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41.恋に捕まった泥棒
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――いずれ、おれはその座を勝ち取って継ぐつもりだ。
そんなふうに云ったとき、キョウゴは『と云ったらどうする?』と付け加えて曖昧な決意にしたけれど、その実、伸しあがろうとする意志はキョウゴの中に明確にあるのだ。
「キョウゴは怖い人になるってこと?」
「はっ。裸の王様にはならないって云っただろう。理不尽なやり方はしない。相応の対処をするまでだ。おれがどう見えてるか知らないけど、祖父に会ったらきっと智奈はびっくりする。怖いフィクサーにはとても見えないから」
「……会うことある?」
「智奈次第だ」
「わたし?」
きょとんとした智奈を見てキョウゴは笑う。けれど、直後には少し深刻な顔になった。やりたくないけれどやらなければならない。そんな状況に直面しているように見えた。
「祖父に会うということはリスクにもなる。特に智奈は」
「……どういうこと?」
「おれがなんで智奈に近づいたか、わかる?」
逆に問い返したキョウゴは、デザートを取ってくる、と出し抜けに席を立った。智奈に考える時間を与えているのだろうか、キッチンをまわって棚の扉を開ける。冷蔵庫は棚と一体化しているらしい。キョウゴは二つのプレートを取りだしてカウンター兼テーブルの上に置き、コーヒーメーカーのボタンを押してから戻ってきた。
なぜキョウゴは智奈に近づいたか。しかも一人二役で。考えれば答えは出るのだろうか。自ずと智奈の記憶は“ふたり”が身近に現れたときのことに遡った。
堂貫は近づくきっかけをつくり、キョウゴは智奈の生活に入りこんできた。
ひょっとして、近づいてきたとき、ここまで深入りするつもりはなかった?
わざわざ智奈に問いを投げたということはつまり、キョウゴには近づいた理由があるのだ。
――いろいろ頼まれてますから。
薄らと耳に残る記憶からそんな言葉が浮上する。あのときの会話が智奈のことを云っているとしたら、キョウゴに“いろいろ”頼んだのはだれか。
「キョウゴ……もしかして、おじいちゃんに頼まれたから?」
キョウゴが隣に座るのを待って、智奈は答えを出した。
「智奈は頭がいい」
キョウゴはからかっているのではない。その証拠に、うれしそうにしている。
「でも、わかったのは単純なことだけ。おじいちゃんがなぜ頼んだのか、その理由は全然わからない」
「おれはまだ全部を話してるわけじゃないし、わからなくて当然だ」
薄らと笑って云い、キョウゴは自分のデザートにフォークで切りこみを入れ、それを持ちあげると自分が食べるのではなく、智奈の口もとに持ってきた。食べて、と無言の要求に応えて智奈は口を開ける。
ババロアのタルトにチョコと苺のソースがかかっていて、口の中で絶妙な甘さが広がる。
「美味しい!」
「津田さんは一流のシェフだ。まだ残りが冷蔵庫に入ってる」
そうしてキョウゴは腰を浮かして、智奈のほうに身を乗りだす。智奈がくちびるに付いたソースを舌で舐めとろうとしたとたん、キョウゴがぺろりと舌を出して舐めた。舌先が触れ合って、思わず智奈が舌を引っこめると、キョウゴは不満そうに首をひねった。
「話がさき」
云い訳をする必要はないと思うのに、智奈はそんな気分にさせられて云ってしまう。案の定、オーケー、とキョウゴは“あとにやること”に乗り気な様子でにやりとした。
ただ、そんなふざけた態度は長く続かず、キョウゴは無表情に近い生真面目な顔になって口を開いた。
「祖父には頼まれたというより命令された。おれが智奈に近づいたのは、智奈がこっちの事情を知っているかどうか、確かめるためだった」
「……こっちの事情って何?」
「おれの両親のことだ」
「何も知らなかったけど……」
「わかってる。同時に、お父さんが何か残していないか、それも調べる必要があった。京吾として近づいたのは、事務所の調査に不自然じゃなく加わるため、キョウゴとして近づいたのは穏便にお父さんの家に入りこむためだ。当初の計画としては、何も問題ないとわかった時点でキョウゴは行方をくらますはずだったけどな」
キョウゴは肩をそびやかすと、呆れた素振りで首を横に振った。いまそうしているとしたら、自分に対して呆れているのだろうけれど。
智奈は智奈で半ば呆気に取られ、それからストップしていた思考が目まぐるしく回転し始める。
「不自然じゃなく、とか、穏便に、とか……その言葉を取ったら、キョウゴがやったことは……泥棒みたいなもの……?」
「正解だ。智奈がいない間に家のなかは調べた。事務所にも何もなかった。お父さんは忠実に祖父との約束を守った。それくらい、智奈のことを大切に思っていたんだ」
「ひどい」
「そのとおりだ。お父さんが智奈を大切にしていたことと、おれの卑怯さは無関係で、話をすり替えて逃避しているのは認める。智奈に嫌われたくないし、いまさら手放すなんて無理だ」
「……手放したくないって、ほんとに?」
「同化したいって云っただろう。それくらい、智奈はおれの一部になってる」
じっと見入ったキョウゴの眼差しはまっすぐで、嘘には見えない。もとい、いま打ち明けられたことからすると、依頼されたことは問題なく完結していて、智奈は用済みのはずだ。そもそも打ち明ける必要もない。
「ひどい、ってわたしが云ったのは……キョウゴが黙って消えるつもりだったこと……」
そうじゃなくてよかった。心の底から思って――
