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第4章 二十三番めの呪縛
25.
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泉は青く光りを放ちながら驚くほど澄んでいる。ゆえに、その深さは計り知れない。手を伸ばせばすぐ届きそうに、フィリルの姿は間違いなく間近にあった。
「知っているな」
質問ではなく、知っていて当然だとばかりにタロが話しかける。
「はい……アルカナ・フィリルです。あの……わたしが見た……見ていた夢は本当にあったことですか」
あの夢はひょっとしたらタロが見せていたのだと、凪乃羽はいま思い立った。
「無惨だろう」
タロが明確に答えることはなく、淡々とした声音は心情を覆い隠すためだろう。水の底に双眸を注ぐその姿は、魂をもぎ取られたかのように立ち尽くして見える。凪乃羽が夢の中に見た、驚怖とその直後の怒りと、『フィリル』と名を呼ぶだけの言葉に込められていたのは、神らしからぬ慟哭でもあった。
「アルカナ・フィリルは亡くなっているわけではないんですよね?」
「眠っている。……いや、私が眠らせた。そうしなければ、フィリルは耐えられなかった」
「いつまでこのまま……?」
ためらいがちに訊ねると、タロは伏せていた瞼を上げ、おもむろに凪乃羽へと目を転じた。
「凪乃羽、おまえ次第でフィリルは目覚める」
「わたし、ですか……?」
はっきりは云わずとも、詳しく知りたがっていることは伝わっているはずなのに、タロには教える気がない。少なくともいまは、無言を通すことで凪乃羽にそう知らしめている。
「タロ様、どうして、わたしが二十三番めなんですか?」
「おまえが生まれてきたからだ」
どういう意味だろう。喰いさがった問いに返ってきた答えは答えになっていない。重ねて――
「運命の輪は廻る時に差しかかっている。私が指し示すことではない。それが秩序というものだ」
と、タロは凪乃羽の更なる問いかけを察して機先を制した。
そうして、永遠の子供たちの声が洞窟をにぎやかにすると、タロは吐息を漏らし、さて、と、ハングとデスティ見やる。彼らは頭を垂れて従順の意を示した。
「タロ様、戻ったよ!」
「おかえり。永遠の子供たちよ、我々をアルカヌム城に案内してほしい」
タロの言葉に目を丸くしたのは凪乃羽だけではなく子供たちもそうだった。
「アルカヌム城に?」
「もう充分だ。皇帝も逃げ惑うよりは決着を――我々にとっての裁きを待っている」
「タロ様」
サンとスターがうなずく傍らでムーンが訴えるようにタロを見上げている。
「どうした」
「凪乃羽に無理をさせないで」
「無理ではない。フィリルに起きたことの報いという必然のもとに定めは運ばれている」
凪乃羽、とタロは袖の中に潜めていた手をほどき、すっと凪乃羽の前で手を広げるようなしぐさをした。手と手の間にカードが並ぶ。カードには、大きく真っ青な星とそれを縁取る光、さらに周りを光か星かが取り巻いた模様が描かれていた。夢の中でフィリルが持っていたカードと同じだ。
「どれを選ぶ?」
タロは凪乃羽に選択を迫った。
その結果をタロはわかりきって問うている。そんな気がしながら、凪乃羽はカードを見つめた。そうしたからといってカードの裏側が見通せるわけもない。迷いつつも、とにかく選ぶしかなかった。
おずおずと手を上げて人差し指でカードを指した。とたん、カードはひとりでに浮きあがった。それをタロが手に取って、くるりとカードをひるがえす。
「運命の輪だ。正位置を示す。それがどういうことかわかるだろう、ムーン?」
凪乃羽に向けたカードをムーンに転じた。しばらくじっとカードを見つめ、納得したのか、ムーンはうなずいた。
「いよいよ皇帝を懲らしめるのね!」
「スター、わくわくすることじゃないだろう」
「でも、怖い顔の皇帝はうんざりだもの!」
サンはスターをかまっても埒が明かないと見切りをつけて、タロを見上げた。
「皇子が凪乃羽を探してたよ。一緒に行かなくていいの?」
「ヴァンフリーには我々を案内したあとに伝言を頼む。アルカヌム城で会おう、と」
この時、『あとに』というタロの言葉が意味を持つとは思いもしなかった。
一度だけ遠くから眺めたアルカヌム城は近くにすると、よけいに目映い光を放っていた。ひざまずく騎士たちの前を通り抜け、巨大な門扉の前に立ち――
「ローエン、開けよ」
タロの――ローエンにはワールと映っただろうか――命に一拍の間を置いて――それは躊躇のようにも感じられ――扉は開かれた。
案内役を担う男が現れ、昇降台に乗って上に移動し、そこに待機していた男が導いた場所は、いかにも宮殿といった様で、太い柱と朱色の絨毯、それを椅子が囲み、そうして奥には玉座の間が見えた。
玉座の主はローエンに違いなく、訪問者たちの顔ぶれを見ても驚くことなく鷹揚に首をひねった。
「どれもこれも久しい訪問だが、ワール、生きていたとはすっかり騙されていた。その紛れこんだ小娘は何者だ?」
「皇帝陛下、それは皇子がご執心の下界の女です!」
椅子の一つに座っていたデヴィンが立ちあがり、ヴァンフリーが隠ぺいしたことを呆気なく晒した。
「なんだと? どういうことだ?」
ローエンは訊ねながら、自らで答えを見いだそうとしているように眉間にしわを寄せる。
「言わずもがな、ローエン、おまえが探していた“娘”だ」
