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57.フィクサーの対立

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 悦子がどこまでのことを『知ってる』こととして同意を求めているのか。それよりも、父と悦子の間でそれぞれの子供の話題がのぼっていたとは思ってもみなかった。
 考えてみれば、自然なことだ。ただ、父に愛人がいるというのは智奈にとってはあくまで想像上のことだったから、そこまでで思考停止していた。ふたりがどうやって時間をすごしているのかなど考えたこともない。京吾から父たちの関係の事実を聞かされてからはなおさらだ。
「人の人生を運命だとか簡単に片付けないでくれ。第一、母さんが云う運命は、偶然に因る必然のもとに成り立つものだ」
 京吾は整然として異を唱えた。
 確かに、京吾と智奈の出会いは、偶然を装っていただけでそうではない。リソースAの買収すらも、偶然を装うための工作だったというから大がかりだ。もっとも、智奈が“堂貫”に訊ねたとき答えたとおり、人材業の幅が広がるというメリットを得ているところは抜かりない。
 悦子は息子の素っ気ない反応にも慣れたものだ、めげることなく呆れたように首を横に振った。
「ロマンチックの欠片もないわね」
「おれと智奈は偶然の出会いじゃない」
 京吾は畳み掛け、すると、斜め向かいの京介がわずかに身を乗りだした。そうして口を開きかけたとき、それよりも早く京吾が続けた。
「智奈は直接、母さんと会ったことがない。だから、三枝さんの葬儀にも参列するのを控えた。彼女の様子を見てほしい。そう云ったのは母さんだ。おれは偶然を装って智奈と出会った。どこが運命なんだ」
「様子を見るだけじゃなくて、くっついちゃったじゃない。そういうのを運命の出会いっていうのよ。ね、智奈さん?」
 悦子は同意を強要している。そんなオーラに逆らうには智奈が弱気すぎる。
「あの……出会ったのは、京吾さんにとっては必然で、わたしにとっては偶然でした」
 考え考えしつつ智奈が云うと、悦子は、ほらね、といわんばかりに満面の笑みを浮かべて京吾を見やった。
「どっちにしろ、運命ってことね」
 悦子は智奈へと目を転じて、「智奈さん、素敵だわ」と満足げに褒めたたえる。
 これを、京吾の母親に気に入られたと喜ぶべきか、隣を見ると目が合って、あいにくと悦子とは正反対の不満顔を見せられた。
「京吾、智奈さんはなかなか賢い。いい娘さんだ、誠実で賢明だった三枝くんの娘さんらしい」
 京介がどれほど行雄と交流があったのか。少なくとも誠実か否かについて京介が確証を得たのは、つい最近なのかもしれない。智奈がそんなことを思っていると、スッと息を吸う音が目立って聞こえた。その直後。
「そう思うなら、傍観せずに三枝さんを助ければよかったんだ。貴方ならできた」
 京吾はいきなり辛辣に放った。
 驚いて京吾を振り向くと、正面に座る祖父のほうをまっすぐ向いていて、その顎のラインはいつにも増してくっきりと浮き立っているように見えた。
「そう熱くなるな」
 ハラハラと身のすくむような思いで、智奈はそうなだめた京介を見やった。怒っているふうではない。
 京吾に目を戻すと、給仕のほうを見やって、呼ぶまで下がってくれ、と命じた。そして、給仕が出ていくのを待ってから、京吾はおもむろに口を開いた。
「冷静に見ている――いや、見ていたつもりですが」
「それならそのときに云えばよかっただろう」
「貴方に諌言するにはもっともな理由が必要だ」
「いまならその理由があると?」
 その問いかけにはすぐに答えを返さず、京吾は智奈を振り向いた。何かを問いかけるように京吾は首をひねった。同時に手が伸びてきて、智奈のおなかに添った。その理由はなんとなく察せられて、智奈は京吾の手に自分の手を重ねた。
「子供ができたんです」
 智奈が察したとおり、京吾は母親と祖父をかわるがわる見て報告した。
「まあ、本当に? おめでとう」
「めでたいことだ」
 悦子の目を丸くした驚きは至って普通の反応だけれど、京介の首肯する姿からはまったく驚きが見えない。京吾が予想していたとおり、知っていたとすれば納得の反応だ。
 さっき、ここに来るまえに京吾が話してくれたけれど、情報コンサルタント、それは京介の表向きの仕事でもあるらしい。京吾に関して何か異例のことがあれば自ずと情報がいくという。よって、京介は病院から情報を受けとったのかもしれない。
 京吾は吐息をこぼすように薄く笑った。
「そうです。だからこそ、娘からも孫からも、お父さんを、おじいさんを、取りあげる必要はなかった。智奈はお父さんから祝福されるべきだった。母さんたちがおれたちの未然の出会いを期待して語り合っていたのならなおさら」
 京吾は祖父の前で物怖じすることもなくぴしゃりと批難した。けれど、京介が険悪になる様子はなく、ただ異論があるように鷹揚に首を横に振った。
「私は三枝くんを見捨てたわけではない。ましてや、殺してもいない。助けるタイミングを待っていただけだ。病に倒れると知っていたら、そのまえに動いていた。そこは嘘ではない」
「亡くなったとしても、少なくとも汚名をそそぐことはできたはずだ。父親が犯罪者として亡くなったまま、智奈がどういう気持ちでいたか、どういう目に遭っていたか、考えてもいない」
 相次ぐ京吾の反論に、京介はため息をついた。そのとおりだ、と認めて京介は智奈に目を向けた。
「きみの就職については、お節介をして私が口利きをした。京吾から聞いて状況を知った。お父さんのことで肩身の狭い思いをさせたようだ。気を配るべきだった」
 智奈は二重にびっくりした。就職に有力者が関わっていたことは知っていてもそれが京介だったというのは初耳だ。そして、会社での居心地の悪さを京介は謝罪に近い言葉で後悔を口にした。
「いえ。お世話になってたことを知らなくて、あり……」
「智奈が礼を云う必要はない」
 京吾は不機嫌極まりなく、それは智奈に対してではないけれど、とばっちりは避けられない気配だ。少しでも場の空気を和らげようと、智奈はおどけるようにかすかに首をすくめてみせた。が、その効果があったのかどうか見極められないうちにノック音が邪魔をした。
「失礼します」
 と、ドアを開けながら太い声とともに、いかにも権力者といった男性が入ってきた。
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