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第4章 二十三番めの呪縛

4.

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「なんだか可笑しい」
 凪乃羽がそう漏らすと、再び隣に座ったヴァンフリーは片方の眉を跳ねあげるように動かした。凪乃羽はちょっと笑みを漏らして、その理由を話しだす。
「人前で見せつけるなとか、憶えてろっていう捨て台詞とか、ドラマなんかで安っぽい悪人たちがよく云ってた言葉でしょ。世界は違っても人の生態って変わらないんだなぁって、ヘンなところで感心してるの。可笑しくない?」
「確かに」
 ヴァンフリーは相づちを打ったあと、吹くような笑みを漏らした。
「ヴァン、さっきの人が云ってた『例のこと』って何? もしかしてアルカナ・ワールがいなくなったせいで、いまみたいな乱暴な人たちが多くなったってこと? それで人が少ないってことなの?」
「ああ。民の統制が利かなくなったんだろうな」
「民の統制って、アルカナが統制しているわけじゃないの?」
「そういう面倒なことをアルカナがやると思うか? ワールによる秩序の発動が民によって継続されていたにすぎない。そうやって、アルカナの存在は制御にはなるが、統制には口を出さない。現にワールがいなくなったことの結果がこれだ。凪乃羽が云ったんだろう、神はわがままで慈悲深くないと。陳情はエロファンが聞き遂げるが、エロファンにしろ、それは退屈しのぎだ」
「退屈しのぎ?」
「おまえの国ではなんと云った……他人の不幸は蜜の味、か?」
「……アルカナ・エロファンは相談を楽しんでるの? このまえ追い払ったときは役目を放りだしてるって云ってませんでした? 楽しんでるなら放りださないと思うけど」
「エロファンはそれよりも、いまは凪乃羽に興味を持ってる」
「アルカナ・エロファンが? わたしに?」
「その反応はなんだ。まさか喜んでいるんじゃないだろうな」
 凪乃羽のびっくり眼を見てヴァンフリーは顔をしかめた。凪乃羽はさらに目を丸くする。
「喜ぶって……普通に驚いてるだけです」
「そうあるべきだ」
 押しつけがましい云い方だ。
「わたし、自己評価はそんなに高くないから、興味と恋を混同したりはしません。ヴァンがわたしに関心を持って、こうなってることもよくわからないくらい」
 喜ぶという言葉の根拠を考えればそういうことだろうと思って云ってみると、ヴァンフリーもまたよくわからないといったふうに首を横に振る。
「おまえは自分の価値をわかってないからな。それでなくとも、どうにもならないことが起きた」
 ヴァンフリーの言葉の後ろ半分、何が云いたいのか把握できなかったけれど、凪乃羽はそれよりも価値という言葉に気を取られた。森のなかで、ハングから『なぜ』という難題を突きつけられたことを思いだす。
「ヴァン……わたしの価値って?」
 ヴァンフリーには凪乃羽を必要とする理由がある。ハングはそんな不穏な言葉を吐いた。それは『価値』という言葉と合致する気がした。
 ヴァンフリーはふっと笑みを見せる。
「価値までないと思っているんじゃないだろうな。少なくともおれにとっては価値がありすぎる」
 凪乃羽にはそれこそ“すぎる”言葉だ。それが本心なら、という前提があれば。
 つい先刻、答えるまえの笑みすら、『価値』という言葉を無価値にするための時間稼ぎのようにも感じた。
 簡単に猜疑心が植えつけられたのは、凪乃羽が自信に欠けている証拠だ。ラビィのようになるには程遠い。もっとも上人を羨むなど不毛だ。
「よくわからないけど、アルカナが道楽主義っていう裏付けは取れました」
「よほどの問題以外、上人が民に干渉することはない。民のなかからりすぐられた貴族たちによって統制されている」
 道楽主義という烙印をおもしろがりつつ、そう説いたヴァンフリーだったが、直後に首がかしいだ様は懸念を示す。
「また戻ったな」
「戻った? なんのこと?」
「おまえの機嫌だ。何がそうやっておまえの機嫌を損ねている?」
 ヴァンフリーは凪乃羽をよく見ている。それはなんのためだろう。
「まだ……地球のことを引きずっているだけ。……たまにだけど」
 気に喰わないといったヴァンフリーを見て、凪乃羽は付け加えると笑ってごまかした。
 長い吐息をこぼしつつ、ヴァンフリーはゆったりと首を横に振る。
「時間を経るしかないんだろうが……」
 理解を示しながら慮った声音で云い、しばらく考えこんでいたヴァンフリーはやがておもむろに立ちあがった。
「気分を変えよう」
 ヴァンフリーは凪乃羽の手を取り、立つように促した。
「どこかに行くの?」
「衣装の調達だ。目移りするくらい生地や衣装のそろった店に連れていってやる。おれが選んでやるよりも、自分で選ぶほうが楽しみも増すだろう?」

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