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終章 赤裸の戀
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エムの問いかけにローエンが答えるまで、だれも口を開くことなく、息を潜めて成り行きを見守っているような気配が漂う。二十三番めの呪縛だと答えるのはだれにとっても簡単だろうに、そうしないのは、きっと聞きたいことがそんな答えではないからだ。
それならどんな答えが正しいのだろう。凪乃羽には見当もつかない。
「確かなことは知らぬ」
ローエンの答えは無難だった。タロをはじめとした一定の上人が不服そうにするほど。
ヴァンフリーに特定すれば、不服という言葉には当てはまらない。ローエンの答えを聞いたとたん、吐息を漏らしたが、それはどこか安堵しているようにも見えた。
「不確かなことでもかまいません。お教えいただけますか」
エムは畳みかけるようにローエンを追及する。
「母上、訊くまでもなくわかりきっていることでしょう」
ヴァンフリーは、今度は即座に口を挟んだ。まるで、聞きたくないとさえぎったようにも思える。それは、いくら永遠のもと親子という間柄が曖昧になろうと、やはりローエンがヴァンフリーにとって父親だからだろうか。
なぜ止めるのか問うようにしたエムの視線を受けとめ、ヴァンフリーは「いまはそのことよりも」と云いながらタロを見やった。
「ロード・タロが何を望んで我々がここに立ち会っているのか、それを知るべきではありませんか」
エムに向けつつも、実際はタロへの果たし状を送るようだった。そのヴァンフリーに応じて、タロはわずかに顎をしゃくって口を開く。
「私の望みはわかりきっているだろう。フィリルの安らかな覚醒だ。そのために、可能なかぎり傷が癒えるよう時間を必要とし、フィリルの希望となる支えを育んできた」
「フィリルの希望ですか」
ヴァンフリーは吐息に紛らせるように云い、力なく笑う。
「どうやればフィリルは目覚めるんでしょう?」
エムは、先程までの勢いはどこへやら、途方に暮れてつぶやいた。
「それは、二十三番めの娘が応えてくれるだろう。凪乃羽、フィリルの目覚めを手助けしてくれるな?」
タロは洞窟で訪ねたことをまたあらためて凪乃羽に問う。
自分になんの助けができるのか、凪乃羽にはまったく見当がつかない。フィリルがどういう上人かわからない。わかっているのは、夢の中のフィリルがそのままであれば、あんなふうに非道理な仕打ちを受ける謂れなどない上人であること。
永遠の子供たちもラヴィもフィリルを慕っている。
そしてそれはヴァンフリーもそうだ。
永遠の子供たちから、ヴァンフリーはフィリルを好きだと聞かされた。それは、人柄だけでなく姉だからということもあるに違いなかった。なぜなら、フィリルが自分の娘だというエムの告白に、ヴァンフリーは驚かなかった。とっくに知っていたのだ。
驚かなかったのはヴァンフリーのほかにも、タロは云わずもがなハングもそうだ。
フィリルの覚醒を妨げる理由は、凪乃羽にはない。それを可能なのが凪乃羽だけで、ヴァンフリーが喜ぶのなら、なおさら断れるはずがない。
ヴァンフリーに目を向けると、考えこんだ面持ちで凪乃羽の視線を受けとめた。もしかしたら、凪乃羽の意志が固まるまで待っていたのかもしれない。ヴァンフリーはすぐにタロへと目を転じた。凪乃羽もまた釣られるようにタロへと目を戻す。
「わたしに何ができますか」
「凪乃羽に何をさせるおつもりですか」
凪乃羽の言葉に重ねてヴァンフリーが問い質した。
「定めにゆだねる。それだけでいい」
結局は明確な手段が示されることはなく、手助けをしようにも凪乃羽にはどうしようもない。ゆだねるということは、自分から動く必要はないと解釈しながら、凪乃羽はうなずいた。
ヴァンフリーは変わらず考えこんだ様子で、ともすれば睨めつけるようにタロを視界に捉えて離さない。
それを知ってか知らずか、タロは凪乃羽からおもむろにローエンへと目を転じた。
「自ら愚かさを曝露し、相応の報いにゆだねるか否か。ローエン、どうだ?」
間を置かずして、ふん、とローエンはせせら笑う。
「選んだところで貴方の意向は変わらぬだろう」
「察しのとおりだが、ローエン、やはり潔さもなくしたようだな。おまえの力は、凪乃羽の目覚めとともに消え失せる。ゆえに、凪乃羽を手に入れたものが皇帝となるのは必然だ」
「どうやれば目覚めるというのだ?」
「安易に解けば」
ハングはタロが答えるのを待たずローエンの問いに応じながら、一歩だけ踏みだした。その手をベルトにおさめた剣の柄に充てがい――
「ワールがタロに身をゆだねたように、ローエン、おまえが消え失せることだろうが」
半ば問うように言葉を切ると、ハングは口を歪めて嘲った。言葉にもしぐさにも、あからさまに脅しと挑発が込められている。
ローエンもまた張り合うつもりか嘲笑を浮かべた。
「おまえの云うとおり、安易すぎる。矛盾だ。私を切ろうが死は訪れず、よって私が消え失せることもなければ、娘が目覚めることもない」
「それならば?」
タロが諭すようにゆったりと促した刹那。
「この娘が目覚めるまえに絶つのみ、だ」
ローエンが答えを吐くのと、その腰もとに手をやるのはどちらが早かったのか。
「デヴィン、引けっ」
ローエンの怒鳴る声と――
「愚かな」
タロのつぶやきと、そして――
「凪乃羽!」
と、切羽詰まったヴァンフリーの声はほぼ同時に放たれた。
それならどんな答えが正しいのだろう。凪乃羽には見当もつかない。
「確かなことは知らぬ」
ローエンの答えは無難だった。タロをはじめとした一定の上人が不服そうにするほど。
ヴァンフリーに特定すれば、不服という言葉には当てはまらない。ローエンの答えを聞いたとたん、吐息を漏らしたが、それはどこか安堵しているようにも見えた。
「不確かなことでもかまいません。お教えいただけますか」
エムは畳みかけるようにローエンを追及する。
「母上、訊くまでもなくわかりきっていることでしょう」
ヴァンフリーは、今度は即座に口を挟んだ。まるで、聞きたくないとさえぎったようにも思える。それは、いくら永遠のもと親子という間柄が曖昧になろうと、やはりローエンがヴァンフリーにとって父親だからだろうか。
なぜ止めるのか問うようにしたエムの視線を受けとめ、ヴァンフリーは「いまはそのことよりも」と云いながらタロを見やった。
「ロード・タロが何を望んで我々がここに立ち会っているのか、それを知るべきではありませんか」
エムに向けつつも、実際はタロへの果たし状を送るようだった。そのヴァンフリーに応じて、タロはわずかに顎をしゃくって口を開く。
「私の望みはわかりきっているだろう。フィリルの安らかな覚醒だ。そのために、可能なかぎり傷が癒えるよう時間を必要とし、フィリルの希望となる支えを育んできた」
「フィリルの希望ですか」
ヴァンフリーは吐息に紛らせるように云い、力なく笑う。
「どうやればフィリルは目覚めるんでしょう?」
エムは、先程までの勢いはどこへやら、途方に暮れてつぶやいた。
「それは、二十三番めの娘が応えてくれるだろう。凪乃羽、フィリルの目覚めを手助けしてくれるな?」
タロは洞窟で訪ねたことをまたあらためて凪乃羽に問う。
自分になんの助けができるのか、凪乃羽にはまったく見当がつかない。フィリルがどういう上人かわからない。わかっているのは、夢の中のフィリルがそのままであれば、あんなふうに非道理な仕打ちを受ける謂れなどない上人であること。
永遠の子供たちもラヴィもフィリルを慕っている。
そしてそれはヴァンフリーもそうだ。
永遠の子供たちから、ヴァンフリーはフィリルを好きだと聞かされた。それは、人柄だけでなく姉だからということもあるに違いなかった。なぜなら、フィリルが自分の娘だというエムの告白に、ヴァンフリーは驚かなかった。とっくに知っていたのだ。
驚かなかったのはヴァンフリーのほかにも、タロは云わずもがなハングもそうだ。
フィリルの覚醒を妨げる理由は、凪乃羽にはない。それを可能なのが凪乃羽だけで、ヴァンフリーが喜ぶのなら、なおさら断れるはずがない。
ヴァンフリーに目を向けると、考えこんだ面持ちで凪乃羽の視線を受けとめた。もしかしたら、凪乃羽の意志が固まるまで待っていたのかもしれない。ヴァンフリーはすぐにタロへと目を転じた。凪乃羽もまた釣られるようにタロへと目を戻す。
「わたしに何ができますか」
「凪乃羽に何をさせるおつもりですか」
凪乃羽の言葉に重ねてヴァンフリーが問い質した。
「定めにゆだねる。それだけでいい」
結局は明確な手段が示されることはなく、手助けをしようにも凪乃羽にはどうしようもない。ゆだねるということは、自分から動く必要はないと解釈しながら、凪乃羽はうなずいた。
ヴァンフリーは変わらず考えこんだ様子で、ともすれば睨めつけるようにタロを視界に捉えて離さない。
それを知ってか知らずか、タロは凪乃羽からおもむろにローエンへと目を転じた。
「自ら愚かさを曝露し、相応の報いにゆだねるか否か。ローエン、どうだ?」
間を置かずして、ふん、とローエンはせせら笑う。
「選んだところで貴方の意向は変わらぬだろう」
「察しのとおりだが、ローエン、やはり潔さもなくしたようだな。おまえの力は、凪乃羽の目覚めとともに消え失せる。ゆえに、凪乃羽を手に入れたものが皇帝となるのは必然だ」
「どうやれば目覚めるというのだ?」
「安易に解けば」
ハングはタロが答えるのを待たずローエンの問いに応じながら、一歩だけ踏みだした。その手をベルトにおさめた剣の柄に充てがい――
「ワールがタロに身をゆだねたように、ローエン、おまえが消え失せることだろうが」
半ば問うように言葉を切ると、ハングは口を歪めて嘲った。言葉にもしぐさにも、あからさまに脅しと挑発が込められている。
ローエンもまた張り合うつもりか嘲笑を浮かべた。
「おまえの云うとおり、安易すぎる。矛盾だ。私を切ろうが死は訪れず、よって私が消え失せることもなければ、娘が目覚めることもない」
「それならば?」
タロが諭すようにゆったりと促した刹那。
「この娘が目覚めるまえに絶つのみ、だ」
ローエンが答えを吐くのと、その腰もとに手をやるのはどちらが早かったのか。
「デヴィン、引けっ」
ローエンの怒鳴る声と――
「愚かな」
タロのつぶやきと、そして――
「凪乃羽!」
と、切羽詰まったヴァンフリーの声はほぼ同時に放たれた。
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