26 / 47
第4話 ヘルプレスネス~however,go~
7.
しおりを挟む
*
「合格おめでとう」
合格発表の今日、祐真は息を切らした実那都、航、そして良哉を見るなりそう云った。
「“おめでとう”じゃねぇっ!」
航は殴りかかりそうな剣幕で云い返した。
祐真はどこ吹く風と、まるで取り合わない。その斜め後ろで、祐真の伯母が可笑しそうにしている。
「合格したんなら“おめでとう”だろ? おまえ、実那都と同じ高校に行きたかったんじゃねぇの?」
「話、逸らすんじゃねぇ! てめぇ、いまおれが何を云いたいのかわかんねぇ程度のダチかよ」
「そう怒るなよ」
祐真は薄らと笑みを浮かべてなだめるように云った。
「航、こういうの、祐真らしいといえば祐真らしいだろ。さみしがり屋のくせにひねくれてさ。まともに別れるのがつらい、ってな」
良哉の言葉に、祐真は吐息を漏らすように笑う。そのままやりすごすかと思ったけれど。
「さすがによくわかってるな、良哉」
祐真はあっさりと認めた。
「だからってあんまりだろ」
航がぼやく。
タイムアウトを告げるように、電車が駅に到着するというアナウンスが流れた。
中学校の卒業式が終わり、その四日後の今日、高校に合格発表を見にいった。祐真に電話で報告するなり、祐真は『今日、東京に引っ越す』と逆に報告したのだ。合格の喜びもつかの間、即、実那都たちは駅に駆けつけた。
航が怒りたくなるのもわかる。正確にいえば、怒っているのではなく、ショックの反動にすぎない。実那都にしろ良哉にしろ、ショックは同じだ。てっきり三月の末まではこっちにいると思っていたのだ。つまり、祐真は故意に三人にそう思わせていたということだ。
実那都は航の手のひらに自分の手を忍ばせた。航はすぐ脇に立った実那都を見下ろして、怒りをおさめるように小さくため息をつき、それからぎゅっと実那都の手を握りしめた。
「航、悪かったよ。けどさ、別れじゃないじゃん? ただ遠距離になるだけだ。そじゃね?」
そう云われれば、航も納得せざるを得ない。それでもひと言云わなければ気がすまないといった様子で口を開いた。
「ふん、この借りは返すからな。憶えてろよ」
「何やらかす気か知んねぇけど、楽しみにしてる」
不機嫌なままの航に、祐真は拳を向けると、航も拳をつくって軽くぶつけ合った。良哉とも同じように交わす。
そうして祐真は実那都を向いた。
「実那都、ちゃんと応援してるから、航に任せてろ」
どんな意味にしろ、電車が近づいてきていて実那都はもううなずくしかできない。祐真もうなずき返して――
「ふたりをよろしくな。特に航のことは」
とさっきとは逆の言葉を付け加え、からかうように首をかしげた。
「うん」
電車が速度を緩めながら祐真の背後を通る。
「みんな、急でごめんなさい。遊びにきてね。いつでも歓迎よ」
祐真の伯母に声をかけられ、行きます、といち早く応えたのは航だ。
電車が止まりドアが開くと、祐真の伯母がさきに、そして祐真が電車に乗ってホームに立った三人と向かい合った。
「おまえらみんな、東京で待ってるからな」
発車の合図音にそんな言葉が重なり、ドアが閉まった。動きだした電車のなかから、祐真は軽く手を上げてみせる。
旅立つ側はどんな気持ちだろう。少なくとも、残った実那都たち三人は置いていかれたさみしさを感じていた。
「ほんと、サプライズだったな」
駅の構内から外に出て駐輪場に向かいながら、良哉がつぶやいた。
航は気に喰わなそうに鼻を鳴らす。
「良哉、サプライズ返ししてやろうぜ」
実那都の頭越しに良哉は航のほうに頭を巡らし、わずかに目を瞠《みは》った。
「何すんだよ」
「入学の準備終わったらさ、あいつんとこ行く」
「は?」
「……え?」
良哉の呆けた声に、一歩遅れて実那都は航を振り仰ぐ。
「おばさん、いつでも遊びにきてって云ってたじゃん。それに祐真も『東京で待ってる』ってさ」
航は悪びれることもなく、驚かせてやろうぜ、と良哉ににやりとしてみせた。
「まあいいけどさ。受験終わったし、ぱーっとバカやりたい気分もある。祐真の悪影響だな」
良哉は自分で自分の言葉に笑う。
「受験て云えばさ、良哉、おまえに訊きたかったんだよなぁ」
「なんだよ」
