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第4章 二十三番めの呪縛
16.
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明確になったのは、凪乃羽が二十三番めという立場であること、それだけだ。不確かだとの理由から、やはりヴァンフリーはそれ以上のことを教えない気らしく、あれきり話が途切れたままになっている。
厳密に云えば、ヴァンフリーとて『直感』で凪乃羽を探し当てたというから、それすらも確実性には欠ける。ヴァンフリーに――古尾万生に会ってから凪乃羽が見始めた夢は、ヴァンフリーの直感を利用しただれかの仕業かもしれない。
そもそも、だれが凪乃羽にあの夢を見せたのだろう。なんのために?
そんな疑問が浮かぶと、ヴァンフリーが確信したように、二十三番めが凪乃羽に割り当てられたと断定するのも易い。
だれによって?
ロード・タロによって。抹殺するために。
ヴァンフリーとラヴィの会話のなか、“目覚める”という言葉に、凪乃羽もまた上人なのかもしれないと見当はつく。ただし、呪縛という役目の割り当てはともかく、なぜヴァンフリーは凪乃羽が目覚めると思ったのだろう。単に、“二十三番め”とロード・タロが残した呪いに因るのか。
「凪乃羽、そのしかめっ面はなんだ?」
ふいに声が耳に届いて、凪乃羽はハッとして伏せていた瞼を上げた。
テーブルを挟み、果実酒の入った銀杯を手に持ってヴァンフリーもまた顔をしかめている。そして――
「加えて、あまり食べない。昨日もそうだったが、具合が悪いんじゃないだろうな」
と、凪乃羽の前に据えられた料理をひととおり見やった。
凪乃羽も釣られて手もとに目を落とした。料理はあちこちつついたまま、ほとんど手つかずで冷めつつあった。
「おとといの夜、食べないまま朝まで眠ってたから、それで胃の調子が悪いの。今日も寝坊して、もうすぐお昼っていう時間に朝食とってるし」
「おれのせいだということか?」
ヴァンフリーは惚けたしぐさで眉を上げた。
つい一昨日、そして昨日、気絶するまで凪乃羽を快楽漬けにしたことを忘れるはずがなく、けれどそこを指摘すれば、今日も、となりかねない。
「食事をしない上人にはたぶんわからないんです」
凪乃羽は無難に答えておいた。
大学生になってから、不規則な食事のせいで胃の不調を覚えたことは何度か経験がある。いまは痞えたような、ともすれば薄らとした吐き気も感じている。
“目覚め”たら凪乃羽も食欲がなくなるのだろうか、とそんなことを考えた。もしかしたら、これも目覚めの兆候かもしれない。
「散歩でもすれば腹も空くだろう」
ヴァンフリーは何気なく誘っているが、その実、じっと凪乃羽を窺っているようにも見える。
察しのいいヴァンフリーのことだ、おそらく、昨日、同じように誘ってくれたとき凪乃羽が外に出ようとしなかったから不審がっている。二日前まで何かと出かけたがっていたのに、気分じゃないという理由にもならないような理由で、庭に出ることもなく邸宅内に籠もっている。
凪乃羽の中に限って、理由ははっきりしている。ハーミットの預言のせいだ。『三晩を経て』と告げられた三晩は過ぎた。つまり、今日が預言の日だ。しかも陽が天頂に来る時刻が迫っている。
ヴァンフリーと一緒にいれば、なんの問題もないはず。むしろ、さっきは無難に答えるより、ヴァンフリーからいますぐ気絶するほど襲われたほうがよかったのかもしれないとも思う。
「おなかがすく、すかないは別。おなかはちゃんとすくけど食欲がないだけ。胃の調子が戻ったら散歩したい」
「宝探しに連れていこうかと思ったんだが」
ヴァンフリーは凪乃羽の云い訳に納得したのか、出し抜けに云いだした。しかも、餌をちらつかせるようだ。
「宝探し?」
「そうだ。子供の頃、皇帝が大事にしていた大剣を盗んで森に隠した」
凪乃羽は目を丸くする。
「皇帝は気づいてないの?」
「まさか。玉座の傍に飾っていた剣だ。おれがなくしたと云ったら、地球の終わりとかわらないほど荒れ狂った」
凪乃羽はあからさまに顔を曇らせた。
上人ではない人間に死は必ず訪れる。それがいつ訪れるのか、時間は不平等だけれど。わかっていても、受け入れるには気持ちがついていかない。
