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第4話 ヘルプレスネス~however,go~
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クリスマスの日の雪は、降ったりやんだりを繰り返しながら翌日まで降り続いた。一面、真っ白になった景色を見れば、子供っぽくも、実那都はめったにできない雪だるまをつくりたいという誘惑に駆られた。けれど、母のお咎めを思いだせばそんな遊びはできない。
窓の外を眺めると、昨日まで積もっていた雪は夕方になってもうずいぶんと融けた。今日は曇り空でたまにしか晴れ間はなかったけれど、人が足を踏み入れることのない、なお且つ何かしらの影になった部分にしか残っていない。
一昨日、航の家から雪のなかを帰ってきて、母から散々小言を聞かされたことを思いだして、実那都は顔をしかめた。
『うちは加純で精いっぱいなの。あなたまで私立に行かせる余裕なんてないのよ。いま風邪をひいて勉強できなくなったらどうするの? 久築を落ちるなんてあり得ないから。だいたい受験生なのに男の子に夢中になるなんて。ふたりで本当に勉強してるんだか。お医者さんだかなんだか知らないけど、あちらの親御さんもどういうつもりかしら。簡単に女の子を連れこませるなんて』
聞くに堪えない。実那都は母がそれ以上に不機嫌になることを承知で部屋に退散した。
初対面のとき母は航の何かに圧倒されたようだったけれど、そのうえ、航は西崎家に来ると礼儀正しく振る舞っている。だから、母としては航本人には文句のつけようがないのかもしれない。航を目の前にすれば愛想よくするくせに、いざ航が帰ると母はちくりと文句を云う。
母が家にいるときは、他人が家にいると落ち着かないとか、加純に悪影響だとか。母不在の間に招くことを伝えれば、ふたりきりであることを嫌らしく疑う。
それが嫌になって、実那都のほうが航の家に行くことが多くなったのだけれど、いざそうすると今度は一昨日みたいに藍岬家についてひと言を云わずにはいられないようだ。
そうしたら気づいた。母は藍岬家にライバル心を持っている。あるいは、ジェラシーを抱いている。だれに対してかといえば、藍岬家はもちろんのこと、実那都に対してもそうかもしれない。
勉強をさせるために加純を私立の中高一貫校に入れたのか、モデル活動をさせるためにステータスが必要だったのか。実際、加純は夏休みの間に福岡のモデルオーディションを受けて事務所に所属するところまで漕ぎつけている。
実那都よりも明らかに加純のほうが希望があり、ましてや未来が拓けている。母の望みは叶って、だから、実那都にも藍岬家にも嫉妬する必要はないのに、母は欲張りだ。たぶん、実那都が感じているように藍岬家とは生活のレベルが違うことを否応なくわかっていて、それでも認められなくて、どこか張り合っている。
何が母をそうさせるのか。それが自分のせいだと思うのは実那都の考えすぎだろうか。
「実那都、電話よ!」
その声に、シャープペンシルを持っていた手がびくっと反応する。これが驚いたのではなく拒絶反応だとしたら。そう考えても、すっきりもしなければ可笑しくもない。
実那都はシャープペンシルをそっとページの境目に置くとノートを閉じた。一階におりていき、航くんよ、とかけられた言葉は必要以上に声が大きい。
わかってる、とぼそっと応じ、実那都は受話器を取りあげた。
「航?」
『ああ。いまいいか?』
実那都の都合をわざわざ訊ねるなど、航にしてはめずらしい。
「いいから出てるんだよ」
思わず笑ったけれど、いつもなら笑って返すか、尊大に当然だというようなことを口にするか、実那都はそんなことを予想して待ったけれど、航は不自然に沈黙している。
「……航?」
『祐真が事故った』
「……え?」
『昨日の夜、祐真が事故に遭ったんだ……』
「祐真くん、大丈夫なのっ!?」
二度め、航が最後まで云わないうちに意味を把握した実那都は、自分でも耳障りに感じるほど叫んでいた。
『祐真は大丈夫だ。入院してるけど、すぐ退院できる程度だって』
それだけでは終わらない。航の口調にはそんな気配が潜んでいる。すぐ退院できるのなら、そもそも航がこれほど沈んだ声を発するはずがない。それに、航は『祐真は』と限定した。
「航? ほかに何かあるの?」
