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Intro 廻り廻る運命の輪
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樹海は木々が生い茂り、人の方向感覚を麻痺させて行く先を惑わすが、葉の隙間から光が降り注ぎ、けっして暗いことはない。むしろ、風に揺れる葉によって、光が瞬くようできらきらとした幻想的な空間を醸しだす。
天啓を授かるには最もふさわしい場所かもしれない。
葉のさざめきの下、太い木の幹が円卓となり、地上に這いだした根っこを椅子がわりにして座り、フィリルはいくつもの円が重なった年輪の上にカードを並べていく。
遥か昔に稲魂が落ち、太い木は真っ二つに裂けた。残った根元を精霊たちが磨いて平らにした。以来、ただのカード遊びだったはずが、フィリルがひと度カードを扱えばそれは意思を宿らせて暗示する。
そのうちフィリルは暗示を読み解けるようになり、いまでは天啓として上人に、あるいは民に教え導く役目を担っている。
「二十三番めなんて、タロ様も人間みたいにひねくれ者ね」
フィリルはくすりと笑いながら、一巡して一枚めということは、最初に置いたカードを見ればすむにもかかわらず、順に二十二枚すべてを並べた。
そして、二十三番めのカードをポンと指先で叩く。すると、カードがひとりでに宙に浮いた。フィリルは目を丸くしてそのカードを見た。
いや、不思議なのはカードが勝手に浮いたことではない。それはいつものことだ。けれど、タロが云っていたように、フィリルとタロが関わるかぎり、カードはぴくりとも動かないのだ。それは、フィリルが占い手であり、タロがロードであるせいだと思ってきた。
まるで動かないから、何番めかと問うのは天啓を授かるためではなく、ふたりのお遊びにすぎなかった。
それなのに、いま、どういうことだろう。
フィリルは、真っ青の巨大な星とそれを縁取る光、そして周りには小さな星を散りばめたカードをじっと見つめた。手に取るのをためらうのは、そこに天啓があるからだろう。
天啓を求める者は望んでそれを手にする。切羽詰まった者もいれば、娯楽でやってくる者もいる。身に降りかかるもの、それが不幸であれば幸に転じるよう指し示し、それが幸であれば自戒を促す。
いずれにしろ、覚悟を持ってフィリルのもとに訪れるのだから、いまのフィリルのような怖れはないはずだ。
フィリルはため息をつく。
「タロ様が二十三番めなんておっしゃるから、罰が下されたのね」
つぶやいて、今度はくすりと笑う。
そうしてフィリルは手を伸ばしてカードをつかんだ。くるりと表に返すと絵柄を見て目を丸くした。カードはそれぞれ上人が描かれている。いま手にしたカードはフィリルのしるし、“運命の輪”だった。しかも逆さまだ。
輪は廻り始め、不幸が降りかかるということか。しかも、世界を変えてしまうような。それはフィリルの身に? それともタロに?
「でも、大丈夫」
フィリルは邪気を振り払うように宙に向かって宣言する。
不幸は幸の始まりにすぎない。
「出迎えがないとはめずらしいこともあるものだ」
ふと、尊大な声が轟き、フィリルはびくりとして持っていたカードを取り落とした。慌てふためいて起ちあがる。
「ローエン皇帝陛下、失礼いたしました」
その姿をろくに確認することなく、声だけで確信してフィリルは深々と頭を下げた。
「フィリル、顔を上げよ。何を憂えていたのだ? いつも無邪気なおまえにしては気難しい顔をしておったが」
フィリルはゆっくり上体を起こしていった。
すると、露骨に驚くわけにもいかず、けれど完全に抑制するには間に合わず、フィリルはわずかに目を丸くした。
普段から仰々しいほどの宝石で装飾された金の鎧と、金の刺繍を施した足首までの白いチュニックに深紅のマントを纏って現れるのに、今日のローエンは青鈍色のチュニック姿で、袖口と足もと、そして腰帯に多少の金の刺繍があるくらいで、樹海に紛れるほど落ち着いた恰好をしていた。
「どうしたのだ」
その問いかけに、不自然に沈黙していたことを気づかされる。ハッとしてフィリルは首を横に振った。
「いいえ、ぼんやりしていて申し訳ありません。そちらにおかけになってください」
手で円卓の向かい側を指し示すも、ローエンは動く気配を見せずにフィリルをじっと見下ろして、かすかに首をひねった。
「私の質問に答えがないな」
なんのことかと考えめぐったのは一瞬、フィリルは口を開いた。
「タロ様がお選びになったカードが反応してしまって、びっくりしていました」
ローエンは眉をひそめる。円卓を見やり、フィリルが落としたカードを手に取った。カードを見、フィリルを見やったローエンはわずかに目を見開いた。
「おまえのカードだな。ロードとおまえに答えは出ないと聞いていたが」
「はい。逆さまでしたので、よけいに驚いているところでした」
「天啓か?」
「わかりません。何を占っていたというわけでもありませんし、お告げを授かるわけでもないんです」
フィリルからカードへと、そしてまたフィリルへと目を戻したローエンはくちびるを歪めた。
