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第4章 二十三番めの呪縛
13.
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驚きから覚めやらぬまま、信じられないとばかりに眉をひそめ――
「会った? いつだ」
ヴァンフリーは脅かすような声音で詰問した。そうしながら、いざ凪乃羽が口を開くと、その答えを待たずに――
「いや、いい。昨日だ。森のなかで」
と自ら答えを導きだした。どうだ? と問うように片方の眉をわずかに上げる。
町の広場に行ったとき、森から帰って以降、凪乃羽の様子がおかしいことをヴァンフリーは察していた。いま、動揺していながらもそのことを思いだして凪乃羽の告白と繋いだ。
「ヴァンは愚者じゃない。たぶん従順じゃないけど本当の賢者。大学で講師に呼ばれるくらい、日本じゃちゃんとした会社の経営者だったし……それって魔法の力とかじゃないですよね?」
「おだててごまかすな」
ヴァンフリーは顔をしかめて、ぴしゃりと凪乃羽の無駄口を跳ね返した。
「そんなつもりない。気を遣わせてて悪いなって思っただけ」
「本当にそう思うんだったら本題から逸れるな」
すかさず凪乃羽を咎め、なお且つヴァンフリーの口からうんざりとしたようにも感じるため息がこぼれた。顔の周りに垂れた銀色の髪がふわりと揺れる。思わず凪乃羽の手が伸びて、その髪に触れた。そうした手のひらを、首を傾けたヴァンフリーがぺろりと舐める。
あ!
くすぐったさと粟立つような感覚に、凪乃羽はさっと手を引っこめた。
ヴァンフリーは凪乃羽の反応をおもしろがり、瞳の中で玉虫色が妖しく揺らめく。オイルランプの灯がゆったりと揺れていて、それが陰りぎみの瞳に映ってそう見せているのかもしれない。
「故意にそうしてるわけじゃないから」
「だろうな。凪乃羽は生まれて二十年そこそこで、おれからすればまだ生まれ立てだ」
「だからといって子供扱いされるほど子供じゃありません」
「思考が幼いことは否めないが、子供扱いなどしてない。子供に発情するような癖はない。おれがおまえの何を気に入っていると思う?」
訊ねながらヴァンフリーは凪乃羽の胸もとに手をやると、左の胸の下にあるリボンの端を引っ張って結び目をほどき、ドレスをはだけた。
「ヴァン……」
凪乃羽はとっさにヴァンフリーの手をつかみかけ、すると逆にその手を取られて、また頭上に纏めて片手で括られた。
「ふくらんだ果実に実った粒は食べてくれと云わんばかりだ。加えて、尽きることのない蜜の宝庫は、おれを煽ってやまない」
ヴァンフリーは俄に色めいた声で囁く。先刻の玉虫色の妖しげな揺らめきは慾情の兆しだったのか、親指の腹が胸の粒を弾いた。
あぅっ。
凪乃羽は身をよじった。いま、かつてないほどそこは敏感に反応した。ぴりっとした痛みのような感覚もある。
敏感さはヴァンフリーにも伝わったようで――
「ずいぶんと反応がいいな。閨事が気に入ったかどうか、答えは聞くまでもないが、誘っているのか?」
嫌らしい笑みが薄らとくちびるに浮かぶ。
「誘わなくても、ヴァンは毎晩、襲ってくる」
「おまえの蜜に溺れるのは至福だ。いや、蜜ではなく、中毒性の媚薬を分泌しているんじゃないだろうな」
「そんなことしてない! それよりも話が逸れてます」
立場は逆転して、凪乃羽の言葉に呆れたふうに息をつき、ヴァンフリーは自嘲か皮肉か鼻先で笑うと、凪乃羽の手を解放した。はだけた胸もとの衣を合わせて誘惑の根源を隠す。
「凪乃羽はたまにおれの判断力を鈍らせる」
媚薬のことといい、それが本当だとしても責任転嫁など凪乃羽からするとまったくの濡れ衣だ。
「何もやってません」
自覚しておけ、とヴァンフリーは首を振って思考を切り替え――
「それで?」
と真摯な眼差しに戻した。
「永遠の子供たちといるときにアルカナ・ハングは現れたの。あと、アルカナ・ハーミットも」
「ハーミット? ハーミットも現れたのか?」
ヴァンフリーはまたもや不意を突かれたようで、くどいような様で問う。かといって、凪乃羽の答えを必要としているふうではなく、自分に云い聞かせている。
ハーミットは神出鬼没と聞いている。予言者ではなく預言者だとハングが念を押したこと、ヴァンフリーがいま深刻そうに眉をひそめていること、この二つを噛み合わせればハーミットが現れるということ自体に意味があるのかもしれない。
「アルカナ・ハングはいろんなことを知ってるみたい。わたしに協力してほしいって……わたしの力が必要だって……裏切者を抹殺するために。裏切者って皇帝のこと? アルカナ・ハングはヴァンがそれを止めるために自分を探してるって云ってた。わたしの力って……さっきヴァンがアルカナ・ラヴィと話してたでしょ? わたしは皇帝と闘わなくちゃいけないの? それが決まったこと? アルカナ・ハーミットは定めがあるみたいに云ってた」
凪乃羽は取り留めなく疑問を並べた。
その縋るような瞳に焦点を合わせたまま、ヴァンフリーは首を横に振った。否定するのではなく、答えを整理するためのしぐさかもしれない。その証拠に、その顔には確固とした気配が窺える。
「おまえがいま話したことではっきり云えるのは、ハングを解放したのはロード・タロであること、おれがハングを探しているのはそれを確かめるためだったこと、そして凪乃羽に皇帝を倒すための呪縛の力が授けられているかもしれないということだけだ」
はっきり云えることとしながら、凪乃羽が知りたい肝心のことが曖昧だった。
「会った? いつだ」
ヴァンフリーは脅かすような声音で詰問した。そうしながら、いざ凪乃羽が口を開くと、その答えを待たずに――
「いや、いい。昨日だ。森のなかで」
と自ら答えを導きだした。どうだ? と問うように片方の眉をわずかに上げる。
町の広場に行ったとき、森から帰って以降、凪乃羽の様子がおかしいことをヴァンフリーは察していた。いま、動揺していながらもそのことを思いだして凪乃羽の告白と繋いだ。
「ヴァンは愚者じゃない。たぶん従順じゃないけど本当の賢者。大学で講師に呼ばれるくらい、日本じゃちゃんとした会社の経営者だったし……それって魔法の力とかじゃないですよね?」
「おだててごまかすな」
ヴァンフリーは顔をしかめて、ぴしゃりと凪乃羽の無駄口を跳ね返した。
「そんなつもりない。気を遣わせてて悪いなって思っただけ」
「本当にそう思うんだったら本題から逸れるな」
すかさず凪乃羽を咎め、なお且つヴァンフリーの口からうんざりとしたようにも感じるため息がこぼれた。顔の周りに垂れた銀色の髪がふわりと揺れる。思わず凪乃羽の手が伸びて、その髪に触れた。そうした手のひらを、首を傾けたヴァンフリーがぺろりと舐める。
あ!