ヴァンフリーは目ざとく凪乃羽の気持ちの変化に気づいてため息をついた。
「例えが悪かった。謝る。できれば忘れてくれ。とにかく、地下牢に入れられるほど怒りまくった。おれを閉じこめるなどだれにもできないが、そのとき皇帝はそれを知らなかった」
尊大でしかなかったヴァンフリーが謝罪するのも二度め、すべての秘密が明かされたわけではないけれど、おおよそのことを共有できてから少しだけ対等に近づいた感じだ。そう気づいて、凪乃羽の罪悪感は少し癒やされた。
そうして牢に入れられたヴァンフリーを想像すると、興じた気持ちも湧いてくる。きっと、黙って父親が下した罰に従いつつ内心では生意気な様でおもしろがっていたかもしれない。
「……剣はどこにあるの?」
「フィリルが眠りについていた泉に小さな滝がある。滝をくぐり抜ければ、その向こうは洞窟になっていて、奥に進むごとに枝分かれしている。地球上の例でいえば、蟻の巣のように行き止まりの部屋がいくつもある。剣はそのどこかに置いた」
「……憶えてないの?」
ひょいと肩をすくめたしぐさを見るかぎり、はっきりは憶えていないらしい。凪乃羽がくすっと笑うと、ヴァンフリーは意味深げに笑む。
「その真の持ち主が行けば自ずとわかるだろう」
「真の持ち主って、皇帝のことでしょ?」
今し方の笑みと言葉に引っかかって凪乃羽は確認してみた。やはり、何か含んだ笑みが向けられる。
「ハングの剣だ。決闘の話をしただろう。シュプリムグッドを統一に導いた王剣だ。勝利の証しに皇帝が奪った」
驚きに満ちた凪乃羽を見て、皮肉っぽく、ともすれば自嘲するようにヴァンフリーは口を歪めた。
「ひどい父親だろう? 挙げたらきりがない」
どこか他人事のようにも聞こえる口ぶりだ。
「ヴァン?」
本当に云いたいことは別にある、とそんな気配にも見えて凪乃羽は問いかけてみたが、ヴァンフリーは首を横に振るだけで応じなかった。
「罰で地下牢に閉じこめられたときハングの牢に行って、おれが剣を奪ったことは話した。宝探しはどうする? ハングも剣を探しているかもしれない」
「じゃあ、ちょっとお昼寝してから」
「さっき起きたくせに昼寝までするのか」
「眠たいから」
ヴァンフリーは呆れたすえ顔をしかめた。
「このところよく寝るな。遠出や病のせいか? 気にかかって出かけるに出かけられない」
ハングを探しまわっていたヴァンフリーが昨日今日と出かける様子はない。それは、凪乃羽がハングと会ったことを知って、やるべきことを考え直しているのかと思ったけれど、もっと単純に凪乃羽の様子を気遣ってのことだったのか。
「ヴァンが病だって決めつけただけで、くしゃみは病気のうちには入らない。ずっと閉じこめられてたし、遠出に躰が慣れてないのかも。でも、宝探しはやりたい」
「外で食べるのはどうだ?」
「ピクニック? いいかも」
「セギーに頼んでおく。ハングに先を越されないといいが」
ヴァンフリーは付け加えて凪乃羽をからかうように見た。
昼寝と云いだしたのは時間稼ぎのために口にしたことだ。定めは避けられない。その預言をヴァンフリーに話していないのは、そうする機会を逃したすえ、いまもヴァンフリーから話を持ちかけることはなく、心配か、もしくは不機嫌にする気がして蒸し返すのがためらわれたからだ。
この日中を乗り越えればなんの問題もない。けれど、話さないことのほうが結局は面倒な事態を招く。そう気づいた。今日を逃そうと、ハングの様子を思い起こせば、あきらめるとは考えられない。
「ヴァン……」
いざ口を開いた刹那。
「お食事のところ失礼いたします。ヴァンフリー皇子、アルカナ・エロファンがお見えになりました。お食事中と申したのですがお急ぎのご様子です」
と、セギーが現れた。
明確になったのは、凪乃羽が二十三番めという立場であること、それだけだ。不確かだとの理由から、やはりヴァンフリーはそれ以上のことを教えない気らしく、あれきり話が途切れたままになっている。
厳密に云えば、ヴァンフリーとて『直感』で凪乃羽を探し当てたというから、それすらも確実性には欠ける。ヴァンフリーに――古尾万生に会ってから凪乃羽が見始めた夢は、ヴァンフリーの直感を利用しただれかの仕業かもしれない。
そもそも、だれが凪乃羽にあの夢を見せたのだろう。なんのために?
