築で良哉くんと会うって思ってなかったし、わたし、行くところ間違ったかと思った」
 実那都が本気で云ったにもかかわらず、良哉は笑いだした。
「実那都を慌てさせられたってことだ。航、お手柄だろ」
 良哉もまた実那都のことをどんなふうに思っているのだろう、同意を求められた航は肩をそびやかす。
「で?」
 駐輪場に着くと立ち止まり、航は良哉を促した。
「なんかさ、これでおれが貴友館に行ったらおまえと祐真と、三人ともバラバラの道を歩いてって重ならない気がした。いい高校に行くっていうのが最終目標じゃないし……勉強だけっつうのも詰まらないし、やっぱりたまにはバカやりたいってのもある」
「お母さんたちに何も云われなかったの?」
 良哉はあり得ないものに巡り合ったかのような様で実那都に目を向けた。
「何も云わないはずないだろ。散々だったけど、いま云ったのと同じようなこと云って説得した」
「……そうなんだ。良哉くんと航はやっぱり考えることが似てるね。航も高校はどこだっていいって云ってた」
「ダチだからな」
 そう云ったあと航は、はあ――っとため息を声に出しながら天を仰いだ。
「祐真、行っちまったなぁ」
 しみじみとした声に、自転車のロックを解錠していた良哉が力なく笑う。
「またすぐ会うんだろ」
「ああ」
「決めたら連絡しろよ。じゃあな」
 良哉は自転車に乗ると、祐真と同じように軽く手を上げてさきに帰った。
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