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第2話 ふぃーる
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帰りのホームルームが終わってから真弓の教室を覗くと、実那都のクラスより早く終わっていたらしく、席を立った子もいれば座っている子もいて、すでに帰った子もいるのだろう、人数は疎らだ。
人の視線は浴びるほどでもなく、入りやすい雰囲気にほっとしながら実那都は真弓の席に向かった。
「図書館で勉強していこうって誘われてるけど、実那都はどうする?」
真弓は、実那都が前の空いた席に座るのを待たずに問いかけた。
「ごめん、今日は一緒に帰れなくなったって、それを云いにきたの」
「藍岬くんと帰る?」
「うん、すぐじゃないけど。あと祐真くんと良哉くんも一緒。期末試験前で今日から部活が休みになったから、音楽室を借りれるんだって。勉強しなくちゃって云ったんだけど、音楽室でやれって命令された」
いま航と祐真は音楽室の鍵をもらいに職員室に行っている。その帰りに良哉を連れてくると云っていた。
「なんか不思議だよねぇ」
真弓は言葉どおり不思議そうに首をかしげた。
「なんのこと?」
と実那都は問い返しながらも、真弓が思っているであろうだいたいのことは見当がついた。
「実那都と藍岬くんのカップリング。あのときはノリみたいな冗談かと思ったけど、ほんとに付き合うんだから」
「本人のわたしが不思議だって思ってる」
真弓は吹きだすように笑った。
「あの三人て、うちの学校の名物っぽくなってるけど、なんだか性格バラバラじゃない? 藍岬くんはいかにも男子って感じで雑で態度がでかいし、神瀬くんは冷めすぎてて話すとなんだかバカにされてそうな感じするし、日高くんは融通の利かない生真面目委員長タイプでしょ。よく仲良しでいられるなぁって思う」
真弓の性格分析は端的でマイナス面ばかりだけれど的確だ。
いい面を見れば、航は物怖じしなくて行動力は抜群、祐真は大人びて発言に容赦ないかわりに嘘や媚びがなくて信頼がおける。良哉はまとめ役みたいな、ふたりの間でいい緩和剤になっている。
融通の利かない良哉が航たちと一緒にやっていたことを知れば、真弓はどんな顔をするだろう。実那都は反応を見てみたいという誘惑に駆られる。けれど、「でもね」と続けて話しだした真弓に止められた。
「三人ともモテるんだよね。女子には関心ないって感じだし、仲間うちで楽しんでて邪魔しにくい感じだから、キャアキャア騒ぐってことはないけど、隠れファン多いよ」
「知ってる。祐真くんの誕生日プレゼント渡し、航が間に入ってるって聞いた」
「そこだよ」
「え……何が『そこ』?」
「藍岬くんて、あんなんでもやさしいとこあるよねってこと。見た目どおりだったら、預かったモノをその子の前で、“めんどくせぇ!”って投げ捨てそうだもん」
真弓の云い方が航そっくりで、実那都は吹きだした。
一方で、真弓の云うとおりだと思う。航もプレゼントを渡す子もそのさきで祐真がポイ捨てするとわかっていても、航は律儀に預かって、少なくともその子の自己満足ともいえる気持ちは報われている。
「やさしいって航に云っても認めないと思うけど、一緒にいるようになって見た目と違うのはわかってきた感じ」
実那都の言葉に真弓はニヤニヤと揶揄した面持ちになる。
「わたしが実那都と仲が良くても、一緒に来ないかって藍岬くんたちが誘ってくれたことないし、それくらいテリトリーがきっちりしてるから邪魔してくる人はいないだろうけど……」
「そこ、どいてくれない?」
真弓が云うさなか、まさに邪魔が入った。
見ると、実那都が座っている席の子――工藤円花が立っていた。
「あ、ごめんね」
実那都が急いで立ちあがり謝っても、なんの反応もなく、円花は机の中から手探りで小さなメモ帳らしきものを取りだすと、つんとした雰囲気で立ち去った。
実那都は真弓と顔を見合わせ、そして真弓が内緒話に誘うように手招きをした。実那都は椅子に座るのはやめて、身をかがめて顔を真弓の顔に近づけた。
「実那都、もしかしたら円花、藍岬くんのこと好きなのかもしれない。実那都たちが付き合ってるってわかってから、それ本当なのってわたし訊かれたんだよね。さっきの続きだけど、実那都をうらやましいって思ってる子はたくさんいるよ。たぶん、藍岬くんだけのことじゃなくて、三人分ね」
その続きを拾えば、“気をつけて”というところだろうか。真弓は『うらやましい』とオブラートにくるんだ云い方をしたけれど、ひょっとしたら妬まれることもあるのかもしれない。
むやみに敵をつくりたくなどない。そう思っているけれど、けっして非と思ってやったことではない非を責められたり、あるいは無視されたり否定されたりすることはある。ましてや身に覚えのないことでそうされたら居場所がない。
実那都はため息をつきながら、かがめていた躰を起こした。
「わかってる。教室にいると、航たちがわたしのとこに来るから敬遠されてる感じするし、だから真弓のところに逃げてきてる」
敬遠されているだけではなくて、野次馬みたいに観察されている。
真弓は、わかると同意するようにうなずいた。
「まあでも、うちら受験生だし、そのうち人のこと気にしてる暇なくなって、気にならなくなるんじゃない?」
「うん。どうしてわたしなのかわからないし、だから、いつまで続くかわからないけど」
実那都がそう云っているうちに、真弓の視線が実那都の上から横に逸れた。直後。
「よお」
と、声がして、真弓が笑顔と一緒に軽く手を上げて応えた。
「実那都、行くぞ」
振り向くまえに航だとわかっていたが、実那都が振り向いたとたん、航は手首をつかんで強引に引っ張っていく。
「っ……待って、ちゃんとついてくから! 真弓、また明日ね」
またね、と真弓の言葉を聞き遂げたか否かのうちに、実那都は廊下に連れだされた。
人の視線は浴びるほどでもなく、入りやすい雰囲気にほっとしながら実那都は真弓の席に向かった。
「図書館で勉強していこうって誘われてるけど、実那都はどうする?」
真弓は、実那都が前の空いた席に座るのを待たずに問いかけた。
「ごめん、今日は一緒に帰れなくなったって、それを云いにきたの」
「藍岬くんと帰る?」
「うん、すぐじゃないけど。あと祐真くんと良哉くんも一緒。期末試験前で今日から部活が休みになったから、音楽室を借りれるんだって。勉強しなくちゃって云ったんだけど、音楽室でやれって命令された」
いま航と祐真は音楽室の鍵をもらいに職員室に行っている。その帰りに良哉を連れてくると云っていた。
「なんか不思議だよねぇ」
真弓は言葉どおり不思議そうに首をかしげた。
「なんのこと?」
と実那都は問い返しながらも、真弓が思っているであろうだいたいのことは見当がついた。
「実那都と藍岬くんのカップリング。あのときはノリみたいな冗談かと思ったけど、ほんとに付き合うんだから」
「本人のわたしが不思議だって思ってる」
真弓は吹きだすように笑った。
「あの三人て、うちの学校の名物っぽくなってるけど、なんだか性格バラバラじゃない? 藍岬くんはいかにも男子って感じで雑で態度がでかいし、神瀬くんは冷めすぎてて話すとなんだかバカにされてそうな感じするし、日高くんは融通の利かない生真面目委員長タイプでしょ。よく仲良しでいられるなぁって思う」
真弓の性格分析は端的でマイナス面ばかりだけれど的確だ。
いい面を見れば、航は物怖じしなくて行動力は抜群、祐真は大人びて発言に容赦ないかわりに嘘や媚びがなくて信頼がおける。良哉はまとめ役みたいな、ふたりの間でいい緩和剤になっている。
融通の利かない良哉が航たちと一緒にやっていたことを知れば、真弓はどんな顔をするだろう。実那都は反応を見てみたいという誘惑に駆られる。けれど、「でもね」と続けて話しだした真弓に止められた。
「三人ともモテるんだよね。女子には関心ないって感じだし、仲間うちで楽しんでて邪魔しにくい感じだから、キャアキャア騒ぐってことはないけど、隠れファン多いよ」
「知ってる。祐真くんの誕生日プレゼント渡し、航が間に入ってるって聞いた」
「そこだよ」
「え……何が『そこ』?」
「藍岬くんて、あんなんでもやさしいとこあるよねってこと。見た目どおりだったら、預かったモノをその子の前で、“めんどくせぇ!”って投げ捨てそうだもん」
真弓の云い方が航そっくりで、実那都は吹きだした。
一方で、真弓の云うとおりだと思う。航もプレゼントを渡す子もそのさきで祐真がポイ捨てするとわかっていても、航は律儀に預かって、少なくともその子の自己満足ともいえる気持ちは報われている。
「やさしいって航に云っても認めないと思うけど、一緒にいるようになって見た目と違うのはわかってきた感じ」
実那都の言葉に真弓はニヤニヤと揶揄した面持ちになる。
「わたしが実那都と仲が良くても、一緒に来ないかって藍岬くんたちが誘ってくれたことないし、それくらいテリトリーがきっちりしてるから邪魔してくる人はいないだろうけど……」
「そこ、どいてくれない?」
真弓が云うさなか、まさに邪魔が入った。
見ると、実那都が座っている席の子――工藤円花が立っていた。
「あ、ごめんね」
実那都が急いで立ちあがり謝っても、なんの反応もなく、円花は机の中から手探りで小さなメモ帳らしきものを取りだすと、つんとした雰囲気で立ち去った。
実那都は真弓と顔を見合わせ、そして真弓が内緒話に誘うように手招きをした。実那都は椅子に座るのはやめて、身をかがめて顔を真弓の顔に近づけた。
「実那都、もしかしたら円花、藍岬くんのこと好きなのかもしれない。実那都たちが付き合ってるってわかってから、それ本当なのってわたし訊かれたんだよね。さっきの続きだけど、実那都をうらやましいって思ってる子はたくさんいるよ。たぶん、藍岬くんだけのことじゃなくて、三人分ね」
その続きを拾えば、“気をつけて”というところだろうか。真弓は『うらやましい』とオブラートにくるんだ云い方をしたけれど、ひょっとしたら妬まれることもあるのかもしれない。
むやみに敵をつくりたくなどない。そう思っているけれど、けっして非と思ってやったことではない非を責められたり、あるいは無視されたり否定されたりすることはある。ましてや身に覚えのないことでそうされたら居場所がない。
実那都はため息をつきながら、かがめていた躰を起こした。
「わかってる。教室にいると、航たちがわたしのとこに来るから敬遠されてる感じするし、だから真弓のところに逃げてきてる」
敬遠されているだけではなくて、野次馬みたいに観察されている。
真弓は、わかると同意するようにうなずいた。
「まあでも、うちら受験生だし、そのうち人のこと気にしてる暇なくなって、気にならなくなるんじゃない?」
「うん。どうしてわたしなのかわからないし、だから、いつまで続くかわからないけど」
実那都がそう云っているうちに、真弓の視線が実那都の上から横に逸れた。直後。
「よお」
と、声がして、真弓が笑顔と一緒に軽く手を上げて応えた。
「実那都、行くぞ」
振り向くまえに航だとわかっていたが、実那都が振り向いたとたん、航は手首をつかんで強引に引っ張っていく。
「っ……待って、ちゃんとついてくから! 真弓、また明日ね」
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