そんな疑問が浮かぶと、ヴァンフリーが確信したように、二十三番めが凪乃羽に割り当てられたと断定するのも易い。
だれによって?
ロード・タロによって。抹殺するために。
ヴァンフリーとラヴィの会話のなか、“目覚める”という言葉に、凪乃羽もまた上人なのかもしれないと見当はつく。ただし、呪縛という役目の割り当てはともかく、なぜヴァンフリーは凪乃羽が目覚めると思ったのだろう。単に、“二十三番め”とロード・タロが残した呪いに因るのか。
「凪乃羽、そのしかめっ面はなんだ?」
ふいに声が耳に届いて、凪乃羽はハッとして伏せていた瞼を上げた。
テーブルを挟み、果実酒の入った銀杯を手に持ってヴァンフリーもまた顔をしかめている。そして――
「加えて、あまり食べない。昨日もそうだったが、具合が悪いんじゃないだろうな」
と、凪乃羽の前に据えられた料理をひととおり見やった。
凪乃羽も釣られて手もとに目を落とした。料理はあちこちつついたまま、ほとんど手つかずで冷めつつあった。
「おとといの夜、食べないまま朝まで眠ってたから、それで胃の調子が悪いの。今日も寝坊して、もうすぐお昼っていう時間に朝食とってるし」
「おれのせいだということか?」
ヴァンフリーは惚けたしぐさで眉を上げた。
つい一昨日、そして昨日、気絶するまで凪乃羽を快楽漬けにしたことを忘れるはずがなく、けれどそこを指摘すれば、今日も、となりかねない。
「食事をしない上人にはたぶんわからないんです」
凪乃羽は無難に答えておいた。
大学生になってから、不規則な食事のせいで胃の不調を覚えたことは何度か経験がある。いまは痞えたような、ともすれば薄らとした吐き気も感じている。
“目覚め”たら凪乃羽も食欲がなくなるのだろうか、とそんなことを考えた。もしかしたら、これも目覚めの兆候かもしれない。
「散歩でもすれば腹も空くだろう」
ヴァンフリーは何気なく誘っているが、その実、じっと凪乃羽を窺っているようにも見える。
察しのいいヴァンフリーのことだ、おそらく、昨日、同じように誘ってくれたとき凪乃羽が外に出ようとしなかったから不審がっている。二日前まで何かと出かけたがっていたのに、気分じゃないという理由にもならないような理由で、庭に出ることもなく邸宅内に籠もっている。
凪乃羽の中に限って、理由ははっきりしている。ハーミットの預言のせいだ。『三晩を経て』と告げられた三晩は過ぎた。つまり、今日が預言の日だ。しかも陽が天頂に来る時刻が迫っている。
ヴァンフリーと一緒にいれば、なんの問題もないはず。むしろ、さっきは無難に答えるより、ヴァンフリーからいますぐ気絶するほど襲われたほうがよかったのかもしれないとも思う。
「おなかがすく、すかないは別。おなかはちゃんとすくけど食欲がないだけ。胃の調子が戻ったら散歩したい」
「宝探しに連れていこうかと思ったんだが」
ヴァンフリーは凪乃羽の云い訳に納得したのか、出し抜けに云いだした。しかも、餌をちらつかせるようだ。
「宝探し?」
「そうだ。子供の頃、皇帝が大事にしていた大剣を盗んで森に隠した」
凪乃羽は目を丸くする。
「皇帝は気づいてないの?」
「まさか。玉座の傍に飾っていた剣だ。おれがなくしたと云ったら、地球の終わりとかわらないほど荒れ狂った」
凪乃羽はあからさまに顔を曇らせた。
上人ではない人間に死は必ず訪れる。それがいつ訪れるのか、時間は不平等だけれど。わかっていても、受け入れるには気持ちがついていかない。
ヴァンフリーは目ざとく凪乃羽の気持ちの変化に気づいてため息をついた。
「例えが悪かった。謝る。できれば忘れてくれ。とにかく、地下牢に入れられるほど怒りまくった。おれを閉じこめるなどだれにもできないが、そのとき皇帝はそれを知らなかった」
