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75.LOVE全開(2)

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 母にはつくづくうんざりさせられる。娘に本当にストーカーまがいのことをしていた男の望みを聞いて、娘の望みは聞かない。
 それがはっきりしたうえで、今し方、京吾が何を迷い、『どの道』と云うほどためらったのか、それは智奈の母親だから典子をあまり悪くは云いたくなかったのかもしれないと考えつく。
「京吾がストーカー? わたしの?」
 智奈はわざと問題点から話を逸らしてみた。
 すると、京吾はちょっと考えるような素振りをして。
「まあ……おれが智奈のストーカーだってことは、あながち間違いじゃないな。智奈のことはもちろん、智奈に起きていることも、すべて気になる。知っていないと気がすまないくらいに。智奈をうんざりさせたくなくて、監視はどうにかとどまってる」
 智奈は目を丸くした。
「……監視?」
「だから、怖がらなくていい。してないって云ってる。監視してたら、血眼になって智奈を捜す必要はなかった。そもそも、あの男に襲われることもなかったんだ。智奈と連絡が取れないとわかった時点で、念のために之史さんに安藤の居場所を追ってもらった。コージにマンションを調べさせたら、開けっぱなしでもぬけの殻。そして、防犯カメラをチェックした結果、お母さんと安藤が繋がった。誘拐だと判断して打ちのめされたおれを救ったのは、満員のエレベーターだ」
「満員のエレベーター、って……」
 ゆっくりつぶやくように云いながら、智奈は以前、京吾が云ったことを思いだした。もしかして……、と云いかけると京吾はにやりとした。
「そう。今日、一緒に乗り合わせた女性が『満員』のなかの一人で、智奈が救急車で運ばれたことを教えてくれた。それはそれで、卒倒しそうになったけど。それから、じいさんに搬送先を調べてもらった」
 京吾は端的に成り行きを並べたけれど、目まぐるしい展開だ。処置室でのことを思い返せば、京吾の疲労困憊といった様子は当然で、智奈は少しでも癒やしになればと絡めた手をぎゅっと握りしめた。
「京吾が心配してるのに軽く思ってたこと、マンションにシンジくんが来てて、そのときホントに後悔したの。心配かけてごめんなさい」
「だから、それはもうわかってるならいいんだ。智奈、聞かせてくれ。あいつは何をした? はっきりわかっているのは、お母さんがあの男をマンションのなかに連れこんだことまでだ」
「それもお母さんから聞いてない?」
「安藤がしたことについてお母さんから聞かされたのは、智奈が安藤に追いかけられて階段から落ちたってことだけだ」
 確かに、母が知っていることはそれだけだろう。シンジが計画を話していなければ。階段から落ちる寸前、母がシンジを咎めていたことを思えば知っていた可能性は低い。
「シンジくんはホストに戻りたくて、京吾を脅迫しようとしてた」
「おれを?」
 智奈はこっくりとうなずく。
「シンジくんはわたしの写真を撮ろうとしてた。ロマンチックナイトでシンジくんがやろうとしてたこと――京吾が云ってたセクストーション? わたしの恥ずかしい写真で、京吾を脅すつもりだったの。手錠まで持ってた。廊下に出てたから逃げられたけど……」
 智奈は云いながら、そのときのことを思いだしてぞっとした。絡めた手にも力がこもったかもしれない。京吾がそれ以上に力を込めて握り返した。
「逃げられたんだろう? それなら、そこまでは大丈夫だった。もしもっていう最悪の事態を想像する必要はない。いい?」
「うん。そのとき母は帰っていなかったんだけど、エレベーターに一緒に閉じこめられるよりも階段のほうがいいと思って逃げてたときに、母はなぜか戻ってきてて、でも頼れなかった。階段を降りているときにシンジくんが追いついて、腕をつかまれて、振りほどいたときに壁で頭を打って落ちたの。そう高いところじゃなかったから……」
 京吾が痛いほど手を握りしめた。見上げた顔には、苦渋の色が浮かんでいる。
「そうだ。高いところじゃなかったから、これですんでるのであって――おれは到底よかったとは思えない」
 歯を喰い縛るようにして云い、京吾は思い詰めた気配で何かしらの決心が窺えた。
「京吾?」
「智奈、これから先おれは、おれたちふたりにとっての不穏因子は徹底して排除していく。まず、安藤真治を」
「……UGに連れていくの?」
「ああ。後悔しても反省しても、出られない場所に。UGに閉じこめられた者はその存在を知ることになる。だから、二度とそこから抜けだせない。UGとはそういう場所だ」
 あらためて京吾が常識とはかけ離れた世界にいるのだと思う。だからといって、京吾の傍にいることへのためらいは、智奈の中に微塵もない。
「それが正しいかどうか、わたしにはまだわからないけど、わたしは京吾を――京吾がやることを信じられる」
 そう云うと、京吾は微笑を浮かべて握りしめた手を持ちあげて、智奈の手の甲に口づけた。
「弁解をひとつ、UGへの依頼があったら、一定の審査はある。むやみに引き受けてたら、すぐに満杯になる」
 智奈は別の意味で驚く。
「そんなに依頼があるの?」
「法律は不完全だ。そのこととは別に、私利私欲で依頼してくる輩もいる。引き受けているのは、あくまで、心的でも肉体的でも、理不尽に人を痛めつける奴だ」
 そう聞けば、いくらお金という利益が絡んでいようと――正義の味方とは云えなくても――やはり京吾のことを悪人とは思えなかった。
「救われてる人は確実にいる。そっちのほうが断然いいと思うから……わたしは京吾と近いところにいるのかも」
 智奈の言葉に、力が抜けたような笑みが返ってくる。そして、少し観念したような様で京吾は口を開いた。
「おれが、智奈のお母さんを管理すると云ってもそう思う?」
 智奈がその『管理』をどう捉えて、どう思うのか、京吾は試しているように感じた。
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