くすぐったさと粟立つような感覚に、凪乃羽はさっと手を引っこめた。
ヴァンフリーは凪乃羽の反応をおもしろがり、瞳の中で玉虫色が妖しく揺らめく。オイルランプの灯がゆったりと揺れていて、それが陰りぎみの瞳に映ってそう見せているのかもしれない。
「故意にそうしてるわけじゃないから」
「だろうな。凪乃羽は生まれて二十年そこそこで、おれからすればまだ生まれ立てだ」
「だからといって子供扱いされるほど子供じゃありません」
「思考が幼いことは否めないが、子供扱いなどしてない。子供に発情するような癖はない。おれがおまえの何を気に入っていると思う?」
訊ねながらヴァンフリーは凪乃羽の胸もとに手をやると、左の胸の下にあるリボンの端を引っ張って結び目をほどき、ドレスをはだけた。
「ヴァン……」
凪乃羽はとっさにヴァンフリーの手をつかみかけ、すると逆にその手を取られて、また頭上に纏めて片手で括られた。
「ふくらんだ果実に実った粒は食べてくれと云わんばかりだ。加えて、尽きることのない蜜の宝庫は、おれを煽ってやまない」
ヴァンフリーは俄に色めいた声で囁く。先刻の玉虫色の妖しげな揺らめきは慾情の兆しだったのか、親指の腹が胸の粒を弾いた。
あぅっ。
凪乃羽は身をよじった。いま、かつてないほどそこは敏感に反応した。ぴりっとした痛みのような感覚もある。
敏感さはヴァンフリーにも伝わったようで――
「ずいぶんと反応がいいな。閨事が気に入ったかどうか、答えは聞くまでもないが、誘っているのか?」
嫌らしい笑みが薄らとくちびるに浮かぶ。
「誘わなくても、ヴァンは毎晩、襲ってくる」
「おまえの蜜に溺れるのは至福だ。いや、蜜ではなく、中毒性の媚薬を分泌しているんじゃないだろうな」
「そんなことしてない! それよりも話が逸れてます」
立場は逆転して、凪乃羽の言葉に呆れたふうに息をつき、ヴァンフリーは自嘲か皮肉か鼻先で笑うと、凪乃羽の手を解放した。はだけた胸もとの衣を合わせて誘惑の根源を隠す。
「凪乃羽はたまにおれの判断力を鈍らせる」
媚薬のことといい、それが本当だとしても責任転嫁など凪乃羽からするとまったくの濡れ衣だ。
「何もやってません」
自覚しておけ、とヴァンフリーは首を振って思考を切り替え――
「それで?」
と真摯な眼差しに戻した。
「永遠の子供たちといるときにアルカナ・ハングは現れたの。あと、アルカナ・ハーミットも」
「ハーミット? ハーミットも現れたのか?」
ヴァンフリーはまたもや不意を突かれたようで、くどいような様で問う。かといって、凪乃羽の答えを必要としているふうではなく、自分に云い聞かせている。
ハーミットは神出鬼没と聞いている。予言者ではなく預言者だとハングが念を押したこと、ヴァンフリーがいま深刻そうに眉をひそめていること、この二つを噛み合わせればハーミットが現れるということ自体に意味があるのかもしれない。
「アルカナ・ハングはいろんなことを知ってるみたい。わたしに協力してほしいって……わたしの力が必要だって……裏切者を抹殺するために。裏切者って皇帝のこと? アルカナ・ハングはヴァンがそれを止めるために自分を探してるって云ってた。わたしの力って……さっきヴァンがアルカナ・ラヴィと話してたでしょ? わたしは皇帝と闘わなくちゃいけないの? それが決まったこと? アルカナ・ハーミットは定めがあるみたいに云ってた」
凪乃羽は取り留めなく疑問を並べた。
その縋るような瞳に焦点を合わせたまま、ヴァンフリーは首を横に振った。否定するのではなく、答えを整理するためのしぐさかもしれない。その証拠に、その顔には確固とした気配が窺える。
「おまえがいま話したことではっきり云えるのは、ハングを解放したのはロード・タロであること、おれがハングを探しているのはそれを確かめるためだったこと、そして凪乃羽に皇帝を倒すための呪縛の力が授けられているかもしれないということだけだ」
はっきり云えることとしながら、凪乃羽が知りたい肝心のことが曖昧だった。
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