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第4章 二十三番めの呪縛
18.
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エロファンは自分が急用だといって訪ねてきたにもかかわらず、せっかちだな、と最初にかけたヴァンフリーの言葉をそっくりそのまま返して肩をすくめた。
「彼らが皇帝に不満を持っているのは知っているな。ジャッジは、ロード・タロが創りあげたもう一つの世界を壊す破目になった。マジェスは皇帝とプリエスとの間で板挟みだ。気持ちは皇帝に不満を持つ妻と同じでも、皇帝に逆らうわけにはいかない。その二人が寄れば自ずと本音が漏れだす。ヴァンフリー、皇帝はおまえがハングを解放したと考えている。つまり、反逆者と見なされたわけだ」
「それで、凪乃羽はどう係わる?」
意外にもエロファンは凪乃羽ではなくヴァンフリーのことを主だったこととして話し、その真髄を確かめるべくヴァンフリーは自分のことを差し置いて問うた。
「人質だろう? おまえを拘束することはできないからな、皇帝といえども。凪乃羽を捕らえておまえを意のままに動かす気だ」
「おれにとって凪乃羽がそれだけ価値のある存在だと認識されている、ということか」
凪乃羽が二十三番めであることまでは露見していないのか。ヴァンフリーは慎重に訊ねている。
ラヴィはその凪乃羽の役目を知っていたけれど、エロファンは知らないのだろうか、怪訝そうに凪乃羽を一瞥してから首をかしげた。
「そのとおりだろう。いままで、おまえが云うこの“砦”に女を住まわせたことがあるか? 凪乃羽は異例だ」
つまり、凪乃羽を的にする理由は二十三番めではないのだ。エロファンの言葉を聞いたヴァンフリーは、堰が切れたように深く息をこぼした。それから凪乃羽に目を向けると、焦点を当てたまま黙して考えこむ。そうしたのも長くは続かず、つと凪乃羽からエロファンへと目を転じた。
「まさか自力でここを訪ねてくるわけはないな?」
「無論だ。先回りをして、永遠の子供たちには道案内の時間稼ぎをするよう云ってある」
「急ぐべきだな」
独り言のようにヴァンフリーは云い、ああ、というエロファンの相づちが発せられたか否かのうちにヴァンフリーは再び凪乃羽を視界に捕らえた。
「早めの“ピクニック”だ」
ヴァンフリーは身をかがめてさっと凪乃羽を抱きあげる。なんの構えもしていなかった凪乃羽は落ちそうな気がして、慌ててヴァンフリーの首に手をまわしてしがみついた。そうして落ち着くのも待たずに、ヴァンフリーは歩きだす。
「セギー、皇帝のお出ましだ」
廊下に出たとたんの言葉を受け、セギーが足音を立ててどこからか現れる。
「どのように」
「邸内は封鎖だ。追い返すか、あるいはおれが同行して出ていくまで、おまえたちは封鎖内から一歩も出るな」
「承知しました」
頭を垂れているセギーの横を通りすぎると、続いてエロファンがついてくる。ヴァンフリーの肩越しに凪乃羽と目が合うとその首がかしいだ。
「凪乃羽、きみは何者だ?」
「あ……」
「その話は後回しだ」
何者だ、とエロファンが訊ねたのは即ち、何かを察しているからだろう。どう答えるべきか、答えが出ないまま凪乃羽が口を開きかけたとき、ヴァンフリーは振り向きもせずエロファンの追求をさえぎった。
エロファンは叱られた子供のような様で身をすくめて見せる。ここに来たときの深刻さはどこへやら、けれど、その楽観ぶりは凪乃羽の気もらくにさせる。凪乃羽がくすっと笑うと、エロファンは聖職者よろしく安心させるようにゆったりとうなずいた。
「ヴァン、歩けるから……」
「戯れ言に付き合う間はない。おまえが自力で歩くより、こうやって運んだほうが確実に早い」
