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第2章 不可視の類似

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 見送りに外に出ると、六時をすぎた暗がりのなか、いつの間にか雨になっていた。米元とクレバーの車がそれぞれ出ていってしまうと、待っていたように雨がひどくなる。スタジオから出るときは小雨であり、彼らが必要ないといった傘を響生はそれでも手にして出てきたわけだが、役に立った。
 そうして、スタジオ兼住居という建物のなかに入ると、響生はシューズボックスを開いた。そこに環和の靴は見当たらない。
 自分が環和に何を云ったか、響生は思い返してみる。苛立ちに任せて吐いた言葉がすぐに浮上し、響生は舌打ちをした。
 まったく自分らしくない。

 フィーリングが合うというよりは、なんとなくという感覚で女と関係を持ってきたが、互いにドライでいるという条件だけは譲らずにきた。付き合うのも精々三カ月。次が現れるまで、セックスがしたければ七年来の性友セックスフレンドとでもいうべきか、恵がいて不自由はなかった。
 その時々に一緒にいる女が、ちょっと自分から関心を逸らしたからといって、これまで気にしたこともない。逆に、終わりだと云う手間が省けて、ドライな関係から一向に煮えきらない響生に愛想を尽かしてくれればいいと思ってきた。

 それが、今日はなんだ?
 響生は責めるように自分に問う。
 やめておけと云うほど琴吹勇の悪い噂は聞いたことがない。今日、会ったのは二回めで、良い人間か悪い人間かを決めつけるには、仕事上の表面的な付き合いしかしていない以上、資格がない。よって、響生が環和に忠告する筋合いはないのだ。
 それなのに、なぜ干渉した?

 環和は付き纏うようにしょっちゅう現れる。もっとも、響生から呼びつけるのは恵だけで、女のほうから現れなければそれで終わりだ。
 環和は押しかけてくるからといって必要以上に響生の心的テリトリーに侵入しようとはしない。その居心地のよさに甘えすぎていたかもしれない。
 十五も年下の環和に。
 響生は再び舌打ちをして首を横に振る。それで環和の存在が振り払えたかというとそうでもない。

 響生はスタジオ内に戻った。
 派遣のスタッフを帰し、打ち合わせの書類を整理したあと傍に置いたデスクに移った。撮った写真のデータを整理していると、撮影の片づけのあと隣のデスクで響生の作品をもとに写真加工の勉強をしていた友樹が一段落したらしく、ほかにやることありますか、と響生に声をかけた。
「明日の準備は終わってます」
「今日はもういい」
 そう云った響生は、自分の発した言葉が今日二度めになると気づき、自ずと環和のことに思考をせる。

「じゃあ、明日は大学終わったら来ます」
「友樹、環和は帰ったのか」
 結局は訊いてしまい、響生は嘆息しそうになった。
 友樹はすぐには応えず、何やら思案した様子だ。ひょっとして響生の心境が筒抜けなのか、とばかばかしい焦りを感じ始めたとき、友樹はようやく口を開いた。
「買い物してくるって云ってたんですけど遅いですね。そこのスーパーだと思ったんですけど……二階にもいらっしゃいませんか」
 響生にとって穏やかではない返事がきて眉をひそめた。

 環和は訪ねてくると、大抵は仕事中にかまわず響生が視界に入る場所にいて、独りで二階にいることはない。自分が不在の間にプライベートスペースを他人がうろうろするのは嫌いだ。だからこそ、通達するまでもなく環和が侵犯しないことが心地のよい理由の一つでもあったが。それを知っていながら友樹がなぜあえて二階というのか。
「いつ出ていったんだ」
「琴吹さんが帰られてすぐだったから、一時間はたってますね」
 スーパーになんの用があるのか、往復で二十分もかからないはずだ。胸騒ぎがするのは気のせいか。
「わかった。おまえは帰っていい。お疲れさま」
「はい。……お疲れさまです」
 何か云いたそうにも見えたが、友樹は一礼したあと帰っていった。

 響生はエントランスに行き、シューズボックスを再度見て靴がないことを確認しながらも二階にあがってみた。
 リビングはしんとしてだれの気配もない。
「環和」
 愚かしくも、気づけば呼びかけていた。当然ながら応えはない。
「なんなんだ」
 独り言がまさに独り歩きをして空虚さが目立つ。
 窓を見れば、雨がうるさくガラスを打つ。胸騒ぎは雨音のせいだろう。

 響生はスーツパンツのポケットを探ったところで、スマホは下に置いたままだと気づき、リビングを出た。階段をおりかけたところでインターホンが鳴る。応答するにはリビングのほうが近く、戻って無意識にモニターにタッチをしながら画面を見たとたん。
「響生、開けて!」
 泣きそうな声と同時に、響生はいかにもびしょ濡れといった環和の姿を認識した。
「何やってる!?」
 責めた声と裏腹に、門扉を解錠した響生は焦りをしまいきれず、階段を駆けおりた。
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