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第4章 rebel lane~逆走~
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警戒心を解くことになったのか否か、ひとしきり笑ったあと、逃げ道をふさぐようにドアの前にいた春馬は背中を起こした。壁につけたソファのところに行き、どさりと腰をおろして脚を組むと、立ちっぱなしの颯天を見上げた。
「おまえ、どうしたんだ? 五年も離れてフィクサーUへの気持ちは廃ったのか」
「フィクサーUはおれよりも自分を守った。そのうえで五年も離れて持続するほど、おれはバカじゃない。おれはガキだった。けど、五年、何も考えずにすごしてきたわけじゃない」
「Eタンクの連中は上昇志向の強い人間が多いからな、フィクサーUも御多分に洩れなかったってことだ。ひとつアドバイスすれば、颯天、足の引っ張り合いをするよりももっと手っ取り早い、上に行く方法があるんだ」
春馬はしたり顔でにやりとした。
「手っ取り早いってどんな?」
「簡単だ。実力者に取り入る」
春馬の云ったことは単純だが簡単ではない。ただ、確信に満ちた口調に感じた。ひょっとすれば、その確信があってこそ春馬は“裏切者”の行為に及んでいるのかもしれない。
「どうやって? ……っておれが訊いてもしかたないですけど。それが簡単ならだれだって伸しあがれる」
「確かに、取り入るためにどれほどのことができるかってことだな。その点、男娼はいい商売だ。相手を油断させられる。つまり、モノは使い様ってことだ。フィクサーUだってそうだ。実力者……というより有力者に取り入ったからこそいまがある」
「フィクサーU? 有力者ってなんだ?」
ひょっとしなくても、春馬に何かしらの着実な謀があるのは確かなようだ。それは想定内だが、祐仁の名が出てきて颯天は眉をひそめた。
「清道理事長のことは聞いてないのか」
春馬の口から清道の名が出てくるとは思わず、颯天は俄にうろたえた。努めて平然を装ったが、じっと颯天を見上げる春馬をごまかせたかはわからない。
まったく知らないふりをするのは得策ではない。それならどこまで話す? と自分に疑問を投げかけ、思考を巡らせた。
祐仁はブレーンだった頃、清道がEタンクのチェアマンだとは知らなかったと云う。それなら春馬が知るわけがない。その前提で話すのがきっと最善だ。
「フィクサーUがエイドの頃、清道理事長の愛人だったことは聞いてる」
慎重になりながらもそれを見せないよう颯天が何気なく云うと、春馬は素直に受け入れたようでうなずいた。
「エリートタンクは清道生が多い。つまり、清道理事長はEタンクに多大な貢献をしていることになる」
「有力者っていうのは清道理事長で、フィクサーUは清道理事長のおかげでフィクサーまで上り詰めたってことですか」
「それだけじゃない。ヘッドにも、おまえをうまいこと利用して取り入った」
「……どういうことですか」
「ヘッドには天敵がいる。そこにおまえをスパイとして送りこんだってさ。そうするためにおまえを手懐けていただけだって、隠れて愛人にしていた立派な理由ができたわけだ。どこからも漏れるわけにはいかないし、手懐けるまで秘密にしていたという筋は通る。フィクサーUは機転が利くってことだな」
春馬が云ったことはすでに承知していたことだが、颯天ははじめて耳にしたようにわずかに目を開いた。春馬をどこまでこっちの思惑に添わせられるか。すべて颯天にかかっている。
「送りこんだって……その理屈が通ってるなら……ヘッドの天敵って凛堂会ってことになりますよ?」
颯天は思考を巡らせるふりをしながら、いま答えが出たように惚けて云ってみた。
「そうみたいだな」
春馬は自分が話を振ったくせに他人事のようにあしらった。
「おれはEタンクに連れてこられた。けど、スパイなんてしてないし、何も情報は持ってない。フィクサーUはどう云い逃れると思いますか?」
「そこだよ。云い逃れるために、おまえ、今日のオークションに出されたんじゃないのか」
「どういうことです?」
「今日、おまえを落とした客は、関口組の組長だ。知ってるか」
「名前だけですけど。……あー、あと凛堂会にやたらライバル心を持ってることは知ってる」
「なら、わかるだろ?」
颯天は目を逸らし、不自然に見えるくらい沈黙の時間を確保したあと口を開いた。
「関口組と手を組んで……凛堂会を潰す。……またおれは利用されるわけだ」
颯天は半ば呆れ、半ば憤った素振りで薄く笑い、「けど」と春馬に目を戻した。
「“けど”、なんだよ?」
「春馬さん、おれは凛堂会を潰すのに手を貸す。けど、フィクサーUも潰しますよ」
春馬は目を見開いた。驚くよりも、できるのか? といった煽るような気配に感じた。
「本気か?」
「おれは五年も時間を奪われた。凛堂会もフィクサーUも当然の報いだろう」
「ただじゃすまないぞ」
「このまま何もしないでいるのとどう違う?」
春馬は再び笑いだしたが、今度はすぐに可笑しそうな笑みは引っこめた。残ったのは、餌をぶら下げて獲物を待っているかのようで、トイプードルの顔を持ち、ほくそ笑むコヨーテだ。
「おれも関口組の組長に飼われたことのある身だ。よく知ってる。助言がいるなら協力してやるよ」
春馬は恩着せがましく、なお且つ先輩然として云う。
ここまではうまくいった。安堵を隠しながら、颯天は鼻先で笑ってみせる。
「信用する気にはなれませんけど」
春馬は三度め、シャワーを浴びてきます、と室内にあるシャワースペースに颯天が消えても笑っていた。
「おまえ、どうしたんだ? 五年も離れてフィクサーUへの気持ちは廃ったのか」
「フィクサーUはおれよりも自分を守った。そのうえで五年も離れて持続するほど、おれはバカじゃない。おれはガキだった。けど、五年、何も考えずにすごしてきたわけじゃない」
「Eタンクの連中は上昇志向の強い人間が多いからな、フィクサーUも御多分に洩れなかったってことだ。ひとつアドバイスすれば、颯天、足の引っ張り合いをするよりももっと手っ取り早い、上に行く方法があるんだ」
春馬はしたり顔でにやりとした。
「手っ取り早いってどんな?」
「簡単だ。実力者に取り入る」
春馬の云ったことは単純だが簡単ではない。ただ、確信に満ちた口調に感じた。ひょっとすれば、その確信があってこそ春馬は“裏切者”の行為に及んでいるのかもしれない。
「どうやって? ……っておれが訊いてもしかたないですけど。それが簡単ならだれだって伸しあがれる」
「確かに、取り入るためにどれほどのことができるかってことだな。その点、男娼はいい商売だ。相手を油断させられる。つまり、モノは使い様ってことだ。フィクサーUだってそうだ。実力者……というより有力者に取り入ったからこそいまがある」
「フィクサーU? 有力者ってなんだ?」
ひょっとしなくても、春馬に何かしらの着実な謀があるのは確かなようだ。それは想定内だが、祐仁の名が出てきて颯天は眉をひそめた。
「清道理事長のことは聞いてないのか」
春馬の口から清道の名が出てくるとは思わず、颯天は俄にうろたえた。努めて平然を装ったが、じっと颯天を見上げる春馬をごまかせたかはわからない。
まったく知らないふりをするのは得策ではない。それならどこまで話す? と自分に疑問を投げかけ、思考を巡らせた。
祐仁はブレーンだった頃、清道がEタンクのチェアマンだとは知らなかったと云う。それなら春馬が知るわけがない。その前提で話すのがきっと最善だ。
「フィクサーUがエイドの頃、清道理事長の愛人だったことは聞いてる」
慎重になりながらもそれを見せないよう颯天が何気なく云うと、春馬は素直に受け入れたようでうなずいた。
「エリートタンクは清道生が多い。つまり、清道理事長はEタンクに多大な貢献をしていることになる」
「有力者っていうのは清道理事長で、フィクサーUは清道理事長のおかげでフィクサーまで上り詰めたってことですか」
「それだけじゃない。ヘッドにも、おまえをうまいこと利用して取り入った」
「……どういうことですか」
「ヘッドには天敵がいる。そこにおまえをスパイとして送りこんだってさ。そうするためにおまえを手懐けていただけだって、隠れて愛人にしていた立派な理由ができたわけだ。どこからも漏れるわけにはいかないし、手懐けるまで秘密にしていたという筋は通る。フィクサーUは機転が利くってことだな」
春馬が云ったことはすでに承知していたことだが、颯天ははじめて耳にしたようにわずかに目を開いた。春馬をどこまでこっちの思惑に添わせられるか。すべて颯天にかかっている。
「送りこんだって……その理屈が通ってるなら……ヘッドの天敵って凛堂会ってことになりますよ?」
颯天は思考を巡らせるふりをしながら、いま答えが出たように惚けて云ってみた。
「そうみたいだな」
春馬は自分が話を振ったくせに他人事のようにあしらった。
「おれはEタンクに連れてこられた。けど、スパイなんてしてないし、何も情報は持ってない。フィクサーUはどう云い逃れると思いますか?」
「そこだよ。云い逃れるために、おまえ、今日のオークションに出されたんじゃないのか」
「どういうことです?」
「今日、おまえを落とした客は、関口組の組長だ。知ってるか」
「名前だけですけど。……あー、あと凛堂会にやたらライバル心を持ってることは知ってる」
「なら、わかるだろ?」
颯天は目を逸らし、不自然に見えるくらい沈黙の時間を確保したあと口を開いた。
「関口組と手を組んで……凛堂会を潰す。……またおれは利用されるわけだ」
颯天は半ば呆れ、半ば憤った素振りで薄く笑い、「けど」と春馬に目を戻した。
「“けど”、なんだよ?」
「春馬さん、おれは凛堂会を潰すのに手を貸す。けど、フィクサーUも潰しますよ」
春馬は目を見開いた。驚くよりも、できるのか? といった煽るような気配に感じた。
「本気か?」
「おれは五年も時間を奪われた。凛堂会もフィクサーUも当然の報いだろう」
「ただじゃすまないぞ」
「このまま何もしないでいるのとどう違う?」
春馬は再び笑いだしたが、今度はすぐに可笑しそうな笑みは引っこめた。残ったのは、餌をぶら下げて獲物を待っているかのようで、トイプードルの顔を持ち、ほくそ笑むコヨーテだ。
「おれも関口組の組長に飼われたことのある身だ。よく知ってる。助言がいるなら協力してやるよ」
春馬は恩着せがましく、なお且つ先輩然として云う。
ここまではうまくいった。安堵を隠しながら、颯天は鼻先で笑ってみせる。
「信用する気にはなれませんけど」
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