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47.バカみたいに好き
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京吾は鼻にしわを寄せ、人差し指を立てて眼鏡の位置を正した。気に喰わないようなしぐさにも見える。
「智奈は“堂貫”のほうが好きみたいだな」
智奈の読みは合っていたらしく、不平たらたらといった口調で京吾は驚くようなことを云った。
「……一緒でしょ」
「智奈にとっては違っただろう。どれだけ甘やかしても、おれが“堂貫”とわかるまで、智奈は完全になびくことはなかった」
「……やっぱりバレバレだった? わたしの気持ち……」
智奈はおずおずと訊ねた。
「いまだにそうだって、いまの智奈の言葉で確定した」
したたかにもそう云って、京吾は歪んだ笑みを浮かべる。
グリーングラス越しだから目の輝きがぼやけていて、表情はうまく読みとれない。やはり気に喰わなそうだ、と感覚でわかるのは同棲しているからだろう。
「京吾? 不機嫌になる意味がわからないんだけど……」
「智奈が“堂貫”に惹かれているのは、おれがその本人だし、そうなるように謀ったところもあるし、自意識過剰だとは思っていなかった。けど、最大限リラックスしてるおれよりも、全うな側でデキる男を気取っている“堂貫”のほうがいいって納得いかない」
半ば呆気に取られてキョウゴの云い分を聞き、それから智奈はプッと吹きだした。いまの京吾は拗ねた少年だ。
「云ってることが子供っぽくない? 社長には似合いません」
「それでも釈然としない」
「どっちも本当だって云ったでしょ?」
智奈の言葉に京吾はため息をついた。
「どんどん智奈は生意気になる」
「そんなことない。逆の発想で、わたしは独りだけど、京吾はふたりだった。わたしはどちらか選べなかったし、だから二倍の気持ちをもらってたことにならない?」
立ち止まって考えこむ。そんな瞬間ののち、京吾は満更でもないといった気配で、くちびるに笑みを形づくる。
「あり、だ」
「……何?」
「そういう解釈もありだな。選べないほど、智奈はおれが好きだって?」
「バカみたいに好き」
「バカみたいに軽く云う」
京吾は云い返して、再び智奈のくちびるをふさいだ。罰みたいに乱暴で、京吾が不満なのは丸わかりだ。けれど、激しくありながらも、求愛するような熱があって、智奈は京吾とは逆に満ち足りる。
それが伝わって癪に障ったのか、キスは出し抜けに終わった。あまつさえ、お姫様抱っこの恰好のまま床におろされて、京吾の手が頭の天辺に被さった。
直後――
「すみません、社長……」
「謝ることはない。ここはいい」
補佐の長友、それに応じる京吾の会話が聞こえると、智奈の思考はフル回転し始めておよその状況を察した。来訪者がいるのだ。ドアのノック音も開閉音もわからなかったけれど、いま足音が聞こえて、智奈の鼓動が痛いほど大きくなる。頭にのった京吾の手の甲に手を重ねると、大丈夫、というその合図は伝わったようで、京吾の手は離れていく。
同時に立ちあがって、京吾はデスクから離れていった。
「いいかげん、息子のオフィスにアポなしで、我が物顔で突撃訪問するのはやめてくれませんか」
驚きの声が漏れそうになって、智奈は慌てて自分で自分の口をふさいだ。
「同じ都内にいて半年も顔を合わせない親子っているかしら」
「普通にいますよ」
その会話からはっきりした。京吾の母であり、長年、父の愛人だと思いこんでいた堂貫悦子がそこにいるのだ。
それで? と、用件を訊ねた京吾の声は素っ気ない。
「あの人がまた記者に狙われてるの」
「それが? 政治家だ、いつものことでしょう」
「政治的な取材じゃないわ。スキャンダルを狙ってるのよ。衆院選になるかならないかっていう話が出てるし」
