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第3章 恋に秘された輪奈
7.
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森に入ると木漏れ日のなか、ヴァンフリーはどんどん奥へと入っていく。
日陰が多くなり、気温が下がるかと思いきや、どこまで進んでも安定して心地が良い。さわさわと風に葉が揺れる音は癒やしだ。おまけに木漏れ日が揺れて幻想的であり、神聖さを醸しだす。
「疲れていないか」
ヴァンフリーは顔を傾けて凪乃羽を窺う。
「平気。はじめての場所だから、きついよりも楽しいほうが勝ってる。森のなかなんて、学校で行ったキャンプを除けば、めったに行くことなかったし……あの撮影の仕事で行った渓谷も久しぶりだった……」
何気なく云っているうちに声は細く消え、散歩を楽しんでいた気持ちが急速にしぼんでいった。
ヴァンフリーまでもが、凪乃羽の曇った顔を見てしかめ面になる。
「ここがおまえの住む世界だ。おまえたちの世界で云う、抗えない“運命”だろう」
「運命っていう言葉はあるけど、それを受け入れられるかどうかは別のことだから。ヴァン……ほんとに地球にはだれも生きてる人はいないの?」
「何度訊かれようが答えは同じだ」
素っ気なくさえ聞こえるほどあっさりと肯定され、歩いていた足が止まりかける。そのとき。
「皇子!」
と、幼い声が木々の間を縫って響いてきて、そして木や落ち葉を踏むような足音がいくつか混じって近づいてくる。
こんなところに子供?
そんな疑問が浮かんだ次には、森のなかにも住人がいるのかもしれないと思い至った。そうあっても少しもおかしくない。
ヴァンフリーに倣って足を止めると、待つまでもなくその姿が現れた。
男の子が二人と女の子が一人――と凪乃羽が判断したのは、緩い服にふくらはぎ丈のズボンを穿いた子が二人、膝丈のチュニックワンピースを着た子が一人という組み合わせだからだ。顔つきは子供にありがちで中性的であり、凪乃羽の感覚だと五歳前後だけれど、気配はもう少し大人びて見える。
「スター、ムーン、サン」
まるで教師が出席を取るように、ヴァンフリーが呼びかける。そのたびに、最初は橙色の髪がくるくるした女の子、次に金髪のマッシュルーム頭の男の子、最後に赤くて短い髪をつんつんと立てた男の子が、ハイ! と手を上げる。
そうして凪乃羽は気づいた。三人の子供たちがカードに存在する名前であること、つまり子供たちは上人だ。それだけではない。上人はそれぞれに髪の色を持っていて、もしかしたら下界に住むという人々はセギーと同じでみんな髪が黒く、識別のための色を持たないのだ。だから凪乃羽も、上人ではなくともこの世界の住人だと偽っても疑われなかった。
一方で矛盾することにも気づいた。
「何か変わったことはないか」
「ないよ」
ヴァンフリーの質問に、三人は声をそろえて答えた。首を振るしぐさも寸分の狂いもなく一致していて、思わず凪乃羽は笑った。顔は似ていないし、男の子同士も背丈も体格も違うし、三つ子というわけではないだろうに、気の遠くなるほど長く一緒にいると、自ずと阿吽の呼吸となるのか、可愛い、と飛びだしそうになった言葉は上人に対して失礼かもしれず、すんでのところで呑みこんだ。
「ヴァンフリー、この人だれ……」
サンが質問をしかけて言葉を止め、すると、首が落ちそうなくらいサンは首をかしげた。やはり同じように首をかしげた女の子が何かに感づいた様子で目を丸くし、顔を起こすなり口を開いた。
「あ! この人、――」
「スター、皇帝が聞き耳を立てていたらどうする?」
