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第3章 恋に秘された輪奈

14.

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 永遠の子供たちの案内に任せ、森のなかでも、さえぎる木々がなくすっぽりと空まで抜けた場所にやってきた。そこで、待ちかねていたように突如として姿を見せたのは、十四番のランスと十六番のタワーだった。
 ふたり――といっていいのかどうか、彼ら――もしくは“彼女ら”か、精霊のふたりの共通点は髪が長く中性的で、静かな気配を纏っていることだ。
 ただ自己紹介のまえに、こんにちは、と声をかけた凪乃羽にしっかりと目を留めた彼らは、とたんにめったに見ないものに巡りあったかのような顔になった。すっと背が伸びあがるしぐさは、怖じ気づいて躰を引いたようにも見えた。
 ひょっとしたら凪乃羽の態度を失敬だと感じているのかもしれないと思ったすえ、無礼でしたらすみません、と謝りかけた凪乃羽を彼らは素早く手を上げて制すると、互いに気取る必要はないでしょう、と友好的に微笑みかけた。
 そうして名乗り合ったあと何か云いたそうにした彼らは、子供たちの、早く! という催促によって開きかけた口を封じられ、そして、六人は珈琲の種をあるだけ撒いた。種蒔きをした場所をかがみこんで囲むなか、ランスとタワーは立ちあがって両手を広げた。
 タワーは気を操る禍の力を利用して、暑さを好む珈琲のために熱をもたらし、命を司るランスは芽吹く手助けをする。
 子供たちに二回めに会ったとき、珈琲の木を育てたいけれど適したところはないかと相談してみたら、精霊の力を借りようと提案してくれた。その提案に甘えたのは、急速に育てるためではなく枯れないようにするためだ。種はこれだけしかない。
 シュプリムグッドにやってきて以来、ヴァンフリーを当てにしてばかりで凪乃羽は何もできていない。ましてや、くしゃみひとつで病気だと心配させる。ヴァンフリーにとって凪乃羽は荷物としか云い様がなく、おかえしに何ができるだろうと思ってきた。ヴァンフリーは大の珈琲好きだ。自家栽培をして、この世界にない、珈琲が飲めるようになったら喜んでくれるだろう。
 あの日、滝つぼを通過したのは一瞬のことだったのか、バッグは濡れても中身への影響は少なく、密閉袋に入った珈琲の種はなんの被害もなかった。
 いくら母親だからといって知未がこんなふうに娘の役に立つことを見越して珈琲の種を渡したとは思わないけれど、無意識のうちに勘が働いていて、きっとそれが親子なのだろう。
「凪乃羽、悲しいの?」
 スターが凪乃羽を覗きこんだ。
「え?」
 不意打ちの問いかけに面食らっていると、スターは凪乃羽の目もとに手を伸ばしてくる。小さな指先が近づいて、思わず目をつむると目頭から雫がこぼれ落ちる。それが涙だと気づくのに時間はかからず、凪乃羽は目を開いてごまかすように笑った。
「大丈夫。お母さんと会えなくなって……どうしてるか、生きてるかもわからなくてさみしくなったみたい。もう子供じゃないのに、ちょっと恥ずかしい」
 すると、ランスとタワーが広げていた手をおろし、凪乃羽に目を向けた。
「“お母さん”とはだれです?」
 首を傾けて黒と銀という色のまだらな髪を揺らしながら、タワーはほぼ無表情で訊ねた。その向かい側に立つランスが息をひそめた様子で凪乃羽を見守っている。
 そんな彼らを見て、触れてはいけない話だったのかもしれないと気づいた。ヴァンフリーから愚かなふりをしろと忠告されていたのに、油断して忘れていた。
 ごまかすにはなんと答えようと考えるさなか、ふと凪乃羽はタワーの問い方をいびつに感じた。
 母は母であり、例えば知未だと特定して答えたところで、会ったことのないタワーにとってはわからないまま終わることだ。逆に、タワーは“だれ”かをすでに特定していて、それを凪乃羽の答えによって確信を得ようとしているのではないか。けれど、そんなはずはない。
 ヴァンフリーは森に棲む上人に悪意を持った者はいないと云っていたけれど、別の世界から来たことを打ち明けていいとは云っていない。凪乃羽は確認しておけばよかったと後悔した。
「お母さんはわたしを産んでくれた人。ここに来て離れ離れになったから、元気かどうかもわからなくて」
 もしかしたら精霊は上人といえども最初から精霊で、例えば、木の幹を切ったら赤ん坊が出てきたとか、滝つぼに落ちてきた果実を割ったら赤ん坊が出てきたとか。それだったら“お母さん”という存在とは無縁でもおかしくない。
 凪乃羽はそう考えて云ってみると、タワーはわずかに顔を引く。聞きたかった答えとは程遠いといった、困惑した気配だ。
「凪乃羽、念のために云いますが、人間の営みはひととおり存じてます。凪乃羽のお母上がご存命なのか、どこにいらっしゃるのか、それを知りたかったのですが」
「あ……あの……」
 答えを探して躊躇している間、タワーもランスも、加えて子供たちも凪乃羽を必要以上に見つめている気がした。その視線は熱、あるいは切望がこもっているようにも感じる。
 なんだろう。
 さっきまで純粋に楽しかったのに、急に不安になって心細い。そのせいか、胸のあたりに不快感を覚えて、軽い吐き気まで生じた。
「わたしは国の外れから来たんです。ヴァンフリーと会うまで、わたしが住んでいるところが国の外れってこともわかってなくて……母もそこにいました」
「いまはわからないと?」
「でも、母はきっと生きてます」
 断言したのは、凪乃羽の切実な願望の表れだった。
 そして、希望にすぎない言葉であり、縁もゆかりもないはずが、凪乃羽の気持ちが伝染したのか、タワーとランスもまた希望を持ったような面持ちでうなずいた。
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