「泣かないで」
キョウゴがそう云うまで気づかないほど、智奈は安堵していた。
そんなふうに云ったとき、キョウゴは『と云ったらどうする?』と付け加えて曖昧な決意にしたけれど、その実、伸しあがろうとする意志はキョウゴの中に明確にあるのだ。
「キョウゴは怖い人になるってこと?」
「はっ。裸の王様にはならないって云っただろう。理不尽なやり方はしない。相応の対処をするまでだ。おれがどう見えてるか知らないけど、祖父に会ったらきっと智奈はびっくりする。怖いフィクサーにはとても見えないから」
「……会うことある?」
「智奈次第だ」
「わたし?」
きょとんとした智奈を見てキョウゴは笑う。けれど、直後には少し深刻な顔になった。やりたくないけれどやらなければならない。そんな状況に直面しているように見えた。
「祖父に会うということはリスクにもなる。特に智奈は」
「……どういうこと?」
「おれがなんで智奈に近づいたか、わかる?」
逆に問い返したキョウゴは、デザートを取ってくる、と出し抜けに席を立った。智奈に考える時間を与えているのだろうか、キッチンをまわって棚の扉を開ける。冷蔵庫は棚と一体化しているらしい。キョウゴは二つのプレートを取りだしてカウンター兼テーブルの上に置き、コーヒーメーカーのボタンを押してから戻ってきた。
なぜキョウゴは智奈に近づいたか。しかも一人二役で。考えれば答えは出るのだろうか。自ずと智奈の記憶は“ふたり”が身近に現れたときのことに遡った。
堂貫は近づくきっかけをつくり、キョウゴは智奈の生活に入りこんできた。
ひょっとして、近づいてきたとき、ここまで深入りするつもりはなかった?
わざわざ智奈に問いを投げたということはつまり、キョウゴには近づいた理由があるのだ。
――いろいろ頼まれてますから。
薄らと耳に残る記憶からそんな言葉が浮上する。あのときの会話が智奈のことを云っているとしたら、キョウゴに“いろいろ”頼んだのはだれか。
「キョウゴ……もしかして、おじいちゃんに頼まれたから?」
キョウゴが隣に座るのを待って、智奈は答えを出した。
「智奈は頭がいい」
キョウゴはからかっているのではない。その証拠に、うれしそうにしている。
「でも、わかったのは単純なことだけ。おじいちゃんがなぜ頼んだのか、その理由は全然わからない」
「おれはまだ全部を話してるわけじゃないし、わからなくて当然だ」
薄らと笑って云い、キョウゴは自分のデザートにフォークで切りこみを入れ、それを持ちあげると自分が食べるのではなく、智奈の口もとに持ってきた。食べて、と無言の要求に応えて智奈は口を開ける。
ババロアのタルトにチョコと苺のソースがかかっていて、口の中で絶妙な甘さが広がる。
「美味しい!」
「津田さんは一流のシェフだ。まだ残りが冷蔵庫に入ってる」
そうしてキョウゴは腰を浮かして、智奈のほうに身を乗りだす。智奈がくちびるに付いたソースを舌で舐めとろうとしたとたん、キョウゴがぺろりと舌を出して舐めた。舌先が触れ合って、思わず智奈が舌を引っこめると、キョウゴは不満そうに首をひねった。
「話がさき」
云い訳をする必要はないと思うのに、智奈はそんな気分にさせられて云ってしまう。案の定、オーケー、とキョウゴは“あとにやること”に乗り気な様子でにやりとした。
ただ、そんなふざけた態度は長く続かず、キョウゴは無表情に近い生真面目な顔になって口を開いた。
「祖父には頼まれたというより命令された。おれが智奈に近づいたのは、智奈がこっちの事情を知っているかどうか、確かめるためだった」
「……こっちの事情って何?」
「おれの両親のことだ」
「何も知らなかったけど……」
「わかってる。同時に、お父さんが何か残していないか、それも調べる必要があった。京吾として近づいたのは、事務所の調査に不自然じゃなく加わるため、キョウゴとして近づいたのは穏便にお父さんの家に入りこむためだ。当初の計画としては、何も問題ないとわかった時点でキョウゴは行方をくらますはずだったけどな」
キョウゴは肩をそびやかすと、呆れた素振りで首を横に振った。いまそうしているとしたら、自分に対して呆れているのだろうけれど。
智奈は智奈で半ば呆気に取られ、それからストップしていた思考が目まぐるしく回転し始める。
「不自然じゃなく、とか、穏便に、とか……その言葉を取ったら、キョウゴがやったことは……泥棒みたいなもの……?」
「正解だ。智奈がいない間に家のなかは調べた。事務所にも何もなかった。お父さんは忠実に祖父との約束を守った。それくらい、智奈のことを大切に思っていたんだ」
「ひどい」
「そのとおりだ。お父さんが智奈を大切にしていたことと、おれの卑怯さは無関係で、話をすり替えて逃避しているのは認める。智奈に嫌われたくないし、いまさら手放すなんて無理だ」
「……手放したくないって、ほんとに?」
「同化したいって云っただろう。それくらい、智奈はおれの一部になってる」
じっと見入ったキョウゴの眼差しはまっすぐで、嘘には見えない。もとい、いま打ち明けられたことからすると、依頼されたことは問題なく完結していて、智奈は用済みのはずだ。そもそも打ち明ける必要もない。
「ひどい、ってわたしが云ったのは……キョウゴが黙って消えるつもりだったこと……」
そうじゃなくてよかった。心の底から思って――
「泣かないで」
キョウゴがそう云うまで気づかないほど、智奈は安堵していた。
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