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第1章 恋は悪夢の始まり
13.
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*
狭いながらも2LDKという間取りのアパートには自分の部屋ある。凪乃羽が部屋から出ると、知未がテレビに見入っていた。
「お母さん、どうかした?」
テレビの音声に耳を傾けつつ、凪乃羽は知未に声をかけた。テレビはちょうど『それでは次に』と気を取り直したような声で話題を変えて、結局は聞きとれなかった。
「アメリカに巨大ハリケーンが二つも上陸するっていうニュースなんだけど」
「え、昨日のニュースはフィリピンと中国にすごい台風が来そうって云ってなかった?」
「そうよ。アフリカは原因不明の伝染病、オーストラリアは寒波、東南アジアは熱波に干ばつ、中東では砂嵐、あんまり自然災害って聞かないヨーロッパもロシアも豪雨があちこちで発生してるっていう話。よりによって同じときに一度に起こるってどういうことかしら」
「そういうこと、深刻に考えてもなんにもならないよ。神様じゃないんだし」
知未があまりに深刻そうにしているから――いや、実際に被害に遭うことを考えると深刻にしなければならないのだろうが、心配をしすぎてもいい方向には進まない気がして、凪乃羽は軽い調子で云ってみた。にもかかわらず、知未は何か気にかかることが増えたかのようにますます眉間にしわを寄せた。
「お母さん?」
「神様、って……」
そうつぶやいた知未は、まるではじめて聞いた言葉のような反応をしている。もしくは心当たりがあるような――
――とそこまで考えて、神様に心当たりがあるはずはなく、凪乃羽は自分に呆れつつ首をかしげた。
「神様がどうかした?」
知未に訊ねかけても心ここにあらずといった様子で反応がなく、凪乃羽は、お母さん、と再び呼びかけた。
知未はハッとして我に返り、次には、「いまなんの話をしてた?」と、考えこんでしまう。すぐさまぴんと来た様子で――
「あ、災害の話だった。とにかく、残りは日本ていう感じだから気をつけなくちゃ」
避難用具チェックしておくべきね、と独り言のように知未は続けた。
知未は何が気にかかったのだろう。心配になったものの、スヌーズ機能を解除し忘れていたスマホのアラームが鳴りだして、今度は凪乃羽がハッとする。
「お母さん、大丈夫? わたし、もう出ないと間に合わないんだけど」
「大丈夫って? 心配性になってるかもしれないけど大丈夫よ。奥多摩の渓谷に行くんだったわね。落ちて流されないように、それとお天気に気をつけなさいね」
「天気いいって云ってるから大丈夫」
「ああ、そうだ。凪乃羽、肝心なこと!」
凪乃羽の返事にうなずいたのもそこそこに何を思いついたのか、知未は食器棚のところに行くと、引き出しを開けて何かを取りだしている。
「肝心なことって何?」
知未は、これこれ、と云いながら小さな密閉袋を手にして凪乃羽のところにやってきた。差しだされた袋の中に入っているのはコーヒーの種だ。
「古尾先生に、コーヒーをごちそうさせてほしいって伝えてくれない?」
なんとなく知未がヴァンに会いたがっているのは気づいていた。もしかしたら、講師とか雇い主とかいう以上の関係であることを見抜いているのかもしれない。真っ向から云われるとためらってしまうけれど、およそ一カ月前、避妊しなかったことに結果がどう出てもいいと云ったヴァンだ、臆するとは思えない。
「わかった。この種は?」
「コーヒー好きだったら育ててみるのもいいかと思って。日本では育ちにくいけど」
「先生にそんな暇ないと思うけど……」
凪乃羽は云いながら、かわりに自分がヴァンのマンションで育ててみるのもいいかもしれないと思いつく。
「持っていってみる。喜ぶかも」
