皇子は愛を秘匿できない~抱き溺れる愚者~

奏井れゆな

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第3章 恋に秘された輪奈

16.

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「そうだよ、あれが皇帝と皇帝に言いなりの上人たちが住むアルカヌム城だ」
 サンの口調は軽蔑すらこもっていそうに皮肉たっぷりで、アルカヌム城を睨めつけた。
「言いなりの上人って……アルカナ・ラヴィのお母さんは皇帝の妹だから、一緒に住んでいてもおかしくもないと思うけど。お城は大きいみたいだし……。あ、アルカナ・エロファンも言いなり?」
「エロファンは言いなりというよりは、のらりくらりやってる。父親のキャリオットは治安の指揮官だし、母親のストンは生き物使いで食物しょくもつを統べる。エロファンは民の声を聞く。エロファンの一家は下界と皇帝の橋渡し役だから、必然的に傍に置かれる」
 キャリオットは七番の戦車、ストンは八番のパワーということはヴァンフリーから聞いている。ヴァンフリーの母親、エムが三番の女帝で、最初の日に名だけ耳にしたジャッジは二十番の審判でアルカヌム城に住んでいることも聞いた。ジャッジは滅びと、そして相反する再生を担う。
 そして残るアルカナは三人だ。十一番の正義のジャスティンは民の罪を裁く上人であり、十三番の死神のデスティは民に紛れこむ闘いの達人、そして十五番の悪魔、デヴィンは下界の堕落と罪を見いだす眼を持つという。この三人のなかでアルカヌム城を住み処としないのはデスティのみだ。
 凪乃羽が実際に会った上人は半分にも満たない。
「じゃあ、お城を出たヴァンは皇帝の言いなりじゃないってこと?」
「皇子は気まぐれだから」
 スターはなぜか得意そうに云う。
「皇子はシュプリムグッドにとってのなんの役目もなんの責任も負ってない。さっき云ったけど、皇子を怖れて皇帝がわざと権限を持たせないのかもしれないし、単にあとから生まれたから成長したときはもう役目が何もなかったということかもしれない」
 ムーンは肩をそびやかす。やはり皮肉っぽく感じられ、つまり、フィリルのことで皇帝は相当の反感を買っているのだ。
「それにいまはもう、ヴァンフリーが皇帝の言いなりになるはずがない。フィリルがいなくなったんだから」
「どういうこと?」
「ヴァンフリーはフィリルが好きだったんだ。だからここから近い向う側にウラヌス邸を建てた」
「そう! 皇子はタロ様には敵わなかったけど、フィリルとはわたしたちみたいに仲が良かったの」
「サン、スター、それは皇子に口止めされたことだろう?」
 ムーンが咎めると、スターは賛同しかねるといった面持ちで首をかしげた。
「フィリルもタロ様もいなくなって、どんな問題があるの?」
 答えに窮したムーンを尻目に、凪乃羽は何かが胸に痞えたような気分に陥った。
 フィリルを好きだったなど、ヴァンフリーの口から聞いたことはない。いや、好きだったという過去の産物ではなく、いまも好きだという生きた気持ちだったら。
 ヴァンフリーが脳裡に浮上する。まったく大したことのない症状にもかかわらず、“人探し”を中断してまで、ヴァンフリーは甲斐甲斐しいほど凪乃羽の世話を焼いた。心底から心配していなければセギーたちに任せればすむことだ。
 疑心暗鬼になってしまうのは恋いしているゆえの嫉妬にすぎない。
「それはまあ……皇子がタロ様からフィリルを奪おうとしていたわけでもないし……」
「かわりにヴァンフリーには凪乃羽が現れた」
「本当にフィリルはいなくなったんでしょうかねぇ……」
 ムーンの曖昧な返答に重ねるようにサンが云い、そのサンの言葉に釣られたように凪乃羽を見つめてランスが嘆いた。すると、上人たちは一様に顔を曇らせる。
「凪乃羽、お城見て気がすんだ? 皇子が探しにくるまえに戻らないと」
 ムーンが淀んだ空気を一掃するように話を方向転換した。
 胸の痞えが取れた気はしないけれど、むしろ不快さが胸の辺りにはびこった気がするけれど、凪乃羽はそれを振り払うようにうなずいた。
「それが賢明でしょう。デヴィンの眼に見つかるまえに」
 タワーもまた深くうなずいて、凪乃羽に向かい、手で招くようにしながら引き返すよう促した。
「フィリルはここに住んでいたの?」
 子供たちの会話を思い返しながら凪乃羽は訊ねてみた。
「ここというよりもあの崖のこっち側だ。森のなかにいた」
 サンは岩の壁を指さし、それから凪乃羽たちがやってきた森を指さした。
「さっきウラヌス邸は向う側って云ってたけど、そんなに遠回りした?」
 見渡すかぎり岩壁は続いているのに、そこまで歩いてきた覚えはない。真面目に問うたはずが、スターは戯れ言を聞いたかのようにくすくすと笑いだした。
「凪乃羽、皇子から聞いたでしょ。わたしたち、悪戯ができるのよ。“悪戯”を便利に使ったら、森のなかを近道できるの」
 そう聞いて驚くよりも、そうなんだと受け入れられるあたり、凪乃羽がここに来てまだひと月にも満たないけれど、シュプリムグッドに、あるいは上人に慣れてきたのだろう。
 森のなかに入って、どう近道をするのか気に留めながら歩いていると、凪乃羽はふと目の隅になんらかの影がよぎったのを捉えた。
 以前にもこういうことがあった。ヴァンフリーがはじめて凪乃羽を森に連れてきてくれた日だ。そのときは、動物だろうと思ったけれど――
 ガサッ。
 木の葉を掻き分けるような音がした刹那、ヴァンフリーと同じくらい、がたいのある男が現れた。
「ハング!」
 ならず者。そんな言葉の似合う、古びた服にくたびれた革のブーツを履き、そして腰に引っかけるように巻いたベルトには剣を差した恰好の男は、ムーンによって凪乃羽が知った名で呼ばれた。
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