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第4章 二十三番めの呪縛

15.

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 ヴァンフリーの云うことはわからなくはない。鵜呑うのみにすれば凪乃羽の気がすむかというと、けっしてそうはならない。存在自体が間違っている。
 凪乃羽は首を横に振った。
 その真意は伝わっているのだろう、ヴァンフリーは顔をしかめて憂いを浮かべる。
「もっと云うなら、凪乃羽が背負う理由は皆無だ。ただ生まれただけの凪乃羽が、理由になるだけの罪を犯したわけでもない。だろう? ロード・タロによって勝手に押しつけられている」
 ヴァンフリーは、たったいま凪乃羽が思っていた存在不要という結論とは違った観点から説く。凪乃羽は生まれただけであり、そうなるのに凪乃羽自身の意志が働いたわけではない――
「――それでも、わたしは無関係じゃない。でしょ?」
「いまロード・タロによって惑わされているだれしもが無関係ではない。おれもまたそうだ。凪乃羽、このさきに何を聞かされようと、おれがちゃんと付き合ってやるから逃げるな。云っておけば、最低限、おれから逃げることは許さない」
 付き合ってやるという言葉は恩着せがましく、逃げることは許さないなど横暴だ。それなのに、凪乃羽そう感じることなく、ただ心強く力づけられる。
「ヴァン、でも……」
「“でも”、なんだ?」
 凪乃羽が云い淀むと、根気強くヴァンフリーは促す。けっして面倒くさがらない。
「どうしてわたしに……ヴァンは皇帝から匿ったり、付き合ってくれたり、面倒なことをやってくれるの?」
「話が戻ったな。云っただろう、凪乃羽はだれとも違う、と。おまえの云うとおり、二十三番めというのは、それ自体が特別だ。探していた理由もそこだ。だが、何も知らないおまえを見ていて、そのままでいられるのならそのままでいろと思うようになった。それを、おまえのほうから近づいてきた。その結果がいまだ。面倒だと感じるまえに構いたくてしかたがない」
 責任を押しつられていながらも凪乃羽はうれしくさせられる。云ったヴァンフリー本人は顔に自嘲をよぎらせた。
「……後悔してるの?」
「そんなことを疑うとは、おれの愛し方が足りないということだな」
 突然、ヴァンフリーは人格が切り替わったように好色な表情を浮かべた。それが何を意味するのか察せないほど鈍感ではないし、こと閨事に関してはヴァンフリーの貪欲さを知っている。
「足りないなんてことは全然ないから……!」
 さっきから寝台に倒れたままの凪乃羽は、襲われるには不利な恰好で隙しかない。最後まで云い終わらないうちに、ヴァンフリーは凪乃羽の手をつかんで再び頭上に片手で括った。先刻、自ら隠した凪乃羽の胸をはだけると、さっきの名残か、弄るまでもなく尖った胸先を抓んだ。
 あうっ。
 痛みともつかない鋭い感覚に凪乃羽は悲鳴をあげて躰をよじった。扱くように持ちあげられて胸先はヴァンフリーの指の間からすり抜ける。その刺激がおさまりきれないうちに、今度は反対側の胸先も同じように弄られた。あまりの過敏な感覚に自ずと躰がくねる。
「やはり誘っているとしか思えないな。ここを真っ赤に尖らせて、凪乃羽は淫らだ。それに増して、いまは反応がよすぎる」
「そんなこと……ん、はあっ」
 云っているさなかに、またヴァンフリーがそこを抓んで扱く。間を置かずに何度も繰り返されると痛みのような感覚はなくなって、ひたすらに快感が募っていく。
 愛し方が足りないと冗談ではなく本気で思っているのか、ヴァンフリーはしつこく攻め立てて、凪乃羽は喘ぐことすらままならないほど疲れ果ててしまう。力は尽きかけているのに快楽だけは息づいていて、躰はひとりでにうねっていた。
「おまえの嫌らしさは本当におれを悦ばせてくれる」
 そう云うヴァンフリーの声音も嫌らしい。違うのは、凪乃羽にはヴァンフリーにはない恥ずかしさがあることだ。くちびるにしろ胸にしろ、口づけもなく、凪乃羽は一方的に快楽を与えられて、それをつぶさに真上から観察されている。
「や……」
 逃れようと身をよじっても躰がだるくて思うように動けない。
