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第3章 恋に秘された輪奈

12.

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 子供たちは無言で、それは目で会話をしているように見えた。ヴァンフリーが消えてしまうという現象をたったいまこの目で実体験したばかりであり、子供たちは“見える”のではなく実際に超能力――まさに神通力をもってして、無言で会話をしているとしても不思議ではない。
 見守っていると、子供たちはまもなく息ぴったりで凪乃羽に目を向けた。
「善良な人は、神から力を授かってる。それが開花するときがきっと来るってことだよ」
 ムーンは仕切り屋らしく、何事もなかったように、もしくは何事もなかったことにしたのか、もっともらしく云った。
「善良な人って曖昧な気がするけど、『神』ってタロ……様のこと?」
 凪乃羽は呼び捨てにしようとして敬意のなさに気づき、敬称をつけた。
「そうだよ」
「でも、いまはいらっしゃらないんでしょう?」
「いるよ」
「……え? ……あ、ヴァンは消えたって云ってた。アルカナ・ワールのことは抹殺されたって云ってたけど。だから、ロード・タロはどこかにいるってこと? もしかして居場所を知ってるの?」
 ヴァンフリーがまえに教えてくれたことを思いだしつつ、湧いてきた疑問を続けて投げかけると、子供たちは困ったふうでもなく、返事よりもさきに首を横に振った。
「ロード・タロがどこかにいるのは確かだけど、居場所は知らないよ」
「じゃあ、ロード・タロが出ていらっしゃるまで、わたしは善良な人間であっても目覚めないってこと?」
 真剣に訊ねたわけではなかったけれど、子供たちはそう受けとったようで、困ったように首をかしげた。
「僕たちに云えるのは、ロード・タロが呪いを残して消えたってことだ」
「呪い?」
「そう! ハーミットが云ってたの」
「ハーミット? アルカナ・ハーミット? 何番の人?」
「九番だよ。ハーミットは預言者なんだ。いつもどこかに隠れてて、探しても見つからないけど、森のなかでばったり会うってこともあるかもしれない」
 九番は確か隠者だと記憶している。そのとおり、人を避けて暮らしているのだろう。
「ねぇ……」
「凪乃羽、お話は飽きちゃったわ。早くタワーのところに行かなくっちゃ! 皇子には内緒にしたいんでしょ?」
 呪いとは何か、教えてもらおうと思ったのに、スターははぐらかしたのか、本当に無邪気に云ったのか、凪乃羽はさえぎられた。ただし、スターの云うことももっともで、あとで聞きだせばいい。
「そうね。連れていって」
 行こう、と口々に云い、子供たちは先立って歩きだした。
「凪乃羽、病気してたって本当か?」
 サンは疑ってでもいるのか、後ろ向きに歩きながら凪乃羽に問いかけた。
「本当。でも、正確にいえば、ヴァンに病気にされてただけ。あ、誤解しないで。ヴァンはサンたちにわたしを会わせないようにしたわけじゃないから。滝つぼに落ちて風邪を引きかけたの。それを大げさに心配してた」
 三人はそろって顔をしかめた。
「風邪なんて、泥を食べておなかを壊すよりずっとマシな病気だ」
「鞭で打たれるよりずっとマシだ」
「売られるってわかってて、ロープで繋がれてるよりずっとマシ」
 サン、ムーン、スターと順にその口から出てきたことは、どれも凪乃羽が経験したことのない悲惨さだ。
「もしかして、そういうときがあったの?」
 例えがあまりに具体的で、凪乃羽が確かめてみると子供たちは一様にうなずいた。
「上人なのに苛められたの?」
「違う。僕たちが上人じゃなかった頃の話だよ」
 それは意外な言葉だった。凪乃羽は目を丸くして口を開く。
「上人は上人として生まれたんじゃないの?」
「ううん。はじめは僕たちも普通に下界に住む人間だった。ロー……皇帝が僕たちを上人にしてくれたんだ」
「皇帝は、昔はやさしかった。だから、ロード・タロは自分の力を皇帝に分け与えたんだ。きっと」
「力って、どんな力?」
「永遠の命と、それを人に授ける力だ。反対に奪うこともできるって聞いてるけど」
「実際に奪われた上人はいないの。だから、本当かどうかはわからないわ」
 サンのあとを継いだスターは肩をすくめた。
 最初に子供たちに会った日、サンは皇帝から永遠の命をもらったと云っていけれど、それは比喩でもなんでもなく、そのままのことだったのだ。皇帝は子供たちの遊び相手にもなっていた。凪乃羽は夢の中のローエン皇帝を思い起こしたけれど、あの仕打ちと子供たちの話は同じ人の話とはどうにも思えない。
「フィリルはどこに住んでいたの?」
 凪乃羽としては充分に繋がりは会ったのだけれど、子供たちにとっては、質問は唐突に聞こえたのかもしれない。三人はぴたりと足を止めた。
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