ヴァンフリーはまるで頼りない幼子扱いで、さえぎったうえに一蹴する。
「ひどくないですか」
「おれに追いつけるっていうんならおろしてやるが」
一瞬で所構わず移動できるヴァンフリーは、明らかにそのことをほのめかしている。絶対に不可能なことを凪乃羽に云い渡した。
「どこに行くの? セギーには封鎖しろって、わたしもなかにいて出てこなければ……」
「確実に逃す。それだけだ。邸内は上人の目をごまかすためにからくり仕掛けになっている。ちょっと動かせば広間の向こうには行けないよう封鎖されるが、見破られることもある。あくまで時間稼ぎにすぎない」
「どうやったら確実に逃げられるの?」
「永遠の子供たちがいれば、凪乃羽にたどり着くことはない」
風を切るように、というよりは、ヴァンフリーが本気で歩くと一歩でどれくらい進むのか、呆れるくらいにウラヌス邸がずんずんと遠ざかっている。広い庭を突っ切って森の入り口ももうすぐだ。
「わたしはそれでいいとしても、ヴァンは大丈夫なの? 反逆者って思われてるなら……」
「おれはそう思わせるほど頼りないか。心外だ」
「それは関係なくて、ただ心配なだけ。確実に逃れられるってわかってても、ヴァンはわたしのこと心配してる。それと同じ」
まもなくヴァンフリーは立ち止まり、凪乃羽をあの大きな木の下におろした。
「小賢しいことを云う」
「違うの?」
「違わない」
ヴァンフリーはため息混じりで笑みを漏らした。かすかにうなずくようなしぐさをすると、次にはエロファンを見やった。
「エロファン、凪乃羽をレーツェルの泉に案内するよう、子供たちに云ってくれ」
「了解した」
エロファンの返事を聞いてヴァンフリーは凪乃羽に目を戻す。
「凪乃羽、子供たちの案内はここが最終地点だ。皇帝が現れる。静かにここに隠れていろ。できるか?」
凪乃羽はこっくりとうなずいた。
「レーツェルの泉で待ってろ。あとで行く。ピクニックはそれからだ」
わかるな、という暗黙の質問がなされ、凪乃羽は再びこっくりとうなずいた。
「はい」
「彼らが皇帝に不満を持っているのは知っているな。ジャッジは、ロード・タロが創りあげたもう一つの世界を壊す破目になった。マジェスは皇帝とプリエスとの間で板挟みだ。気持ちは皇帝に不満を持つ妻と同じでも、皇帝に逆らうわけにはいかない。その二人が寄れば自ずと本音が漏れだす。ヴァンフリー、皇帝はおまえがハングを解放したと考えている。つまり、反逆者と見なされたわけだ」
「それで、凪乃羽はどう係わる?」
意外にもエロファンは凪乃羽ではなくヴァンフリーのことを主だったこととして話し、その真髄を確かめるべくヴァンフリーは自分のことを差し置いて問うた。
「人質だろう? おまえを拘束することはできないからな、皇帝といえども。凪乃羽を捕らえておまえを意のままに動かす気だ」
「おれにとって凪乃羽がそれだけ価値のある存在だと認識されている、ということか」
凪乃羽が二十三番めであることまでは露見していないのか。ヴァンフリーは慎重に訊ねている。
ラヴィはその凪乃羽の役目を知っていたけれど、エロファンは知らないのだろうか、怪訝そうに凪乃羽を一瞥してから首をかしげた。
「そのとおりだろう。いままで、おまえが云うこの“砦”に女を住まわせたことがあるか? 凪乃羽は異例だ」
つまり、凪乃羽を的にする理由は二十三番めではないのだ。エロファンの言葉を聞いたヴァンフリーは、堰が切れたように深く息をこぼした。それから凪乃羽に目を向けると、焦点を当てたまま黙して考えこむ。そうしたのも長くは続かず、つと凪乃羽からエロファンへと目を転じた。
「まさか自力でここを訪ねてくるわけはないな?」
「無論だ。先回りをして、永遠の子供たちには道案内の時間稼ぎをするよう云ってある」