「快楽に逆らうことはない。どれだけおれが尽くしているか、たっぷりと快楽漬けにして凪乃羽にとことんわからせる」
「ちがっ……あっ、んっ……ヴァンが、楽しんで、ん、ふっ……る、だけ……っ、あぅっ」
 抗議する間もヴァンフリーの指先が胸の粒を摩撫して、そこは火傷しているのかと疑うほど熱く火照っている。指先からすり抜けるたびに躰がぶるっとふるえて、躰の中心はなんの刺激も受けていないのにもかかわらず疼いていた。逝ってしまいそうな感覚は錯覚にすぎないのか。
「楽しんでいることを否定はしない。だがそれ以上に、おまえが我を忘れて恍惚としていることに悦びを感じる」
 声には愉悦が滲み、それを証明するかのように硬く大きくなった粒をそれぞれ、すべての指先を使って軽く扱いた。
 んんっ、ぁあああっ。
 快感は強制的に倍になって、凪乃羽の嬌声は恥ずかしいほど自分でもひどく淫らに聞こえた。腰がうねり、蜜を吐きだした感覚がある。
 頭上に括られていた手が自由になったというのに、動かそうという意思が働くまえに快感を与えられて、凪乃羽の意思は奪われてしまう。その繰り返しが数を重ねないうちに、躰が痙攣するようにふるえだした。自分の躰のことだ、それがなんの兆候か、もうわかっている。
「ヴァンっ、ぁうっあ、あっ……や、めっ……ああっ」
「やめてと云われてやめると思うか」
「で……でもっ、逝って、あ、くぅっ……しまい、そ……っ」
 熱に浮かされたように視界は潤んでいる。真上からはくつくつと悦に入った笑い声が降り注いだ。
「おまえは至上の恋人だ。素直に躰の反応に任せていい。それでおれが嫌うことはない。それどころか、おまえの蜜に溺れたくてたまらないほど飢餓感に襲われる」
 そう云ったあと、ヴァンフリーは左右同時にではなく交互に胸の突端を弄び始めた。同時のときには快感が緩和される間があったのに、交互になると嬌声があがる間もない。
 だんだんと胸を突きだすように背中が反っていった。少しもおりられないまま、感度が上昇していく。
 う、はあぁあっ――。
 そこはまったく触れられることはなく、どくん、と大きく脈を打ったような感覚ののち、腰が激しく揺れ跳ねた。
「凪乃羽がここまで快楽に弱いとはな」
 ほんの間近で聞こえ、ヴァンフリーの呼吸がくちびるに触れる。
 薄らと目を開くと、視界に映った顔はばかにしたふうではない。玉虫色の瞳を陰らせ目を細めている様は何かに飢え、それを切に求めている。そう見えた。
「ひどい……ヴァンは、わたしで遊んでる」
 凪乃羽は喘ぎながらヴァンフリーを責めて恥ずかしさをごまかした。
「意思疎通がなっていないな。言葉は通じているはずだが」
 ヴァンフリーは凪乃羽の羞恥心を見抜いて、からかった面持ちでわざと反論をした。
「言葉は通じても、ヴァンとわたしでは、基準が違ってる」
「生まれ育った環境は確かに違う。だが、おれたちの相性はだれにも勝り、劣ることはない」
 ヴァンフリーは何かしら根拠があるように断言した。
「ヴァン、どういうこと……?」
 その問いかけを封じるようにヴァンフリーは凪乃羽の手首をそれぞれにつかみ、寝台に縫いつけると顔を下ろしてくちびるを重ねた。一瞬後には顔を上げ、それから下にずらすと、硬くなった胸の粒をずるりと舌で撫でた。
 あうっ。
 凪乃羽の背中がびくっと浮いた。
「話すよりも行動で示したほうがわかりやすいだろう?」
 ヴァンフリーのにやりとした顔は、いまの状況からすれば脅しにしか見えない。その読みが外れることはなく――
「もう一度、胸だけで逝ってみるといい。そのまえに焦れて我慢できなくなったら、おれが欲しい、そう云えば叶えてやる」
 まだ羞恥心のほうが勝っている凪乃羽にとっては難題が吹っかけられた。
 結局は云えないまま、快楽漬けにすると宣言していたとおりヴァンフリーは容赦なく凪乃羽の快感を煽った。快楽に朦朧として、気づくとヴァンフリーがふたりの躰に布をかけていた。その下で無意識にヴァンフリーにすり寄り、それに応じて凪乃羽の躰をくるむ腕がきつくなった瞬間、凪乃羽は眠りに落ちた。
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