皇子は愛を秘匿できない~抱き溺れる愚者~

奏井れゆな

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第1章 恋は悪夢の始まり

8.

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 凪乃羽の手をほどき、古尾は焦点が合うくらいまで顔を上げて彼女を見下ろした。
「なんの限界が来てるんですか」
 さらに疑問を付け加えたのは答えるとは思えなかったからで、一つ聞きたいことを増やしたからといって答えてくれないだろう。果たして凪乃羽のその判断は合っていた。
「いまはどうだっていい」
 古尾は自分で云いだしておきながら自分の都合で答えを避け、そしてベッドにのってくると凪乃羽の躰を跨がった。
 古尾には自敬が見えて、人を心底からは寄せつけないような雰囲気がある。そんな異質さもあってか、こんなふうに見上げた古尾は尊大に大きく見える。
 古尾の手がブラウスにかかり、ハイウエストのワイドパンツから引きだした。
「古尾先生!」
 嫌なわけでもなく、わかっていようが止めようとするのは恥じらいのせいだ。
「ヴァン、だ」
 古尾は眉をひそめて訂正を促し、一方で、被るタイプのブラウスをたくし上げていく。
 キャミソールの下に潜った手がじかに凪乃羽の肌に触れると、ぴくっと躰が反応した。大きな手は躰の脇を添うようにしながら這いあがり、次には腕を這う。必然的に万歳をする恰好になった。
「古尾……」
「なんだと?」
 さえぎった言葉は、独裁の王様並みにこれまでになく横柄な口ぶりで、抵抗するつもりか、と脅しをかけるようだ。
「ヴァン……でいいんですか」
 古尾はわずかに首をひねった。そうだ、と云っているつもりだろうと解釈して凪乃羽は続けた。
「あの、恥ずかしいんです。自分がどう見えるか不安で……その、はじめてなので……」
「そうあるべきだ」
 その言葉が指しているのは『はじめて』という言葉だろうか。
 ブラウスとキャミソールが頭をくぐり抜けて手首まで来ると、古尾は凪乃羽の両手を持ちあげる。手首に巻きついた服を二重にして、そうされた理由がわかならにうちに、凪乃羽の手は頭上に上げられ、その途中で何かに引っかかったように止まった。
 凪乃羽は首を斜めにしながらのけ反らせてそこを見た。ベッドはアンティークなもので、真鍮のベッドヘッドには支柱が両端と真ん中にある。その真ん中の支柱に服が引っかけられていた。自ずと、両手の自由がきかなくなる。
「先生っ?」
「隠そうとする手間も、その恥ずかしいとやらのせいで抵抗する手間も省けるだろう。おまえは受け容れるだけでよくなる」
 古尾はワイドパンツのベルトをほどいた。ボタンを外して下へとずらしていく。凪乃羽は反射的に躰をよじった。
「脚も縛られたほうがラクか?」
 そう云われると、逆らうにもためらってしまう。その間に、下半身も下着ひとつにされてしまった。
 古尾は上体を起こすと、今度は自分の服を脱ぎ始める。
「この国の服は面倒すぎる」
 シャツのボタンを外しながら、古尾は不服そうに云う。
 どこの国で、どんな服装で、古尾は面倒ではない生活をしていたのだろう。そう考えるとつと思い当たる。家の中がシンプルなのはそこだ。古尾はなるべく面倒を省いているのだ。
「ヴァン、て、先生は外国生まれなんですか?」
「そうだ。どこかという話はいまはいい」
 自分の鼓動のうるささと居心地の悪さにもがきながら、凪乃羽が精いっぱいで持ちだした話題はあっさりと断ちきられた。
 ばつの悪さはけれど、古尾のあらわになった躰を見てそっちのけになった。
 男性の躰を見慣れているわけではなく、むしろ父親も兄弟もいない凪乃羽が男性の裸を見るのはプールに入ったときくらいだ。
 いま目の前にあるような強靭さとしなやかさを備えた躰を持っている人は、きっとごく稀だ。肌はべっこう飴のような色合いで艶っぽさが感じられる。顔だけ見て意識したことはなかったけれど、日本人よりは肌の色が濃い。
 見惚れているなか、古尾がベルトを外して、ボクサーパンツごとスーツパンツを脱ごうとしているのに気づき、凪乃羽はとっさに目をつむった。
 古尾が身動きをしてベッドが揺れ、すると腰もとに指が触れて、凪乃羽はパッと目を開いた。ショーツが脱がされようとしている。目を伏せた瞬間、古尾の裸体が目についた。隠す術もなく裸体を晒している古尾より、直視できない凪乃羽のほうが恥ずかしいのはどういうことだろう。
 ショーツが剥ぎとられたあと、不意を打たれ、無防備になった脚が広げられて間に古尾がおさまった。身をかがめて凪乃羽の躰の下に手を潜らせると、胸もとの締めつけが緩む。外したブラジャーは腕を通して手首のところに引っかけられる。
 すべてが古尾の目に晒されて、凪乃羽は身をすくめた。古尾の視線がゆっくりと手首から腕へ、そして肩を通って凪乃羽の顔へとたどり着いた。
 おかっぱといっていいくらいの、ぱっつんとした髪に大きめの目がセットになると神秘的に見えるらしく、その意見が気に入って以来二年、髪型を変えていない。鼻は特徴がないけれど、くちびるは淡い桜色で、ぷるんとしてリップを塗るだけで美味しそうと云われたこともある。
 古尾の目にはどう映るのだろう。玉虫色の瞳はその色によって読みとることが違うのかもしれない。そんなことを思うほど、凪乃羽の顔をつぶさに見ていた。
 その目がすうっと胸もとにおりていく。ただの視線なのに、ふくらみを登りつめ瞳が濁ったように見えたとき、熱線を浴びたようにそこは熱くなっていく。
 胸先に疼くような感覚が集い、不安になって凪乃羽は目を伏せた。仰向けに寝転がっても胸は張りを失うことなく丸くふくらんでいる。ただ、なだらかな桜色の場所が、鳥肌が立つほど寒いときのように、いつになく色濃く尖っている。
「うまそうだな」
 古尾はもともと食べないと云っていたはず。ひょっとして古尾が好んで食するのは、凪乃羽が食物として認識しているものではなく、人間なのかもしれない、そんなばかげたことを思った。
 古尾は身をかがめながら口を開く。そこから舌が覗いた刹那、その感覚を怖れて凪乃羽はできるかぎりで身をすくめた。所詮、なんにもならないしぐさで、古尾はぺろりと胸先を舐めた。
 ん、あっ。
 胸がびくりと跳ねる。
 浮いた背中がベッドに着いたとき、また舐められて背中を浮かした。凪乃羽の反応を楽しんでいるのか、古尾は舌先で片方の胸先だけをなぶり続けた。
 どうにかしてほしい。そんな焦れったさ自体、凪乃羽がその刺激から快楽を感じている証拠かもしれない。
「やっ、せんせっ」
 逃れるべくせりあがろうとすると、古尾は素早く凪乃羽の腰をつかんで制した。
「この反応は嫌とは違うだろう」
 含み笑いながら古尾は顔を上げ、いったん凪乃羽の目に視線を合わせると、思わせぶりに目を伏せていき――その目的地は自分が今し方までいたぶった場所に違いなく、悦に入った口調でからかった。
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