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第4章 二十三番めの呪縛

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「ええ。凪乃羽さまは噂をご存知ですか」
 凪乃羽がした疑問ともつかない曖昧なつぶやきのせいで、逆にペンタから問われて返答に詰まった。
 凪乃羽が見ていた夢とヴァンフリーが教えてくれたことを噛み合わせれば、シュプリムグッドの秩序が乱れている根本は確かにフィリルにある。
 フィリルに起こったこと、それがロード・タロを怒らせ、秩序の精霊ワールを消し去った。順をたどればこうなる。
 ただ、フィリルに起きたことをヴァンフリーが知っているかというと、はっきりしない。『あること』がタロを怒らせたと云っただけで。
 それを、ウラヌス邸に隔離された状況下、凪乃羽が知っていると云ったらおかしなことになる。
 凪乃羽はそう結論に至って首を横に振った。
「町におりてきたのは今日がはじめてだから、まだ噂話は聞いてないんです。どんな噂ですか」
「わたしたち民と違って、永遠に存在するのが上人です。それなのにアルカナ・ワールに続いて――いえ、アルカナ・フィリルが原因だとしたら順番が逆になりますけど、とにかくアルカナ・フィリルは眠りについて目覚めないとか、消えたとか。そうなった理由が、皇帝陛下の暴挙だというんです。アルカナ・フィリルがひどく傷ついたこと、皇帝陛下が横暴なこと、それが事実だとして噂されています。だからあんな呪いまで……」
 云いながら顔を曇らせていたペンタは、憂えた様子で言葉を途切れさせた。
「……呪い、ですか」
 ヴァンフリーも子供たちも『呪い』を口にしていた。鍵となる『呪い』がなんなのか、その内容はだれからも聞けずじまいだ。
 凪乃羽が確認するようにつぶやくと、ペンタは何やらハッとして、それは口を噤んでしまいそうなしぐさに見えた。
「ペンタ、呪いってなんですか?」
 凪乃羽は率直に訊ねてみた。
「噂話ですよ」
 ペンタは何をためらうことがあるのか、やはり喋りそうにない気配で肩をすくめて笑った。安っぽい悪人と同様、笑ってごまかすというのも万国共通のようだ。
「だから話してもかまわない気がします。噂話って楽しむものですよね。ウラヌス邸ではそういうのが聞けなくて、ちょっと退屈です」
 凪乃羽が愚痴っぽく漏らすと、ペンタは思い当たることがあるかのような面持ちになり、それから可笑しそうにした。
「今日、おふたりがこちらにお見えになることはセギーからの言伝ことづてで存じていました。ヴァンフリー皇子がそれはもう凪乃羽さまを大切にしていらっしゃると伺っていますよ」
 セギーが無駄口を叩くとは思えず、失態を演じることのないよう弟夫婦に助言として伝言したのだろうが、それは得てしてからかう材料となった。
「それは本当です。でもペンタ、話を逸らしてますよね」
 ペンタは惚けて肩をすくめ、それからやはりためらったように首をかしげた。
「ヴァンフリー皇子にも関わる噂なので、凪乃羽さまによけいなご心労を与えてしまっては申し訳ないんですよ」
 凪乃羽は驚きにわずかに目を見開いた。さすがにヴァンフリーが関わるとなればためらいも芽生える。だから、子供たちも関心が逸れたふりをしながら口を噤んでしまったのか。
 ただ、ハングもその名を口にしたように、ヴァンフリーがシュプリムグッドで起きている一連のことに欠かせない存在なのは明らかになった。
「ペンタ、ヴァンはわたしたちよりずっと強くて、便利にできている上人だから、きっと心配する必要はないんです。それとも永遠の上人でもヴァンに命の危険があるっていうこと?」
 そう訊ねるとペンタはふと考えこみ、そして少しほっとしながら結論を得たふうに凪乃羽に焦点を当てた。
「そんなことはありません。直接、皇子に関わることではなくて……呪いは皇帝陛下にかけられたというんです」
「皇帝陛下に?」
「ええ。上人は不死身です。アルカナ・ワールは抹殺されたと聞きます。ロード・タロは永遠を破棄できる力を持ち、実際にそうして見せました。呪いは、皇帝陛下を抹殺できる唯一の力が生み落とされたことです。それを手に入れれば皇帝陛下を倒し、このシュプリムグッドの支配者となれるという噂が広まっているんですよ」
 確かに、呪いはローエン皇帝に向けられたもので、直接ヴァンフリーに関わることではなかった。親子である以上、無関係ともいえない。
 よく考えると、矛盾もある。なぜ、タロが永遠を破棄できる力を持つのなら、怒りの矛先、ローエンへと直截に及ばなかったのか。
 それに、ペンタの言葉にも引っかかった。
「生み落とされたっていうのは、力が武器ではなくて人ってこと?」
「どうなんでしょう。噂ですから。生み落とされたという言葉がまかり通っていることは確かですけど。もし、支配者が変わるとして、新たな皇帝はいったいどんな方になるんでしょう」
 ペンタは不安そうにつぶやいた。
 一方で凪乃羽は、いろんなことが繋がって一つになる、その一歩手前まで来ているのに完成しない、そんなもどかしさを覚えていた。
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