上 下
57 / 83
第4章 二十三番めの呪縛

13.

しおりを挟む
 驚きから覚めやらぬまま、信じられないとばかりに眉をひそめ――
「会った? いつだ」
 ヴァンフリーは脅かすような声音で詰問した。そうしながら、いざ凪乃羽が口を開くと、その答えを待たずに――
「いや、いい。昨日だ。森のなかで」
 と自ら答えを導きだした。どうだ? と問うように片方の眉をわずかに上げる。
 町の広場に行ったとき、森から帰って以降、凪乃羽の様子がおかしいことをヴァンフリーは察していた。いま、動揺していながらもそのことを思いだして凪乃羽の告白と繋いだ。
「ヴァンは愚者じゃない。たぶん従順じゃないけど本当の賢者。大学で講師に呼ばれるくらい、日本じゃちゃんとした会社の経営者だったし……それって魔法の力とかじゃないですよね?」
「おだててごまかすな」
 ヴァンフリーは顔をしかめて、ぴしゃりと凪乃羽の無駄口を跳ね返した。
「そんなつもりない。気を遣わせてて悪いなって思っただけ」
「本当にそう思うんだったら本題から逸れるな」
 すかさず凪乃羽を咎め、なお且つヴァンフリーの口からうんざりとしたようにも感じるため息がこぼれた。顔の周りに垂れた銀色の髪がふわりと揺れる。思わず凪乃羽の手が伸びて、その髪に触れた。そうした手のひらを、首を傾けたヴァンフリーがぺろりと舐める。
 あ!
 くすぐったさと粟立つような感覚に、凪乃羽はさっと手を引っこめた。
 ヴァンフリーは凪乃羽の反応をおもしろがり、瞳の中で玉虫色が妖しく揺らめく。オイルランプの灯がゆったりと揺れていて、それが陰りぎみの瞳に映ってそう見せているのかもしれない。
「故意にそうしてるわけじゃないから」
「だろうな。凪乃羽は生まれて二十年そこそこで、おれからすればまだ生まれ立てだ」
「だからといって子供扱いされるほど子供じゃありません」
「思考が幼いことは否めないが、子供扱いなどしてない。子供に発情するようなへきはない。おれがおまえの何を気に入っていると思う?」
 訊ねながらヴァンフリーは凪乃羽の胸もとに手をやると、左の胸の下にあるリボンの端を引っ張って結び目をほどき、ドレスをはだけた。
「ヴァン……」
 凪乃羽はとっさにヴァンフリーの手をつかみかけ、すると逆にその手を取られて、また頭上に纏めて片手で括られた。
「ふくらんだ果実に実った粒は食べてくれと云わんばかりだ。加えて、尽きることのない蜜の宝庫は、おれを煽ってやまない」
 ヴァンフリーは俄に色めいた声で囁く。先刻の玉虫色の妖しげな揺らめきは慾情の兆しだったのか、親指の腹が胸の粒を弾いた。
 あぅっ。
 凪乃羽は身をよじった。いま、かつてないほどそこは敏感に反応した。ぴりっとした痛みのような感覚もある。
 敏感さはヴァンフリーにも伝わったようで――
「ずいぶんと反応がいいな。閨事が気に入ったかどうか、答えは聞くまでもないが、誘っているのか?」
 嫌らしい笑みが薄らとくちびるに浮かぶ。
「誘わなくても、ヴァンは毎晩、襲ってくる」
「おまえの蜜に溺れるのは至福だ。いや、蜜ではなく、中毒性の媚薬を分泌しているんじゃないだろうな」
「そんなことしてない! それよりも話が逸れてます」
 立場は逆転して、凪乃羽の言葉に呆れたふうに息をつき、ヴァンフリーは自嘲か皮肉か鼻先で笑うと、凪乃羽の手を解放した。はだけた胸もとの衣を合わせて誘惑の根源を隠す。
「凪乃羽はたまにおれの判断力を鈍らせる」
 媚薬のことといい、それが本当だとしても責任転嫁など凪乃羽からするとまったくの濡れ衣だ。
「何もやってません」
 自覚しておけ、とヴァンフリーは首を振って思考を切り替え――
「それで?」
 と真摯な眼差しに戻した。
「永遠の子供たちといるときにアルカナ・ハングは現れたの。あと、アルカナ・ハーミットも」
「ハーミット? ハーミットも現れたのか?」
 ヴァンフリーはまたもや不意を突かれたようで、くどいような様で問う。かといって、凪乃羽の答えを必要としているふうではなく、自分に云い聞かせている。
 ハーミットは神出鬼没と聞いている。予言者ではなく預言者だとハングが念を押したこと、ヴァンフリーがいま深刻そうに眉をひそめていること、この二つを噛み合わせればハーミットが現れるということ自体に意味があるのかもしれない。
「アルカナ・ハングはいろんなことを知ってるみたい。わたしに協力してほしいって……わたしの力が必要だって……裏切者を抹殺するために。裏切者って皇帝のこと? アルカナ・ハングはヴァンがそれを止めるために自分を探してるって云ってた。わたしの力って……さっきヴァンがアルカナ・ラヴィと話してたでしょ? わたしは皇帝と闘わなくちゃいけないの? それが決まったこと? アルカナ・ハーミットは定めがあるみたいに云ってた」
 凪乃羽は取り留めなく疑問を並べた。
 その縋るような瞳に焦点を合わせたまま、ヴァンフリーは首を横に振った。否定するのではなく、答えを整理するためのしぐさかもしれない。その証拠に、その顔には確固とした気配が窺える。
「おまえがいま話したことではっきり云えるのは、ハングを解放したのはロード・タロであること、おれがハングを探しているのはそれを確かめるためだったこと、そして凪乃羽に皇帝を倒すための呪縛の力が授けられているかもしれないということだけだ」
 はっきり云えることとしながら、凪乃羽が知りたい肝心のことが曖昧だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました

utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。 がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。

【完結】Mにされた女はドS上司セックスに翻弄される

Lynx🐈‍⬛
恋愛
OLの小山内羽美は26歳の平凡な女だった。恋愛も多くはないが人並に経験を重ね、そろそろ落ち着きたいと思い始めた頃、支社から異動して来た森本律也と出会った。 律也は、支社での営業成績が良く、本社勤務に抜擢され係長として赴任して来た期待された逸材だった。そんな将来性のある律也を狙うOLは後を絶たない。羽美もその律也へ思いを寄せていたのだが………。 ✱♡はHシーンです。 ✱続編とは違いますが(主人公変わるので)、次回作にこの話のキャラ達を出す予定です。 ✱これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】カッコウは夜、羽ばたく 〜従姉と従弟の托卵秘事〜

船橋ひろみ
恋愛
【エロシーンには※印がついています】 お急ぎの方や濃厚なエロシーンが見たい方はタイトルに「※」がついている話をどうぞ。読者の皆様のお気に入りのお楽しみシーンを見つけてくださいね。 表紙、挿絵はAIイラストをベースに私が加工しています。著作権は私に帰属します。 【ストーリー】 見覚えのあるレインコート。鎌ヶ谷翔太の胸が高鳴る。 会社を半休で抜け出した平日午後。雨がそぼ降る駅で待ち合わせたのは、従姉の人妻、藤沢あかねだった。 手をつないで歩きだす二人には、翔太は恋人と、あかねは夫との、それぞれ愛の暮らしと違う『もう一つの愛の暮らし』がある。 親族同士の結ばれないが離れがたい、二人だけのひそやかな関係。そして、会うたびにさらけだす『むき出しの欲望』は、お互いをますます離れがたくする。 いつまで二人だけの関係を続けられるか、という不安と、従姉への抑えきれない愛情を抱えながら、翔太はあかねを抱き寄せる…… 托卵人妻と従弟の青年の、抜け出すことができない愛の関係を描いた物語。 ◆登場人物 ・ 鎌ヶ谷翔太(26) パルサーソリューションズ勤務の営業マン ・ 藤沢あかね(29) 三和ケミカル勤務の経営企画員 ・ 八幡栞  (28) パルサーソリューションズ勤務の業務管理部員。翔太の彼女 ・ 藤沢茂  (34) シャインメディカル医療機器勤務の経理マン。あかねの夫。

処理中です...