「受験、貴友館じゃなくてなんで久築にしたんだよ。おまえは気まぐれだっつったけど、貴友館は楽勝だっただろ」
「わたしも驚いた。受験の日、久築で良哉くんと会うって思ってなかったし、わたし、行くところ間違ったかと思った」
実那都が本気で云ったにもかかわらず、良哉は笑いだした。
「実那都を慌てさせられたってことだ。航、お手柄だろ」
良哉もまた実那都のことをどんなふうに思っているのだろう、同意を求められた航は肩をそびやかす。
「で?」
駐輪場に着くと立ち止まり、航は良哉を促した。
「なんかさ、これでおれが貴友館に行ったらおまえと祐真と、三人ともバラバラの道を歩いてって重ならない気がした。いい高校に行くっていうのが最終目標じゃないし……勉強だけっつうのも詰まらないし、やっぱりたまにはバカやりたいってのもある」
「お母さんたちに何も云われなかったの?」
良哉はあり得ないものに巡り合ったかのような様で実那都に目を向けた。
「何も云わないはずないだろ。散々だったけど、いま云ったのと同じようなこと云って説得した」
「……そうなんだ。良哉くんと航はやっぱり考えることが似てるね。航も高校はどこだっていいって云ってた」
「ダチだからな」
そう云ったあと航は、はあ――っとため息を声に出しながら天を仰いだ。
「祐真、行っちまったなぁ」
しみじみとした声に、自転車のロックを解錠していた良哉が力なく笑う。
「またすぐ会うんだろ」
「ああ」
「決めたら連絡しろよ。じゃあな」
良哉は自転車に乗ると、祐真と同じように軽く手を上げてさきに帰った。
「合格おめでとう」
合格発表の今日、祐真は息を切らした実那都、航、そして良哉を見るなりそう云った。
「“おめでとう”じゃねぇっ!」
航は殴りかかりそうな剣幕で云い返した。
祐真はどこ吹く風と、まるで取り合わない。その斜め後ろで、祐真の伯母が可笑しそうにしている。
「合格したんなら“おめでとう”だろ? おまえ、実那都と同じ高校に行きたかったんじゃねぇの?」
「話、逸らすんじゃねぇ! てめぇ、いまおれが何を云いたいのかわかんねぇ程度のダチかよ」
「そう怒るなよ」
祐真は薄らと笑みを浮かべてなだめるように云った。
「航、こういうの、祐真らしいといえば祐真らしいだろ。さみしがり屋のくせにひねくれてさ。まともに別れるのがつらい、ってな」
良哉の言葉に、祐真は吐息を漏らすように笑う。そのままやりすごすかと思ったけれど。
「さすがによくわかってるな、良哉」
祐真はあっさりと認めた。
「だからってあんまりだろ」
航がぼやく。
タイムアウトを告げるように、電車が駅に到着するというアナウンスが流れた。
中学校の卒業式が終わり、その四日後の今日、高校に合格発表を見にいった。祐真に電話で報告するなり、祐真は『今日、東京に引っ越す』と逆に報告したのだ。合格の喜びもつかの間、即、実那都たちは駅に駆けつけた。
航が怒りたくなるのもわかる。正確にいえば、怒っているのではなく、ショックの反動にすぎない。実那都にしろ良哉にしろ、ショックは同じだ。てっきり三月の末まではこっちにいると思っていたのだ。つまり、祐真は故意に三人にそう思わせていたということだ。
実那都は航の手のひらに自分の手を忍ばせた。航はすぐ脇に立った実那都を見下ろして、怒りをおさめるように小さくため息をつき、それからぎゅっと実那都の手を握りしめた。
「航、悪かったよ。けどさ、別れじゃないじゃん? ただ遠距離になるだけだ。そじゃね?」
そう云われれば、航も納得せざるを得ない。それでもひと言云わなければ気がすまないといった様子で口を開いた。
「ふん、この借りは返すからな。憶えてろよ」
「何やらかす気か知んねぇけど、楽しみにしてる」
不機嫌なままの航に、祐真は拳を向けると、航も拳をつくって軽くぶつけ合った。良哉とも同じように交わす。
そうして祐真は実那都を向いた。
「実那都、ちゃんと応援してるから、航に任せてろ」
どんな意味にしろ、電車が近づいてきていて実那都はもううなずくしかできない。祐真もうなずき返して――
「ふたりをよろしくな。特に航のことは」
とさっきとは逆の言葉を付け加え、からかうように首をかしげた。
「うん」
電車が速度を緩めながら祐真の背後を通る。
「みんな、急でごめんなさい。遊びにきてね。いつでも歓迎よ」
