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52.種の聖地(1)

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 京吾にとっていま何が癒やしになるのか、それがわからないほど智奈は鈍感ではない。
「……いま?」
「いま」
 京吾は即答し、智奈の手首をつかんでその手に持っていたライチを奪うと、智奈の口もとに押しつけた。
 食べさせるつもりだと察して、智奈は口を開く。従順に振る舞うべきだと本能が感知している。
 智奈はライチの果肉をかじり、果汁が滴らないように京吾の指ごと吸いついた。京吾は目を細めながら、ライチの向きを変えて智奈に食べさせる。残った種は無造作に向こう側のシンクに放られた。
「ベタベタする。舐めて」
 智奈はためらいつつ舌を出して、差しだされた人差し指の先を舐めた。その人差し指が舌の上を滑るようにして口の中に侵入してくる。
 京吾は指をうごめかし、そうして指を引いた。歯と歯の間をすり抜ける寸前、人差し指はまた奥に入りこんできた。口の中を摩撫したあと、ぎりぎりまで指を引く。指が動くたびにくすぐったさを感じて、それはたぶん快感に通じている。そのうち、指が抜けだしそうになると、智奈は反射的に吸いついて指が出ていってしまうのを引きとめていた。
 ん、ふ、っ……。
 浅く深く、その繰り返しのなかでくすぐったさがくっきりと快感に変換されたとき、京吾がしていることの意味を知った。
 京吾を見上げると、けぶたそうに目を細めている。智奈が顔を上げるのを待っていたのかもしれない。京吾はわずかに前かがみになると同時に、つかんでいた智奈の手首を持ちあげ、京吾は少し首を傾けながら舌を出した。そうして、智奈の人差し指に舌を這わせた。
 んっ。
 温かくぬめった舌のなんともいえない感触に智奈は首をすくめた。思わず手を引いたけれど、京吾がしっかりとつかんでいて試みただけで終わってしまう。続けて親指が襲われ、ねっとりとした様で京吾は舌を指に絡めるとライチの果汁を舐めとる。一度だけでは終わらず、京吾は智奈の口腔を蹂躙しながら、親指と人差し指を交互にねぶった。
 京吾はいったん欲情すると、恥ずかしげもなく淫靡に振る舞い、存在そのものがエロティックに変わる。そのうえ智奈を淫靡な世界に引きずりこもうと誘惑している。
 京吾は智奈の目を捕らえたまま、もっと首を傾けると上下のくちびるで人差し指を挟んだ。すっと指先へと這っていき、すり抜けると同時に、智奈の口の中からも指が引き抜かれた。無意識に吸いついたせいで、濡れたリップ音が立った。
 口の中がさみしくなる。すると、京吾がくちびるでくちびるをふさいだ。指のかわりに舌が入ってきて激しくまさぐられる。社長室のキスとは反対に、今度は智奈が京吾の舌に縋りついた。積極的にそうしているつもりはなく、京吾が好きでたまらないという、精悍なオスを目の前にしたメスのような本能的な部分で媚びている。
 京吾の舌がすり抜けようとするたびに、智奈は吸いついて引きとめた。やがて京吾は苦しそうな呻き声を発し、ほんのわずかな隙をついて智奈の口から抜けだした。
「いつの間にこんなに淫乱になったんだ」
 京吾は咎めているのか、智奈は熱に浮かされたように目が潤んでしまって読みとれない。
「淫乱じゃない。京吾とずっとくっついていたいからそうなっちゃう……」
「とことん抱いてもかまわないってことだ」
 京吾は智奈の言葉を誇大に解釈した。もっとも、とことん抱かれたことは何度かあって、いまさらな言葉にも思えるけれど。
「京吾……その……さっきみたいにしてほしい?」
 キスの前の行為はたぶん疑似セックスのひとつだ。智奈の問いかけを理解するのに一拍ほど要しただろうか、京吾は返事よりもさきにくちびるを歪めて、いかにも好色そうに笑っている。
「してほしくないわけがないだろう。ただ、おれにとって重要なのは、智奈がそうしたいか否かだ。ある意味、智奈を穢す行為でもあるから」
 穢すとはどういう意味だろう。さっきとは逆転して智奈のほうが考えさせられる。京吾のように一瞬ではわからなかったけれど、まもなく答えにたどり着いた。本来、オスの精は種の保存のためにあり、放たれるのはそのための場所であらなければならない。そこを聖地と呼ぶとしたら、それ以外は即ち穢れの地だ。
「そんなこと、全然思わない。京吾を気持ちよくさせてみたい。京吾はいつもわたしにそうしてるし」
「損得のない、そういう純粋さが智奈にはあるからおれは穢すのをためらうんだ」
 京吾は首を横に振りつつ嘆息して続けた。
「まだまだ抱き足りない。智奈がおれに飢えているとしても当分お預けだ。まずおれが飢餓感から救われるべきだろう」
 勝手に優先順位を決めた京吾は、ちょっと懲らしめないとな、とつぶやいて、智奈の躰を椅子からすくい上げた。
 しがみつくまでもなく、すぐ上半身が横たえられる。
「京吾っ?」
「智奈はおれがどこでどう抱いても穢れたって感じないんだろう? どれくらい、おれが飢えてるか、知ってみればいい」
 横たえられたのはキッチンカウンターの上で、そこは三枝家の智奈の部屋にあったベッドくらい広いけれどベッドではない。それくらいせっかちに欲情していることを証明する気らしい。けれど、キッチンでなんてやっぱり不謹慎だ。
「こんなところで……っ」
「そうなのか?」
 噛み合わないことを云いつつ、京吾はもがく智奈の肩を押さえて、右手をショートパンツの中に忍びこませる。
 くちゅっ。
 指先が中心を捕らえただけで蜜音が立つ。京吾は蜜を塗した指を智奈の中心からバネのように弾きあげる。
 あっ。
 指先が敏感な場所をかすめたと同時に智奈はびくっと腰を浮かした。京吾が含み笑う。
「智奈、口の中を侵されてこれだけ感じられるって、どれだけ淫乱なんだ」
 嘲っているのではなく、望みどおりになって満悦至極といった笑みを浮かべ、わざとグチュグチュと音を立てる。
「あっ、ちがっ……わないけど、京吾が好きだから、んっ、嫌でも反応するだけっ」
 否定しかけて一転、認めたのに、京吾は心外だと目を細めた。
「嫌でも?」
「そんなことない」
 すぐさまその言葉を打ち消すと、京吾は中心から手を引いた。自分の顔の前にその手をかかげ、さっき智奈の指にそうしたように、舌を出して濡れた指先を舐めあげる。見せつけるようで――
「京吾のほうが淫乱」
「何が悪い?」
 と、智奈からの応酬に悪びれることもなく応じ、京吾は智奈のショートパンツを引きずりおろした。
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