タロは云い放った刹那、隣にいた凪乃羽の背中に手を当てて押した。行くがよい、と促した声は、凪乃羽にとって非情なものにしか聞こえなかった。
「知っているな」
質問ではなく、知っていて当然だとばかりにタロが話しかける。
「はい……アルカナ・フィリルです。あの……わたしが見た……見ていた夢は本当にあったことですか」
あの夢はひょっとしたらタロが見せていたのだと、凪乃羽はいま思い立った。
「無惨だろう」
タロが明確に答えることはなく、淡々とした声音は心情を覆い隠すためだろう。水の底に双眸を注ぐその姿は、魂をもぎ取られたかのように立ち尽くして見える。凪乃羽が夢の中に見た、驚怖とその直後の怒りと、『フィリル』と名を呼ぶだけの言葉に込められていたのは、神らしからぬ慟哭でもあった。
「アルカナ・フィリルは亡くなっているわけではないんですよね?」
「眠っている。……いや、私が眠らせた。そうしなければ、フィリルは耐えられなかった」
「いつまでこのまま……?」
ためらいがちに訊ねると、タロは伏せていた瞼を上げ、おもむろに凪乃羽へと目を転じた。
「凪乃羽、おまえ次第でフィリルは目覚める」
「わたし、ですか……?」
はっきりは云わずとも、詳しく知りたがっていることは伝わっているはずなのに、タロには教える気がない。少なくともいまは、無言を通すことで凪乃羽にそう知らしめている。
「タロ様、どうして、わたしが二十三番めなんですか?」
「おまえが生まれてきたからだ」
どういう意味だろう。喰いさがった問いに返ってきた答えは答えになっていない。重ねて――
「運命の輪は廻る時に差しかかっている。私が指し示すことではない。それが秩序というものだ」
と、タロは凪乃羽の更なる問いかけを察して機先を制した。
そうして、永遠の子供たちの声が洞窟をにぎやかにすると、タロは吐息を漏らし、さて、と、ハングとデスティ見やる。彼らは頭を垂れて従順の意を示した。
「タロ様、戻ったよ!」
「おかえり。永遠の子供たちよ、我々をアルカヌム城に案内してほしい」
タロの言葉に目を丸くしたのは凪乃羽だけではなく子供たちもそうだった。
「アルカヌム城に?」
「もう充分だ。皇帝も逃げ惑うよりは決着を――我々にとっての裁きを待っている」
「タロ様」
サンとスターがうなずく傍らでムーンが訴えるようにタロを見上げている。
「どうした」
「凪乃羽に無理をさせないで」
「無理ではない。フィリルに起きたことの報いという必然のもとに定めは運ばれている」
凪乃羽、とタロは袖の中に潜めていた手をほどき、すっと凪乃羽の前で手を広げるようなしぐさをした。手と手の間にカードが並ぶ。カードには、大きく真っ青な星とそれを縁取る光、さらに周りを光か星かが取り巻いた模様が描かれていた。夢の中でフィリルが持っていたカードと同じだ。
「どれを選ぶ?」
タロは凪乃羽に選択を迫った。
その結果をタロはわかりきって問うている。そんな気がしながら、凪乃羽はカードを見つめた。そうしたからといってカードの裏側が見通せるわけもない。迷いつつも、とにかく選ぶしかなかった。
おずおずと手を上げて人差し指でカードを指した。とたん、カードはひとりでに浮きあがった。それをタロが手に取って、くるりとカードをひるがえす。
「運命の輪だ。正位置を示す。それがどういうことかわかるだろう、ムーン?」
凪乃羽に向けたカードをムーンに転じた。しばらくじっとカードを見つめ、納得したのか、ムーンはうなずいた。
「いよいよ皇帝を懲らしめるのね!」
「スター、わくわくすることじゃないだろう」
「でも、怖い顔の皇帝はうんざりだもの!」
サンはスターをかまっても埒が明かないと見切りをつけて、タロを見上げた。
「皇子が凪乃羽を探してたよ。一緒に行かなくていいの?」
「ヴァンフリーには我々を案内したあとに伝言を頼む。アルカヌム城で会おう、と」
この時、『あとに』というタロの言葉が意味を持つとは思いもしなかった。
一度だけ遠くから眺めたアルカヌム城は近くにすると、よけいに目映い光を放っていた。ひざまずく騎士たちの前を通り抜け、巨大な門扉の前に立ち――
「ローエン、開けよ」
タロの――ローエンにはワールと映っただろうか――命に一拍の間を置いて――それは躊躇のようにも感じられ――扉は開かれた。
案内役を担う男が現れ、昇降台に乗って上に移動し、そこに待機していた男が導いた場所は、いかにも宮殿といった様で、太い柱と朱色の絨毯、それを椅子が囲み、そうして奥には玉座の間が見えた。
玉座の主はローエンに違いなく、訪問者たちの顔ぶれを見ても驚くことなく鷹揚に首をひねった。
「どれもこれも久しい訪問だが、ワール、生きていたとはすっかり騙されていた。その紛れこんだ小娘は何者だ?」
「皇帝陛下、それは皇子がご執心の下界の女です!」
椅子の一つに座っていたデヴィンが立ちあがり、ヴァンフリーが隠ぺいしたことを呆気なく晒した。
「なんだと? どういうことだ?」
ローエンは訊ねながら、自らで答えを見いだそうとしているように眉間にしわを寄せる。
「言わずもがな、ローエン、おまえが探していた“娘”だ」
タロは云い放った刹那、隣にいた凪乃羽の背中に手を当てて押した。行くがよい、と促した声は、凪乃羽にとって非情なものにしか聞こえなかった。
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