祐真の伯母に声をかけられ、行きます、といち早く応えたのは航だ。
電車が止まりドアが開くと、祐真の伯母がさきに、そして祐真が電車に乗ってホームに立った三人と向かい合った。
「おまえらみんな、東京で待ってるからな」
発車の合図音にそんな言葉が重なり、ドアが閉まった。動きだした電車のなかから、祐真は軽く手を上げてみせる。
旅立つ側はどんな気持ちだろう。少なくとも、残った実那都たち三人は置いていかれたさみしさを感じていた。
「ほんと、サプライズだったな」
駅の構内から外に出て駐輪場に向かいながら、良哉がつぶやいた。
航は気に喰わなそうに鼻を鳴らす。
「良哉、サプライズ返ししてやろうぜ」
実那都の頭越しに良哉は航のほうに頭を巡らし、わずかに目を瞠《みは》った。
「何すんだよ」
「入学の準備終わったらさ、あいつんとこ行く」
「は?」
「……え?」
良哉の呆けた声に、一歩遅れて実那都は航を振り仰ぐ。
「おばさん、いつでも遊びにきてって云ってたじゃん。それに祐真も『東京で待ってる』ってさ」
航は悪びれることもなく、驚かせてやろうぜ、と良哉ににやりとしてみせた。
「まあいいけどさ。受験終わったし、ぱーっとバカやりたい気分もある。祐真の悪影響だな」
良哉は自分で自分の言葉に笑う。
「受験て云えばさ、良哉、おまえに訊きたかったんだよなぁ」
「なんだよ」
「受験、貴友館じゃなくてなんで久築にしたんだよ。おまえは気まぐれだっつったけど、貴友館は楽勝だっただろ」
「わたしも驚いた。受験の日、久築で良哉くんと会うって思ってなかったし、わたし、行くところ間違ったかと思った」
実那都が本気で云ったにもかかわらず、良哉は笑いだした。
「実那都を慌てさせられたってことだ。航、お手柄だろ」
良哉もまた実那都のことをどんなふうに思っているのだろう、同意を求められた航は肩をそびやかす。
「で?」
駐輪場に着くと立ち止まり、航は良哉を促した。
「なんかさ、これでおれが貴友館に行ったらおまえと祐真と、三人ともバラバラの道を歩いてって重ならない気がした。いい高校に行くっていうのが最終目標じゃないし……勉強だけっつうのも詰まらないし、やっぱりたまにはバカやりたいってのもある」
「お母さんたちに何も云われなかったの?」
良哉はあり得ないものに巡り合ったかのような様で実那都に目を向けた。
「何も云わないはずないだろ。散々だったけど、いま云ったのと同じようなこと云って説得した」
「……そうなんだ。良哉くんと航はやっぱり考えることが似てるね。航も高校はどこだっていいって云ってた」
「ダチだからな」
そう云ったあと航は、はあ――っとため息を声に出しながら天を仰いだ。
「祐真、行っちまったなぁ」
しみじみとした声に、自転車のロックを解錠していた良哉が力なく笑う。
「またすぐ会うんだろ」
「ああ」
「決めたら連絡しろよ。じゃあな」
良哉は自転車に乗ると、祐真と同じように軽く手を上げてさきに帰った。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
【完結】大好きな貴方、婚約を解消しましょう
凛蓮月
恋愛
大好きな貴方、婚約を解消しましょう。
私は、恋に夢中で何も見えていなかった。
だから、貴方に手を振り払われるまで、嫌われていることさえ気付か
なかったの。
※この作品は「小説家になろう」内の「名も無き恋の物語【短編集】」「君と甘い一日を」より抜粋したものです。
2022/9/5
隣国の王太子の話【王太子は、婚約者の愛を得られるか】完結しました。
お見かけの際はよろしくお願いしますm(_ _ )m
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
【R-18】17歳の寄り道
六楓(Clarice)
恋愛
はじめての恋とセックス。禁断の関係。
多感な時期の恋愛模様と、大人の事情、17歳たちの軌跡と、その後を描きます。
移り気で一途な、少女たちの足あと。
◇◇◇◇◇
*R-18要素があるのでご注意ください。
*他サイト様にて、Clarice名義で掲載しています。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる