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終章 赤裸の戀

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 そうすれば答えを見いだせるとでも思っているのか、ヴァンフリーは喰い入るように凪乃羽を見つめている。思考を、あるいは気持ちを切り替えるためか、まもなく首をひねり、それからきっとしてタロを見やった。
「どういうことです?」
「権力を持つ資格に満たない者は、身の丈を超えた権力を持ったばかりに身をとす。私にはもうワールの力しかない。上人の秩序を保つために最善を尽くした」
「最善だと?」
 タロの言葉は侮辱にほかならず、逆鱗に触れたのだろう、ローエンの声は地が震うほど低く轟いた。皇帝にふさわしくないとローエンはロード・タロから面と向かって突きつけた。屈辱以外の何ものでもない。
「最善とは違う」
 ローエンの怒気に同調したように反論したのはヴァンフリーだった。けれど、けっして同調ではない。
 タロは耳を貸そうといった様でヴァンフリーに首をかしげてみせ、さきを促した。
「ロード・タロ、あなたがワールに成り代わった訳はなんです?」
「その様子を見るかぎり、おまえはわかっていると見受けたが?」
「ならば、いくらロードの意向であろうと、私は到底、賛同はできかねます」
 ヴァンフリーはぴしゃりと放った。
 凪乃羽にはさっぱり理解できない会話も、ヴァンフリーとタロの間では成り立っている。ヴァンフリーは、ローエンの側もタロの側もその意図を知り、なお且つどちらにも賛同していることはなく、加担もしていない。そのことだけはわかった。
「ヴァンフリー、おまえはフィリルを慕っていたと思っていた。フィリルの傷を癒やすためにやったことだ。ようやくここまでたどり着いた」
「もちろん慕っています。少なくとも三つの指に入るくらいは」
「三つの指、とは?」
「一つは云うまでもなくロード・タロ、あなたです。もう一つは――」
「わたくしです」
 ヴァンフリーをさえぎり、もしくは引き継いで名乗り出たのは、背をすっと伸ばして立ち姿の美しい女性だった。
 いや、美しいのは立ち姿だけではなくその容姿もそうだ。頭を飾るティアラには城と同じように水晶が装飾されているのか、外の光を受けてきらきらと反射している。その輝きと同様、女性を一見したとき人に与える印象は冷たいが、それほどの美貌を備えているということだ。それはヴァンフリーに似ていた。それなら、女性はヴァンフリーの母でありローエンの妻であるエムに違いない。
 凪乃羽の視線に導かれるようにエムの目が転じられた。頤をわずかに上向け、つんとした気配は、凪乃羽を射止めたとたんに消えた。かわりに表れたのは驚きだろうか。それもつかの間で、エムは何かを悟り、次にその顔に浮かんだのは不快感か、あるいは嘆きか、眉根を寄せて美しい顔をいびつにした。
 エムはいつからこの場に立ち会っていたのか、歪んだ面持ちのままロード・タロに目を留めてまもなく、ハングに目を向けた。
 ハングもまた目が合うまえからエムを注視していた。
 凪乃羽は決闘の話を思いだした。ローエンとハングはエムを奪い合った。正確には、ローエンがハングから奪ったのか。捕虜だったエムがハングをどう思っていたのか。ふたりの間に、切るに切れない何かがあるのは凪乃羽からも察せられた。
 それをローエンが見逃すはずはなく。
「エム、おまえは下がっておれ」
 叱責するようにローエンは放った。
 けれど、その凛とした佇まいは変わらず、エムはまっすぐにローエンへと目を向けた。
「わたくしに関係のないことならそうします。でも、そうではありませんよね?」
「関係などない」
「いいえ!」
 うそぶいたローエンの否定に重ねるようにエムは強く反した。
 ローエンはかすかに躰を揺らす。おののいたようなしぐさにも見えるが、そうではなく、身構えたのかもしれない。
 先刻、ヴァンフリーがタロに対してそうしたように、エムがきっとしてローエンを見据える。
「関係ないと、わたくしと貴方の間では通じない言葉を、造作もなく口にするほど貴方は下卑てしまった。いつから? 上人となった最初からだわ」
 エムは投げかけた問いに自分で答えた。
 ローエンは頬を引きつらせ、口もとを歪めた。
「いくらおまえでも、すぎれば容赦しない」
「かまいません。フィリルが受けた仕打ちを、まさかわたくしが許すなどとお考えではありませんよね?」
「なんのことだ」
「惚けるなんて、ご自分のなさったことに責任を負うこともなく逃げ惑っていらっしゃるのかしら? 上人である以上に皇帝ともあろう御方が、地に堕ちたこと。フィリルはわたくしの娘よ。わたくしの意志はどの方にもそれで充分に伝わるでしょう」
 フィリルがエムの娘?
 凪乃羽ははじめてそれを知り、そうであっても少しもおかしくはないが、ここに立ち会う半数の上人たちまでもが驚きをあらわにした。
 エムの双眸には静かな怒りと闘志が宿っている。その眼差しがそのまま凪乃羽へと向けられる。たじろいだ刹那。
「その娘は何者かしら」
 と、エムはすっとローエンに目を転じた。
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