上 下
7 / 47
第2話 ふぃーる

1.

しおりを挟む
 帰りのホームルームが終わってから真弓の教室を覗くと、実那都のクラスより早く終わっていたらしく、席を立った子もいれば座っている子もいて、すでに帰った子もいるのだろう、人数はまばらだ。
 人の視線は浴びるほどでもなく、入りやすい雰囲気にほっとしながら実那都は真弓の席に向かった。
「図書館で勉強していこうって誘われてるけど、実那都はどうする?」
 真弓は、実那都が前の空いた席に座るのを待たずに問いかけた。
「ごめん、今日は一緒に帰れなくなったって、それを云いにきたの」
「藍岬くんと帰る?」
「うん、すぐじゃないけど。あと祐真くんと良哉くんも一緒。期末試験前で今日から部活が休みになったから、音楽室を借りれるんだって。勉強しなくちゃって云ったんだけど、音楽室でやれって命令された」
 いま航と祐真は音楽室の鍵をもらいに職員室に行っている。その帰りに良哉を連れてくると云っていた。
「なんか不思議だよねぇ」
 真弓は言葉どおり不思議そうに首をかしげた。
「なんのこと?」
 と実那都は問い返しながらも、真弓が思っているであろうだいたいのことは見当がついた。
「実那都と藍岬くんのカップリング。あのときはノリみたいな冗談かと思ったけど、ほんとに付き合うんだから」
「本人のわたしが不思議だって思ってる」
 真弓は吹きだすように笑った。
「あの三人て、うちの学校の名物っぽくなってるけど、なんだか性格バラバラじゃない? 藍岬くんはいかにも男子って感じで雑で態度がでかいし、神瀬くんは冷めすぎてて話すとなんだかバカにされてそうな感じするし、日高くんは融通ゆうずうの利かない生真面目委員長タイプでしょ。よく仲良しでいられるなぁって思う」
 真弓の性格分析は端的でマイナス面ばかりだけれど的確だ。
 いい面を見れば、航は物怖じしなくて行動力は抜群、祐真は大人びて発言に容赦ないかわりに嘘やびがなくて信頼がおける。良哉はまとめ役みたいな、ふたりの間でいい緩和剤になっている。
 融通の利かない良哉が航たちと一緒にやっていたことを知れば、真弓はどんな顔をするだろう。実那都は反応を見てみたいという誘惑に駆られる。けれど、「でもね」と続けて話しだした真弓に止められた。
「三人ともモテるんだよね。女子には関心ないって感じだし、仲間うちで楽しんでて邪魔しにくい感じだから、キャアキャア騒ぐってことはないけど、隠れファン多いよ」
「知ってる。祐真くんの誕生日プレゼント渡し、航が間に入ってるって聞いた」
「そこだよ」
「え……何が『そこ』?」
「藍岬くんて、あんなんでもやさしいとこあるよねってこと。見た目どおりだったら、預かったモノをその子の前で、“めんどくせぇ!”って投げ捨てそうだもん」
 真弓の云い方が航そっくりで、実那都は吹きだした。
 一方で、真弓の云うとおりだと思う。航もプレゼントを渡す子もそのさきで祐真がポイ捨てするとわかっていても、航は律儀に預かって、少なくともその子の自己満足ともいえる気持ちは報われている。
「やさしいって航に云っても認めないと思うけど、一緒にいるようになって見た目と違うのはわかってきた感じ」
 実那都の言葉に真弓はニヤニヤと揶揄した面持ちになる。
「わたしが実那都と仲が良くても、一緒に来ないかって藍岬くんたちが誘ってくれたことないし、それくらいテリトリーがきっちりしてるから邪魔してくる人はいないだろうけど……」
「そこ、どいてくれない?」
 真弓が云うさなか、まさに邪魔が入った。
 見ると、実那都が座っている席の子――工藤円花くどうまどかが立っていた。
「あ、ごめんね」
 実那都が急いで立ちあがり謝っても、なんの反応もなく、円花は机の中から手探りで小さなメモ帳らしきものを取りだすと、つんとした雰囲気で立ち去った。
 実那都は真弓と顔を見合わせ、そして真弓が内緒話に誘うように手招きをした。実那都は椅子に座るのはやめて、身をかがめて顔を真弓の顔に近づけた。
「実那都、もしかしたら円花、藍岬くんのこと好きなのかもしれない。実那都たちが付き合ってるってわかってから、それ本当なのってわたし訊かれたんだよね。さっきの続きだけど、実那都をうらやましいって思ってる子はたくさんいるよ。たぶん、藍岬くんだけのことじゃなくて、三人分ね」
 その続きを拾えば、“気をつけて”というところだろうか。真弓は『うらやましい』とオブラートにくるんだ云い方をしたけれど、ひょっとしたら妬まれることもあるのかもしれない。
 むやみに敵をつくりたくなどない。そう思っているけれど、けっして非と思ってやったことではない非を責められたり、あるいは無視されたり否定されたりすることはある。ましてや身に覚えのないことでそうされたら居場所がない。
 実那都はため息をつきながら、かがめていた躰を起こした。
「わかってる。教室にいると、航たちがわたしのとこに来るから敬遠されてる感じするし、だから真弓のところに逃げてきてる」
 敬遠されているだけではなくて、野次馬みたいに観察されている。
 真弓は、わかると同意するようにうなずいた。
「まあでも、うちら受験生だし、そのうち人のこと気にしてる暇なくなって、気にならなくなるんじゃない?」
「うん。どうしてわたしなのかわからないし、だから、いつまで続くかわからないけど」
 実那都がそう云っているうちに、真弓の視線が実那都の上から横に逸れた。直後。
「よお」
 と、声がして、真弓が笑顔と一緒に軽く手を上げて応えた。
「実那都、行くぞ」
 振り向くまえに航だとわかっていたが、実那都が振り向いたとたん、航は手首をつかんで強引に引っ張っていく。
「っ……待って、ちゃんとついてくから! 真弓、また明日ね」
 またね、と真弓の言葉を聞き遂げたか否かのうちに、実那都は廊下に連れだされた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜

和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`) https://twitter.com/tobari_kaoru ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに…… なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。 なぜ、私だけにこんなに執着するのか。 私は間も無く死んでしまう。 どうか、私のことは忘れて……。 だから私は、あえて言うの。 バイバイって。 死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。 <登場人物> 矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望 悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司 山田:清に仕えるスーパー執事

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

嘘だったなんてそんな嘘は信じません

ミカン♬
恋愛
婚約者のキリアン様が大好きなディアナ。ある日偶然キリアン様の本音を聞いてしまう。流れは一気に婚約解消に向かっていくのだけど・・・迷うディアナはどうする? ありふれた婚約解消の数日間を切り取った可愛い恋のお話です。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす

春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。 所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが── ある雨の晩に、それが一変する。 ※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。

彼と婚約破棄しろと言われましても困ります。なぜなら、彼は婚約者ではありませんから

水上
恋愛
「私は彼のことを心から愛しているの! 彼と婚約破棄して!」 「……はい?」 子爵令嬢である私、カトリー・ロンズデールは困惑していた。 だって、私と彼は婚約なんてしていないのだから。 「エリオット様と別れろって言っているの!」  彼女は下品に怒鳴りながら、ポケットから出したものを私に投げてきた。  そのせいで、私は怪我をしてしまった。  いきなり彼と別れろと言われても、それは無理な相談である。  だって、彼は──。  そして勘違いした彼女は、自身を破滅へと導く、とんでもない騒動を起こすのだった……。 ※この作品は、旧作を加筆、修正して再掲載したものです。

処理中です...