尊大でしかなかったヴァンフリーが謝罪するのも二度め、すべての秘密が明かされたわけではないけれど、おおよそのことを共有できてから少しだけ対等に近づいた感じだ。そう気づいて、凪乃羽の罪悪感は少し癒やされた。
そうして牢に入れられたヴァンフリーを想像すると、興じた気持ちも湧いてくる。きっと、黙って父親が下した罰に従いつつ内心では生意気な様でおもしろがっていたかもしれない。
「……剣はどこにあるの?」
「フィリルが眠りについていた泉に小さな滝がある。滝をくぐり抜ければ、その向こうは洞窟になっていて、奥に進むごとに枝分かれしている。地球上の例でいえば、蟻の巣のように行き止まりの部屋がいくつもある。剣はそのどこかに置いた」
「……憶えてないの?」
ひょいと肩をすくめたしぐさを見るかぎり、はっきりは憶えていないらしい。凪乃羽がくすっと笑うと、ヴァンフリーは意味深げに笑む。
「その真の持ち主が行けば自ずとわかるだろう」
「真の持ち主って、皇帝のことでしょ?」
今し方の笑みと言葉に引っかかって凪乃羽は確認してみた。やはり、何か含んだ笑みが向けられる。
「ハングの剣だ。決闘の話をしただろう。シュプリムグッドを統一に導いた王剣だ。勝利の証しに皇帝が奪った」
驚きに満ちた凪乃羽を見て、皮肉っぽく、ともすれば自嘲するようにヴァンフリーは口を歪めた。
「ひどい父親だろう? 挙げたらきりがない」
どこか他人事のようにも聞こえる口ぶりだ。
「ヴァン?」
本当に云いたいことは別にある、とそんな気配にも見えて凪乃羽は問いかけてみたが、ヴァンフリーは首を横に振るだけで応じなかった。
「罰で地下牢に閉じこめられたときハングの牢に行って、おれが剣を奪ったことは話した。宝探しはどうする? ハングも剣を探しているかもしれない」
「じゃあ、ちょっとお昼寝してから」
「さっき起きたくせに昼寝までするのか」
「眠たいから」
ヴァンフリーは呆れたすえ顔をしかめた。
「このところよく寝るな。遠出や病のせいか? 気にかかって出かけるに出かけられない」
ハングを探しまわっていたヴァンフリーが昨日今日と出かける様子はない。それは、凪乃羽がハングと会ったことを知って、やるべきことを考え直しているのかと思ったけれど、もっと単純に凪乃羽の様子を気遣ってのことだったのか。
「ヴァンが病だって決めつけただけで、くしゃみは病気のうちには入らない。ずっと閉じこめられてたし、遠出に躰が慣れてないのかも。でも、宝探しはやりたい」
「外で食べるのはどうだ?」
「ピクニック? いいかも」
「セギーに頼んでおく。ハングに先を越されないといいが」
ヴァンフリーは付け加えて凪乃羽をからかうように見た。
昼寝と云いだしたのは時間稼ぎのために口にしたことだ。定めは避けられない。その預言をヴァンフリーに話していないのは、そうする機会を逃したすえ、いまもヴァンフリーから話を持ちかけることはなく、心配か、もしくは不機嫌にする気がして蒸し返すのがためらわれたからだ。
この日中を乗り越えればなんの問題もない。けれど、話さないことのほうが結局は面倒な事態を招く。そう気づいた。今日を逃そうと、ハングの様子を思い起こせば、あきらめるとは考えられない。
「ヴァン……」
いざ口を開いた刹那。
「お食事のところ失礼いたします。ヴァンフリー皇子、アルカナ・エロファンがお見えになりました。お食事中と申したのですがお急ぎのご様子です」
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