皇子は愛を秘匿できない~抱き溺れる愚者~

奏井れゆな

文字の大きさ
上 下
56 / 83
第4章 二十三番めの呪縛

12.

しおりを挟む
「ああ」
 ヴァンフリーはじっと凪乃羽を見つめながら短く応じたあと、自分を見てほしいと云ったわりに自らが目を閉じた。一瞬よりも長く、けれど凪乃羽を締めだすためではなく、何かを噛みしめているような気配だ。
 言葉どおりに、そして万生であったときのように、今し方も凪乃羽が落ち着くのを待っていたのだと気づかされる。
 ヴァンフリーはゆっくりと瞼を上げた。
「不確かなことで凪乃羽を不安にさせたくない。真実を見極めるためにハングを探している」
「……アルカナ・ハングが知ってるの?」
 ハングを探しているのは単に脱獄者だからということではなかったのだ。もっとも、ヴァンフリーは自分が愚かでなければならないと云ったけれど、それはそう装っているだけだとわかっている。それ以上に無駄なことも気が向かないかぎり行動に移すことはないはずで、つまり、なんの意味もなくハングを探すことはしないだろう。
 そして、凪乃羽はそのハングと出会って、それをまだヴァンフリーに打ち明けていない。話すべきだと、決心するよりもさきにヴァンフリーが凪乃羽の問いかけに答えた。
「厳密に云えば、おそらくハングを解放したのはロード・タロで、ハングに接触すればロード・タロに行き着き、真相を聞きだせるはずだ」
「ロード・タロとアルカナ・ハングが組んでるってこと?」
「ああ。遥かずっと昔、シュプリムグッドを率いていたのはハングだった」
「え……それって……ハングが皇帝だったってことなの?」
「いや、そういう地位がなかったほどずっと昔のことだ。この国もかつては地球と同じで、いくつもの部族の集合体だった。戦いに次ぐ戦いで部族の一つ、シュプリムグッドは巨大化していった。その間、部族を統率していたのがハングで、戦いの先頭に立ち、指揮官だったのが父――いまの皇帝だ」
 上人が上人たる以前、そんなところにまでまだ考えは及ばず、凪乃羽はびっくり眼でヴァンフリーを見つめた。確かに、最初から上人として生まれたのはヴァンフリーだけだと聞いた。人から上人になった経緯は何かしら存在するに違いなく――
 上人はロード・タロの力で上人になったんですよね――と、凪乃羽は考え考えしつつ独り言のようにつぶやいた。
「アルカナ・ハングは皇帝を殺そうとしたから閉じこめられたって、永遠の子供たちが云ってました。一緒に戦ってたのに仲が悪かったの?」
「一緒に戦う間は互いに最も信頼を置く同志だっただろう。だからこそ、シュプリムグッドは部族ではなく全土を統治するまでの国になった。その過程で捕虜としてエムを捕らえた」
「エムって……ヴァンのお母さん? エム皇妃?」
 出し抜けに話が飛んだ。エムがどう関わってくるのかさっぱりわからない。
 目を丸くした凪乃羽を見てヴァンフリーはうなずき――
「そうだ。母は美しい」
 とだけ云って、促すように首を傾けた。
 凪乃羽に自力で考えろということだ。ヴァンフリーが示した手がかりはごく少ない。人が三人寄ればいい知恵も浮かぶと云うが、逆から極端に穿てば意見が合わないということだ。捕虜と権力者二人、もっと突きつめると女一人に男二人、その間で争いごとが起きるとしたら、すぐに思いつく答えは一つしかない。
「もしかして……三角関係?」
「安っぽいだろう?」
「神様はそんなものでしょ?」
「それを上人の前で云えたら凪乃羽の度胸を認めてやるが?」
 ヴァンフリーはそれまでの神妙さを抜けだしておもしろがっている。
「無理だから」
 凪乃羽は勢いよく首を横に振った。
 ヴァンフリーはくちびるを歪めたような笑みを見せ、それからうんざりした気配でため息をついた。
「ハングによれば、父が母を奪ったらしい。永遠の子供たちの言葉には語弊がある。ハングが一方的に殺そうとしたというよりも決闘だと聞いた」
「だれから?」
「ハング本人だ」
 凪乃羽の思考は目まぐるしく動く。時系列を整理しきれないまま、考えるよりは訊ねるほうが早いと判断するか否かのうちに凪乃羽は口を開いていた。
「本人て、アルカナ・ハングが囚人になるまえに聞いたの?」
「いや、子供の頃――といっても何百年とたっていたと思うが、牢獄に侵入したときにハングの云い分は聞かされた。上人は本当に死ぬことはないのか、決闘と称して試されたとも云っていたな。ハングはその傷が癒えないうちに投獄された。母を取り合っていた以上、当然ながら、おれが生まれるまえのことだ」
 永遠の子供たちはローエン皇帝のことを、過去のこととしてもやさしかったと云った。けれど、夢が本当だとして、そしてハングの云うとおりだとしたら、皇帝には自分本位の横暴さしか感じられない。
「エム皇妃も……その、無理やり……?」
「母はそもそもが捕虜だ。父であれハングであれ、意思は尊重されない。真意は無論、母にしかわからないことだ。少なくとも、おれを厭うようなことはなかったが……」
 ヴァンフリーは言葉尻をうやむやにして、大したことのないように肩をすくめた。そのしぐさがかえって気にしているように見えると思うのは勘繰りすぎだろうか。
 否、きっとヴァンフリーはいろんなことを考えているからこそ愚かなふりをしているわけで、凪乃羽のことにも絶えず気を配りながら、なお且つ、森に行ったり町におりたり、凪乃羽の希望までをも叶えている。
 ヴァンフリーこそがやさしい。
「ヴァン、わたし……アルカナ・ハングに会ったの」
 ハングは口止めはしなかったけれど、それは暗黙の了解のもと秘密にすることを凪乃羽に求めていたのか、定かでないまま打ち明けた。
 ヴァンフリーは奇怪なものに遭遇したかのように目を見開いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

処理中です...