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第1章 恋は悪夢の始まり

12.

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 おなかの奥に古尾が灯した熱は、一向に冷めることなく眠っている間も温かい。躰を覆う重たさも温度も心地よい。ただ、冷めるどころか、体内の熱の温度は高まり、そしてその場所から全身へと行き渡っている。
 んっ。
 かつてない異様な感覚に凪乃羽は喘ぎながら目覚めた。
 身じろぎをしたとたんに、躰の一部みたいになじんでいたものが凪乃羽から分離して存在を主張する。
 躰の下にあったものが引き抜かれ、躰の上からは重みがなくなって、凪乃羽は反射的に躰をよじった。痛みはなくても埋め尽くされているきつさを感じながら、くちゅっとした粘着音を聞きとった。
 ぅくっ。
「どうだ」
 呻いた声に被せるようにして古尾の声がする。
 二度、ゆっくりと瞬きをして目を開けると、すぐ真上に古尾の顔があった。
 ずっと――凪乃羽が眠ったのは一瞬なのか、それとももっと長い時間なのかはわからない。けれど、いまが物足りないくらいに、目覚めるまで重みは感じていたから、古尾はその間、凪乃羽を抱きしめていたのだろう。
「熱いの、躰中……」
 緩慢に吐いた凪乃羽の声にも熱がこもっている。
「どんな感じだ」
「血管の中を……熱湯が流れてる、みたい……融けちゃいそう……」
「それでいい。しばらくしたらなじむ」
「……なじむって……どうなるの? いつも……こう、なるの?」
「いつもじゃない。いまだけだ」
 本当に肉体が融けてしまうのではないかと怖れるほど、痛みすれすれの熱が指の先まで行き届く。それが脳内にも染み渡ってきた。
「頭が……」
「大丈夫だ。どうにもならない。おれが待ちわびていた“おまえ”なら。一体化しているいま、おまえが融けていくならおれもそうなる。だろう?」
  凪乃羽の見開いた目に怯えが走るのを見て、古尾の右手がかばうようにしながら凪乃羽のこめかみから頭を撫でていく。
 古尾の云うとおり、脳が融けだしてしまうくらいの熱なら、熱の発生源で繋がったままの古尾のモノはとっくに融けだしているはずだ。けれど、古尾の形は確かなものとして感じとれている。
 凪乃羽は脳にこれ以上の刺激を与えまいと用心深くうなずいた。
 それを見届けた古尾は顔を近づけ、わずかに斜めにした。凪乃羽に口づけたあと、くちびるを抉じ開けて舌を送りこむ。
 んっ。
 熱いのは舌の先までそうだ。じんじんと痺れた舌は神経が剥きだしになっていて、古尾の舌が絡みついてくると融合しているような錯覚に陥った。
 怖いというよりも、このまま融け合ってしまいたい、そんな恍惚感に占められる。それは脳内が熱に侵され、思考力を失いつつあるせいかもしれない。自分の躰なのに躰という固体の感覚が失われた。あるのは、刺激から生まれる感覚だけだ。
 その刺激――キスから与えられる快味かいみに酔い、凪乃羽はそれだけであっという間に昇りつめた。すべての感覚を快楽と混同しているのかもしれない。それほど不意打ちだった。同時に、脳内の隅々まで熱に融かされ、快楽と入り交じり、そしてはじけた。
 不安定な感覚を繋ぎ止めているものは、くちびると体内のキスだ。短くくぐもった声を聴覚が拾い、直後、熱に塗れた体内にまた熱が合流する。
 すると、その古尾の放った熱が中和剤になったように、凪乃羽の躰から異様な熱が除去されていき、躰の感覚が戻ってきた。古尾の躰までが鮮明に感じとれ、快楽の余韻と熱が取れたことも相まってか、凪乃羽は腰もとを中心にしてぶるっと躰をふるわせた。
 古尾がゆっくりと顔を上げていく。
「どうだ?」
 また端的に同じ言葉で訊ねた。凪乃羽がそうであるように、古尾の呼吸も荒っぽい。
「大丈夫、になったみたい……」
 古尾は不自然なほど長く息をついた。
 安堵のため息だとしたら、どんな心配が解決したのだろう。
「離れるぞ。おれのほうが融かされそうだ」
 揶揄することは忘れず、古尾は凪乃羽の頭をゆっくり撫でてなだめ、手を離して、それから中心を離していった。
 息をつめていた凪乃羽は、古尾が出ていった瞬間に腰をよじり、するととくんと体内から粘液がこぼれた。
 そうして凪乃羽ははたと気づいた。
「先生、避妊して……」
「心配することはない。結果がどう出ようと」
 凪乃羽が最後まで云いきるまえに古尾が答えた。
 どう受けとっていいのだろう。
「それは……妊娠してもかまわないってこと?」
「むしろ、そうあってほしいと云ったら?」
 勇気を掻き集めて訊ねたことにあっさりと返答が来て、その言葉に凪乃羽は目を見開いた。古尾が差しだしてきた手に無意識に自分の手をゆだねる。
 古尾は、喰い入るように自分を見上げてくる凪乃羽を見下ろして、可笑しそうに鼻先で笑いながら手を引っ張って起こした。
「からかわないでください」
「あいにくと、本心だ」
 素直に受けとっていいのなら、凪乃羽にとっては“あいにく”なんてことはない。
 古尾は本気か、それとも平気で甘い言葉を吐けるペテン師か、その二者択一だけで、凪乃羽はどちらか確信が持てずに曖昧に笑ってごまかした。信用していないわけではない、自分が不安なだけだ。
 古尾はそれを見越している。呆れたのか、それとも信用していないと腹を立てたのか、短く息をつく。そうして前にのめったかと思うと、素早く凪乃羽の口の端に口づけて離れた。
「迷うのはいいとしても、おれとおまえは、ただ未来に進むのみだ」
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