「なるほどな。無聊を託つ私へのいざないかもしれぬ」
独り言のようにかすかにくちびるをうごめかせ、吐かれた言葉は、呪詛のように聞こえた。
天啓を授かるには最もふさわしい場所かもしれない。
葉のさざめきの下、太い木の幹が円卓となり、地上に這いだした根っこを椅子がわりにして座り、フィリルはいくつもの円が重なった年輪の上にカードを並べていく。
遥か昔に稲魂が落ち、太い木は真っ二つに裂けた。残った根元を精霊たちが磨いて平らにした。以来、ただのカード遊びだったはずが、フィリルがひと度カードを扱えばそれは意思を宿らせて暗示する。
そのうちフィリルは暗示を読み解けるようになり、いまでは天啓として上人に、あるいは民に教え導く役目を担っている。
「二十三番めなんて、タロ様も人間みたいにひねくれ者ね」
フィリルはくすりと笑いながら、一巡して一枚めということは、最初に置いたカードを見ればすむにもかかわらず、順に二十二枚すべてを並べた。
そして、二十三番めのカードをポンと指先で叩く。すると、カードがひとりでに宙に浮いた。フィリルは目を丸くしてそのカードを見た。
いや、不思議なのはカードが勝手に浮いたことではない。それはいつものことだ。けれど、タロが云っていたように、フィリルとタロが関わるかぎり、カードはぴくりとも動かないのだ。それは、フィリルが占い手であり、タロがロードであるせいだと思ってきた。
まるで動かないから、何番めかと問うのは天啓を授かるためではなく、ふたりのお遊びにすぎなかった。
それなのに、いま、どういうことだろう。
フィリルは、真っ青の巨大な星とそれを縁取る光、そして周りには小さな星を散りばめたカードをじっと見つめた。手に取るのをためらうのは、そこに天啓があるからだろう。
天啓を求める者は望んでそれを手にする。切羽詰まった者もいれば、娯楽でやってくる者もいる。身に降りかかるもの、それが不幸であれば幸に転じるよう指し示し、それが幸であれば自戒を促す。
いずれにしろ、覚悟を持ってフィリルのもとに訪れるのだから、いまのフィリルのような怖れはないはずだ。
フィリルはため息をつく。
「タロ様が二十三番めなんておっしゃるから、罰が下されたのね」
つぶやいて、今度はくすりと笑う。
そうしてフィリルは手を伸ばしてカードをつかんだ。くるりと表に返すと絵柄を見て目を丸くした。カードはそれぞれ上人が描かれている。いま手にしたカードはフィリルのしるし、“運命の輪”だった。しかも逆さまだ。
輪は廻り始め、不幸が降りかかるということか。しかも、世界を変えてしまうような。それはフィリルの身に? それともタロに?
「でも、大丈夫」
フィリルは邪気を振り払うように宙に向かって宣言する。
不幸は幸の始まりにすぎない。
「出迎えがないとはめずらしいこともあるものだ」
ふと、尊大な声が轟き、フィリルはびくりとして持っていたカードを取り落とした。慌てふためいて起ちあがる。
「ローエン皇帝陛下、失礼いたしました」
その姿をろくに確認することなく、声だけで確信してフィリルは深々と頭を下げた。
「フィリル、顔を上げよ。何を憂えていたのだ? いつも無邪気なおまえにしては気難しい顔をしておったが」
フィリルはゆっくり上体を起こしていった。
すると、露骨に驚くわけにもいかず、けれど完全に抑制するには間に合わず、フィリルはわずかに目を丸くした。
普段から仰々しいほどの宝石で装飾された金の鎧と、金の刺繍を施した足首までの白いチュニックに深紅のマントを纏って現れるのに、今日のローエンは青鈍色のチュニック姿で、袖口と足もと、そして腰帯に多少の金の刺繍があるくらいで、樹海に紛れるほど落ち着いた恰好をしていた。
「どうしたのだ」
その問いかけに、不自然に沈黙していたことを気づかされる。ハッとしてフィリルは首を横に振った。
「いいえ、ぼんやりしていて申し訳ありません。そちらにおかけになってください」
手で円卓の向かい側を指し示すも、ローエンは動く気配を見せずにフィリルをじっと見下ろして、かすかに首をひねった。
「私の質問に答えがないな」
なんのことかと考えめぐったのは一瞬、フィリルは口を開いた。
「タロ様がお選びになったカードが反応してしまって、びっくりしていました」
ローエンは眉をひそめる。円卓を見やり、フィリルが落としたカードを手に取った。カードを見、フィリルを見やったローエンはわずかに目を見開いた。
「おまえのカードだな。ロードとおまえに答えは出ないと聞いていたが」
「はい。逆さまでしたので、よけいに驚いているところでした」
「天啓か?」
「わかりません。何を占っていたというわけでもありませんし、お告げを授かるわけでもないんです」
フィリルからカードへと、そしてまたフィリルへと目を戻したローエンはくちびるを歪めた。
「なるほどな。無聊を託つ私へのいざないかもしれぬ」
独り言のようにかすかにくちびるをうごめかせ、吐かれた言葉は、呪詛のように聞こえた。
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