「だからなんですか」
「ボンシャンホテルには記者が入れないようにしてくれない?」
京吾の薄笑いが聞きとれる。智奈も自分の母に対して容赦なかったけれど、京吾にも情けがない。
「もちろん、記者を特定することも出禁にすることもできますが、それをやったら認めたのと同じですよ。これまでのとおり、部屋で待ち合わせて、チェックアウトの時間をずらせばいい話です。それとも、立岡に頼まれたんですか。その記者を始末してほしいなら、直接、おれにそう云えと伝えてください。交渉次第です」
「交渉って、京吾、あの人は……」
「おれになんの義理があるんですか、他人ですよ。おれは暇じゃない。さっさと帰ってくれ」
足音がして、それは京吾のもので、智奈のほうへと近づいてくる。
「七海さんのところに行ってきたのよ」
悦子はあきらめきれないらしく、出し抜けにそう云った。
「だから?」
京吾はデスクに戻ってくると、椅子に座った。智奈はそっと京吾の膝に手をのせる。その手に大きな手が重なった。
「女がいるらしいじゃない?」
思わせぶりな質問に、京吾はせせら笑う。智奈は、自分のことだ、と思ってひっそりと身をすくめた。
「もとホストですよ、いまさらなんですか。七海さんから噂話を聞くまでもない。母さんもわかってのとおり、おじいさんの思う壺だ。頼まれていたことは片が付いています。以降、関わるつもりはない」
京吾はきっぱり云いながら少し前のめりになったかと思うと、用件はすんだ、と、おそらく内線を使ったのだろう、だれにだか告げた。
「追い払わなくても帰るわ。でも、あなたがおじいさんの後釜になりたいなら、立岡の後釜たちとうまくやったほうがいいってことは忠告しておくから」
捨て台詞のあと息をひそめていると、やがてドアの開閉音が聞きとれた。少し間を置いたのち、深いため息が頭上に漂う。智奈は様子を窺いつつ顔を上げた。
「この状況にはかなりそそられる。智奈がデスクの下に潜りこむって嫌らしさ極まりない」
不機嫌かと思えば、京吾のほうこそが嫌らしさたっぷりな口ぶりで智奈をからかった。
「智奈は“堂貫”のほうが好きみたいだな」
智奈の読みは合っていたらしく、不平たらたらといった口調で京吾は驚くようなことを云った。
「……一緒でしょ」
「智奈にとっては違っただろう。どれだけ甘やかしても、おれが“堂貫”とわかるまで、智奈は完全になびくことはなかった」
「……やっぱりバレバレだった? わたしの気持ち……」
智奈はおずおずと訊ねた。
「いまだにそうだって、いまの智奈の言葉で確定した」
したたかにもそう云って、京吾は歪んだ笑みを浮かべる。
グリーングラス越しだから目の輝きがぼやけていて、表情はうまく読みとれない。やはり気に喰わなそうだ、と感覚でわかるのは同棲しているからだろう。
「京吾? 不機嫌になる意味がわからないんだけど……」
「智奈が“堂貫”に惹かれているのは、おれがその本人だし、そうなるように謀ったところもあるし、自意識過剰だとは思っていなかった。けど、最大限リラックスしてるおれよりも、全うな側でデキる男を気取っている“堂貫”のほうがいいって納得いかない」
半ば呆気に取られてキョウゴの云い分を聞き、それから智奈はプッと吹きだした。いまの京吾は拗ねた少年だ。
「云ってることが子供っぽくない? 社長には似合いません」
「それでも釈然としない」
「どっちも本当だって云ったでしょ?」
智奈の言葉に京吾はため息をついた。
「どんどん智奈は生意気になる」
「そんなことない。逆の発想で、わたしは独りだけど、京吾はふたりだった。わたしはどちらか選べなかったし、だから二倍の気持ちをもらってたことにならない?」
立ち止まって考えこむ。そんな瞬間ののち、京吾は満更でもないといった気配で、くちびるに笑みを形づくる。
「あり、だ」
「……何?」
「そういう解釈もありだな。選べないほど、智奈はおれが好きだって?」