『祐真は問題ないけど、親が二人とも死んだ』
淡々とした声がよけいに悲愴さを浮き彫りにした。
クリスマスの日の雪は、降ったりやんだりを繰り返しながら翌日まで降り続いた。一面、真っ白になった景色を見れば、子供っぽくも、実那都はめったにできない雪だるまをつくりたいという誘惑に駆られた。けれど、母のお咎めを思いだせばそんな遊びはできない。
窓の外を眺めると、昨日まで積もっていた雪は夕方になってもうずいぶんと融けた。今日は曇り空でたまにしか晴れ間はなかったけれど、人が足を踏み入れることのない、なお且つ何かしらの影になった部分にしか残っていない。
一昨日、航の家から雪のなかを帰ってきて、母から散々小言を聞かされたことを思いだして、実那都は顔をしかめた。
『うちは加純で精いっぱいなの。あなたまで私立に行かせる余裕なんてないのよ。いま風邪をひいて勉強できなくなったらどうするの? 久築を落ちるなんてあり得ないから。だいたい受験生なのに男の子に夢中になるなんて。ふたりで本当に勉強してるんだか。お医者さんだかなんだか知らないけど、あちらの親御さんもどういうつもりかしら。簡単に女の子を連れこませるなんて』
聞くに堪えない。実那都は母がそれ以上に不機嫌になることを承知で部屋に退散した。
初対面のとき母は航の何かに圧倒されたようだったけれど、そのうえ、航は西崎家に来ると礼儀正しく振る舞っている。だから、母としては航本人には文句のつけようがないのかもしれない。航を目の前にすれば愛想よくするくせに、いざ航が帰ると母はちくりと文句を云う。
母が家にいるときは、他人が家にいると落ち着かないとか、加純に悪影響だとか。母不在の間に招くことを伝えれば、ふたりきりであることを嫌らしく疑う。
それが嫌になって、実那都のほうが航の家に行くことが多くなったのだけれど、いざそうすると今度は一昨日みたいに藍岬家についてひと言を云わずにはいられないようだ。
そうしたら気づいた。母は藍岬家にライバル心を持っている。あるいは、ジェラシーを抱いている。だれに対してかといえば、藍岬家はもちろんのこと、実那都に対してもそうかもしれない。
勉強をさせるために加純を私立の中高一貫校に入れたのか、モデル活動をさせるためにステータスが必要だったのか。実際、加純は夏休みの間に福岡のモデルオーディションを受けて事務所に所属するところまで漕ぎつけている。
実那都よりも明らかに加純のほうが希望があり、ましてや未来が拓けている。母の望みは叶って、だから、実那都にも藍岬家にも嫉妬する必要はないのに、母は欲張りだ。たぶん、実那都が感じているように藍岬家とは生活のレベルが違うことを否応なくわかっていて、それでも認められなくて、どこか張り合っている。
何が母をそうさせるのか。それが自分のせいだと思うのは実那都の考えすぎだろうか。
「実那都、電話よ!」
その声に、シャープペンシルを持っていた手がびくっと反応する。これが驚いたのではなく拒絶反応だとしたら。そう考えても、すっきりもしなければ可笑しくもない。
実那都はシャープペンシルをそっとページの境目に置くとノートを閉じた。一階におりていき、航くんよ、とかけられた言葉は必要以上に声が大きい。
わかってる、とぼそっと応じ、実那都は受話器を取りあげた。
「航?」
『ああ。いまいいか?』
実那都の都合をわざわざ訊ねるなど、航にしてはめずらしい。
「いいから出てるんだよ」
思わず笑ったけれど、いつもなら笑って返すか、尊大に当然だというようなことを口にするか、実那都はそんなことを予想して待ったけれど、航は不自然に沈黙している。
「……航?」
『祐真が事故った』
「……え?」
『昨日の夜、祐真が事故に遭ったんだ……』
「祐真くん、大丈夫なのっ!?」
二度め、航が最後まで云わないうちに意味を把握した実那都は、自分でも耳障りに感じるほど叫んでいた。
『祐真は大丈夫だ。入院してるけど、すぐ退院できる程度だって』
それだけでは終わらない。航の口調にはそんな気配が潜んでいる。すぐ退院できるのなら、そもそも航がこれほど沈んだ声を発するはずがない。それに、航は『祐真は』と限定した。
「航? ほかに何かあるの?」
『祐真は問題ないけど、親が二人とも死んだ』
淡々とした声がよけいに悲愴さを浮き彫りにした。
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