凪乃羽はリュックにもショルダータイプにもできるバッグの中に密閉袋をしまうと、いってらっしゃい、と知未に送りだされて家を出た。
狭いながらも2LDKという間取りのアパートには自分の部屋ある。凪乃羽が部屋から出ると、知未がテレビに見入っていた。
「お母さん、どうかした?」
テレビの音声に耳を傾けつつ、凪乃羽は知未に声をかけた。テレビはちょうど『それでは次に』と気を取り直したような声で話題を変えて、結局は聞きとれなかった。
「アメリカに巨大ハリケーンが二つも上陸するっていうニュースなんだけど」
「え、昨日のニュースはフィリピンと中国にすごい台風が来そうって云ってなかった?」
「そうよ。アフリカは原因不明の伝染病、オーストラリアは寒波、東南アジアは熱波に干ばつ、中東では砂嵐、あんまり自然災害って聞かないヨーロッパもロシアも豪雨があちこちで発生してるっていう話。よりによって同じときに一度に起こるってどういうことかしら」
「そういうこと、深刻に考えてもなんにもならないよ。神様じゃないんだし」
知未があまりに深刻そうにしているから――いや、実際に被害に遭うことを考えると深刻にしなければならないのだろうが、心配をしすぎてもいい方向には進まない気がして、凪乃羽は軽い調子で云ってみた。にもかかわらず、知未は何か気にかかることが増えたかのようにますます眉間にしわを寄せた。
「お母さん?」
「神様、って……」
そうつぶやいた知未は、まるではじめて聞いた言葉のような反応をしている。もしくは心当たりがあるような――
――とそこまで考えて、神様に心当たりがあるはずはなく、凪乃羽は自分に呆れつつ首をかしげた。
「神様がどうかした?」
知未に訊ねかけても心ここにあらずといった様子で反応がなく、凪乃羽は、お母さん、と再び呼びかけた。
知未はハッとして我に返り、次には、「いまなんの話をしてた?」と、考えこんでしまう。すぐさまぴんと来た様子で――
「あ、災害の話だった。とにかく、残りは日本ていう感じだから気をつけなくちゃ」
避難用具チェックしておくべきね、と独り言のように知未は続けた。
知未は何が気にかかったのだろう。心配になったものの、スヌーズ機能を解除し忘れていたスマホのアラームが鳴りだして、今度は凪乃羽がハッとする。
「お母さん、大丈夫? わたし、もう出ないと間に合わないんだけど」
「大丈夫って? 心配性になってるかもしれないけど大丈夫よ。奥多摩の渓谷に行くんだったわね。落ちて流されないように、それとお天気に気をつけなさいね」
「天気いいって云ってるから大丈夫」
「ああ、そうだ。凪乃羽、肝心なこと!」
凪乃羽の返事にうなずいたのもそこそこに何を思いついたのか、知未は食器棚のところに行くと、引き出しを開けて何かを取りだしている。
「肝心なことって何?」
知未は、これこれ、と云いながら小さな密閉袋を手にして凪乃羽のところにやってきた。差しだされた袋の中に入っているのはコーヒーの種だ。
「古尾先生に、コーヒーをごちそうさせてほしいって伝えてくれない?」
なんとなく知未がヴァンに会いたがっているのは気づいていた。もしかしたら、講師とか雇い主とかいう以上の関係であることを見抜いているのかもしれない。真っ向から云われるとためらってしまうけれど、およそ一カ月前、避妊しなかったことに結果がどう出てもいいと云ったヴァンだ、臆するとは思えない。
「わかった。この種は?」
「コーヒー好きだったら育ててみるのもいいかと思って。日本では育ちにくいけど」
「先生にそんな暇ないと思うけど……」
凪乃羽は云いながら、かわりに自分がヴァンのマンションで育ててみるのもいいかもしれないと思いつく。
「持っていってみる。喜ぶかも」
凪乃羽はリュックにもショルダータイプにもできるバッグの中に密閉袋をしまうと、いってらっしゃい、と知未に送りだされて家を出た。
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