「バカみたいに好き」
「バカみたいに軽く云う」
京吾は云い返して、再び智奈のくちびるをふさいだ。罰みたいに乱暴で、京吾が不満なのは丸わかりだ。けれど、激しくありながらも、求愛するような熱があって、智奈は京吾とは逆に満ち足りる。
それが伝わって癪に障ったのか、キスは出し抜けに終わった。あまつさえ、お姫様抱っこの恰好のまま床におろされて、京吾の手が頭の天辺に被さった。
直後――
「すみません、社長……」
「謝ることはない。ここはいい」
補佐の長友、それに応じる京吾の会話が聞こえると、智奈の思考はフル回転し始めておよその状況を察した。来訪者がいるのだ。ドアのノック音も開閉音もわからなかったけれど、いま足音が聞こえて、智奈の鼓動が痛いほど大きくなる。頭にのった京吾の手の甲に手を重ねると、大丈夫、というその合図は伝わったようで、京吾の手は離れていく。
同時に立ちあがって、京吾はデスクから離れていった。
「いいかげん、息子のオフィスにアポなしで、我が物顔で突撃訪問するのはやめてくれませんか」
驚きの声が漏れそうになって、智奈は慌てて自分で自分の口をふさいだ。
「同じ都内にいて半年も顔を合わせない親子っているかしら」
「普通にいますよ」
その会話からはっきりした。京吾の母であり、長年、父の愛人だと思いこんでいた堂貫悦子がそこにいるのだ。
それで? と、用件を訊ねた京吾の声は素っ気ない。
「あの人がまた記者に狙われてるの」
「それが? 政治家だ、いつものことでしょう」
「政治的な取材じゃないわ。スキャンダルを狙ってるのよ。衆院選になるかならないかっていう話が出てるし」
「だからなんですか」
「ボンシャンホテルには記者が入れないようにしてくれない?」
京吾の薄笑いが聞きとれる。智奈も自分の母に対して容赦なかったけれど、京吾にも情けがない。
「もちろん、記者を特定することも出禁にすることもできますが、それをやったら認めたのと同じですよ。これまでのとおり、部屋で待ち合わせて、チェックアウトの時間をずらせばいい話です。それとも、立岡に頼まれたんですか。その記者を始末してほしいなら、直接、おれにそう云えと伝えてください。交渉次第です」
「交渉って、京吾、あの人は……」
「おれになんの義理があるんですか、他人ですよ。おれは暇じゃない。さっさと帰ってくれ」
足音がして、それは京吾のもので、智奈のほうへと近づいてくる。
「七海さんのところに行ってきたのよ」
悦子はあきらめきれないらしく、出し抜けにそう云った。
「だから?」
京吾はデスクに戻ってくると、椅子に座った。智奈はそっと京吾の膝に手をのせる。その手に大きな手が重なった。
「女がいるらしいじゃない?」
思わせぶりな質問に、京吾はせせら笑う。智奈は、自分のことだ、と思ってひっそりと身をすくめた。
「もとホストですよ、いまさらなんですか。七海さんから噂話を聞くまでもない。母さんもわかってのとおり、おじいさんの思う壺だ。頼まれていたことは片が付いています。以降、関わるつもりはない」
京吾はきっぱり云いながら少し前のめりになったかと思うと、用件はすんだ、と、おそらく内線を使ったのだろう、だれにだか告げた。
「追い払わなくても帰るわ。でも、あなたがおじいさんの後釜になりたいなら、立岡の後釜たちとうまくやったほうがいいってことは忠告しておくから」
捨て台詞のあと息をひそめていると、やがてドアの開閉音が聞きとれた。少し間を置いたのち、深いため息が頭上に漂う。智奈は様子を窺いつつ顔を上げた。
「この状況にはかなりそそられる。智奈がデスクの下に潜りこむって嫌らしさ極まりない」
不機嫌かと思えば、京吾のほうこそが嫌らしさたっぷりな口ぶりで智奈をからかった。
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