ヴァンフリーは、叫ぶように云いかけていたスターをさえぎり、諭すように問うた。
スターは両手を重ねて口をふさぎ、その上から、ムーンとサンの手も重ねられる。すると、スターは不機嫌そうに、逆に自分の手を口から放ち、伴ってふたりの手を振り払った。
「苦しいじゃない!? わたしを窒息させる気?」
「死ぬわけじゃないだろ」
「サン、ひどい! 闇に連れていかれちゃえばいいのにっ」
「おれは光だ。おれがいなくなれば闇もなくなるけどな」
「サン、死ななくても苦しいんだってことはわかってるだろ」
「うるさい。闇がなくなったら、ムーン、おまえもスターも輝けなくなるんだ。わかってるだろ」
「そうなったら、サン、おまえは独りぼっちだな」
それでいいのか? 子供たちの間に割って入ったヴァンフリーは声には出さなかったが、そう云いたそうに太い首がかしいだ。
「そうなればいいってスターが云ったんだろ。おれは独りぼっちになりたいわけじゃない!」
「だそうだ、スター、ムーン。サンも仲直りできるだろう?」
ヴァンフリーの言葉を受けて三人は顔を見合わせる。
先刻の口をふさぐしぐさは凪乃羽からすれば滑稽で笑えたのに、それがけんかに発展するとは思わず、大丈夫だろうかと案じていると、子供たちは意外にもあっさりと笑い合った。
「わかった」
三人は同時に応じて、この人の名前は? と凪乃羽を見て改めてヴァンフリーに問いかけた。
「凪乃羽だ。森のなかに来たときは歓迎してくれるだろう?」
「もちろん!」
その答えを聞いてヴァンフリーは凪乃羽を見やった。
「だれがだれだか、わかるな?」
「うん。アルカナ・スター、アルカナ……」
「凪乃羽、アルカナは面倒くさいよ!」
ムーンは三人を代表して云ったのだろう、首を横に振るのは三人ともがそうしている。
「はい。スター、ムーン、サン、よろしくね」
「もちろん!」
ヴァンフリーに応えたときと同じように子供たちは受け合った。
「ありがとう」
凪乃羽はヴァンフリを見上げて首をかしげた。
「なんだ?」
「ヴァンはさっき上人のなかでは自分がいちばん若いって云わなかった? この子たちのほうがずっと幼いのに」
「僕たちは“永遠の子供”なんだ」
ヴァンフリーが凪乃羽の疑問をおもしろがっているうちに、サンが答えた。
「永遠の子供?」
「うん。ずっとずっと昔は、皇帝も親切でやさしかったんだ」
日陰が多くなり、気温が下がるかと思いきや、どこまで進んでも安定して心地が良い。さわさわと風に葉が揺れる音は癒やしだ。おまけに木漏れ日が揺れて幻想的であり、神聖さを醸しだす。
「疲れていないか」
ヴァンフリーは顔を傾けて凪乃羽を窺う。
「平気。はじめての場所だから、きついよりも楽しいほうが勝ってる。森のなかなんて、学校で行ったキャンプを除けば、めったに行くことなかったし……あの撮影の仕事で行った渓谷も久しぶりだった……」
何気なく云っているうちに声は細く消え、散歩を楽しんでいた気持ちが急速にしぼんでいった。
ヴァンフリーまでもが、凪乃羽の曇った顔を見てしかめ面になる。
「ここがおまえの住む世界だ。おまえたちの世界で云う、抗えない“運命”だろう」
「運命っていう言葉はあるけど、それを受け入れられるかどうかは別のことだから。ヴァン……ほんとに地球にはだれも生きてる人はいないの?」
「何度訊かれようが答えは同じだ」
素っ気なくさえ聞こえるほどあっさりと肯定され、歩いていた足が止まりかける。そのとき。
「皇子!」
と、幼い声が木々の間を縫って響いてきて、そして木や落ち葉を踏むような足音がいくつか混じって近づいてくる。
こんなところに子供?