「急ぐべきだな」
独り言のようにヴァンフリーは云い、ああ、というエロファンの相づちが発せられたか否かのうちにヴァンフリーは再び凪乃羽を視界に捕らえた。
「早めの“ピクニック”だ」
ヴァンフリーは身をかがめてさっと凪乃羽を抱きあげる。なんの構えもしていなかった凪乃羽は落ちそうな気がして、慌ててヴァンフリーの首に手をまわしてしがみついた。そうして落ち着くのも待たずに、ヴァンフリーは歩きだす。
「セギー、皇帝のお出ましだ」
廊下に出たとたんの言葉を受け、セギーが足音を立ててどこからか現れる。
「どのように」
「邸内は封鎖だ。追い返すか、あるいはおれが同行して出ていくまで、おまえたちは封鎖内から一歩も出るな」
「承知しました」
頭を垂れているセギーの横を通りすぎると、続いてエロファンがついてくる。ヴァンフリーの肩越しに凪乃羽と目が合うとその首がかしいだ。
「凪乃羽、きみは何者だ?」
「あ……」
「その話は後回しだ」
何者だ、とエロファンが訊ねたのは即ち、何かを察しているからだろう。どう答えるべきか、答えが出ないまま凪乃羽が口を開きかけたとき、ヴァンフリーは振り向きもせずエロファンの追求をさえぎった。
エロファンは叱られた子供のような様で身をすくめて見せる。ここに来たときの深刻さはどこへやら、けれど、その楽観ぶりは凪乃羽の気もらくにさせる。凪乃羽がくすっと笑うと、エロファンは聖職者よろしく安心させるようにゆったりとうなずいた。
「ヴァン、歩けるから……」
「戯れ言に付き合う間はない。おまえが自力で歩くより、こうやって運んだほうが確実に早い」
ヴァンフリーはまるで頼りない幼子扱いで、さえぎったうえに一蹴する。
「ひどくないですか」
「おれに追いつけるっていうんならおろしてやるが」
一瞬で所構わず移動できるヴァンフリーは、明らかにそのことをほのめかしている。絶対に不可能なことを凪乃羽に云い渡した。
「どこに行くの? セギーには封鎖しろって、わたしもなかにいて出てこなければ……」
「確実に逃す。それだけだ。邸内は上人の目をごまかすためにからくり仕掛けになっている。ちょっと動かせば広間の向こうには行けないよう封鎖されるが、見破られることもある。あくまで時間稼ぎにすぎない」
「どうやったら確実に逃げられるの?」
「永遠の子供たちがいれば、凪乃羽にたどり着くことはない」
風を切るように、というよりは、ヴァンフリーが本気で歩くと一歩でどれくらい進むのか、呆れるくらいにウラヌス邸がずんずんと遠ざかっている。広い庭を突っ切って森の入り口ももうすぐだ。
「わたしはそれでいいとしても、ヴァンは大丈夫なの? 反逆者って思われてるなら……」
「おれはそう思わせるほど頼りないか。心外だ」
「それは関係なくて、ただ心配なだけ。確実に逃れられるってわかってても、ヴァンはわたしのこと心配してる。それと同じ」
まもなくヴァンフリーは立ち止まり、凪乃羽をあの大きな木の下におろした。
「小賢しいことを云う」
「違うの?」
「違わない」
ヴァンフリーはため息混じりで笑みを漏らした。かすかにうなずくようなしぐさをすると、次にはエロファンを見やった。
「エロファン、凪乃羽をレーツェルの泉に案内するよう、子供たちに云ってくれ」
「了解した」
エロファンの返事を聞いてヴァンフリーは凪乃羽に目を戻す。
「凪乃羽、子供たちの案内はここが最終地点だ。皇帝が現れる。静かにここに隠れていろ。できるか?」
凪乃羽はこっくりとうなずいた。
「レーツェルの泉で待ってろ。あとで行く。ピクニックはそれからだ」
わかるな、という暗黙の質問がなされ、凪乃羽は再びこっくりとうなずいた。
「はい」
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