そんな疑問が浮かんだ次には、森のなかにも住人がいるのかもしれないと思い至った。そうあっても少しもおかしくない。
ヴァンフリーに倣って足を止めると、待つまでもなくその姿が現れた。
男の子が二人と女の子が一人――と凪乃羽が判断したのは、緩い服にふくらはぎ丈のズボンを穿いた子が二人、膝丈のチュニックワンピースを着た子が一人という組み合わせだからだ。顔つきは子供にありがちで中性的であり、凪乃羽の感覚だと五歳前後だけれど、気配はもう少し大人びて見える。
「スター、ムーン、サン」
まるで教師が出席を取るように、ヴァンフリーが呼びかける。そのたびに、最初は橙色の髪がくるくるした女の子、次に金髪のマッシュルーム頭の男の子、最後に赤くて短い髪をつんつんと立てた男の子が、ハイ! と手を上げる。
そうして凪乃羽は気づいた。三人の子供たちがカードに存在する名前であること、つまり子供たちは上人だ。それだけではない。上人はそれぞれに髪の色を持っていて、もしかしたら下界に住むという人々はセギーと同じでみんな髪が黒く、識別のための色を持たないのだ。だから凪乃羽も、上人ではなくともこの世界の住人だと偽っても疑われなかった。
一方で矛盾することにも気づいた。
「何か変わったことはないか」
「ないよ」
ヴァンフリーの質問に、三人は声をそろえて答えた。首を振るしぐさも寸分の狂いもなく一致していて、思わず凪乃羽は笑った。顔は似ていないし、男の子同士も背丈も体格も違うし、三つ子というわけではないだろうに、気の遠くなるほど長く一緒にいると、自ずと阿吽の呼吸となるのか、可愛い、と飛びだしそうになった言葉は上人に対して失礼かもしれず、すんでのところで呑みこんだ。
「ヴァンフリー、この人だれ……」
サンが質問をしかけて言葉を止め、すると、首が落ちそうなくらいサンは首をかしげた。やはり同じように首をかしげた女の子が何かに感づいた様子で目を丸くし、顔を起こすなり口を開いた。
「あ! この人、――」
「スター、皇帝が聞き耳を立てていたらどうする?」
ヴァンフリーは、叫ぶように云いかけていたスターをさえぎり、諭すように問うた。
スターは両手を重ねて口をふさぎ、その上から、ムーンとサンの手も重ねられる。すると、スターは不機嫌そうに、逆に自分の手を口から放ち、伴ってふたりの手を振り払った。
「苦しいじゃない!? わたしを窒息させる気?」
「死ぬわけじゃないだろ」
「サン、ひどい! 闇に連れていかれちゃえばいいのにっ」
「おれは光だ。おれがいなくなれば闇もなくなるけどな」
「サン、死ななくても苦しいんだってことはわかってるだろ」
「うるさい。闇がなくなったら、ムーン、おまえもスターも輝けなくなるんだ。わかってるだろ」
「そうなったら、サン、おまえは独りぼっちだな」
それでいいのか? 子供たちの間に割って入ったヴァンフリーは声には出さなかったが、そう云いたそうに太い首がかしいだ。
「そうなればいいってスターが云ったんだろ。おれは独りぼっちになりたいわけじゃない!」
「だそうだ、スター、ムーン。サンも仲直りできるだろう?」
ヴァンフリーの言葉を受けて三人は顔を見合わせる。
先刻の口をふさぐしぐさは凪乃羽からすれば滑稽で笑えたのに、それがけんかに発展するとは思わず、大丈夫だろうかと案じていると、子供たちは意外にもあっさりと笑い合った。
「わかった」
三人は同時に応じて、この人の名前は? と凪乃羽を見て改めてヴァンフリーに問いかけた。
「凪乃羽だ。森のなかに来たときは歓迎してくれるだろう?」
「もちろん!」
その答えを聞いてヴァンフリーは凪乃羽を見やった。
「だれがだれだか、わかるな?」
「うん。アルカナ・スター、アルカナ……」
「凪乃羽、アルカナは面倒くさいよ!」
ムーンは三人を代表して云ったのだろう、首を横に振るのは三人ともがそうしている。
「はい。スター、ムーン、サン、よろしくね」
「もちろん!」
ヴァンフリーに応えたときと同じように子供たちは受け合った。
「ありがとう」
凪乃羽はヴァンフリを見上げて首をかしげた。
「なんだ?」
「ヴァンはさっき上人のなかでは自分がいちばん若いって云わなかった? この子たちのほうがずっと幼いのに」
「僕たちは“永遠の子供”なんだ」
ヴァンフリーが凪乃羽の疑問をおもしろがっているうちに、サンが答えた。
「永遠の子供?」
「うん。ずっとずっと昔は、皇帝も親切でやさしかったんだ」
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