悪い男は愛したがりで?甘すぎてクセになる

奏井れゆな

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38.テリトリーは海の中

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 上半分が白、下半分はブルーともグレーともつかない色、そんなツートンカラーになった家は二階建てだろう。濃茶の目隠し羽板ルーバーがデザインの一部として使われていて、シンプルでありながらお洒落だ。
 家続きで車庫があって、車が近づいていくとシャッターが上がっていく。そこにはもう一台の車がおさまっていた。それが、日曜日のデートのときに使われた車だとわかると、また同一人物だという納得の度合いが増える。
 車庫の隣にある玄関前はひさしが大きく張りだしていて、さながら隠れ家の雰囲気だ。
 キョウゴに促されて玄関に入ると、そこが広すぎること以上に、正面が全面窓ガラスになっていて、その開放感に智奈は驚いた。
「すごいですね」
 玄関ホールで立ち尽くし、智奈の口から思わずそんな言葉が飛びだすと、可笑しそうにした笑い声がした。
「“ですね”っていまさらなんだ」
 キョウゴに云われて、智奈は堂貫に対しての言葉遣いだったと気づかされた。納得しつつあってもまだ100パーセントには到達していない。
「……キョウゴみたいにすぐ切り替えるなんて、わたしには無理」
「ああ。怒ってないぶんだけ、ずっとマシだけどな」
 そうだ、怒るべきところなんだろう。けれど、驚きのほうが遥かに上回っている。
 キョウゴは、早く上がって、と智奈の背中を軽く押した。
「最近、無駄に広いと思うんだよな」
 玄関から上がって廊下を左に折れながら、キョウゴは天井から庭へとぐるりと見回してつぶやいた。
「独りで住んでるんだよね。お母さんはどこ?」
「母はずっと実家暮らしで、働きもせず悠悠自適だ。母に云わせれば、働く必要のない自分が働いたら、本当に必要な人の仕事を奪うことになる、だってさ」
 智奈の場合と同じで母子の折り合いが悪いのは知っていて、いまのキョウゴの云い方も素っ気ないけれど、智奈は笑ってしまった。
「そういう考え方もあるんだね」
「タチの悪いお嬢さまだ」
 キョウゴは母親を揶揄し、薄く笑ってあしらった。
 そうして今度は右に折れてリビングに入り、続きのダイニングまで視界に入ってくると家の造りがコの字型になっているとわかった。コの字の中に庭があって、そこは適度に植樹され、テーブルと椅子を置いたらお洒落な屋外カフェになりそうな雰囲気だ。リビングも吹き抜けで室内なのに解放感が半端ない。
 確かに、キョウゴが云っていたように在るものはシンプルだけれど、それよりはシックな雰囲気が溢れている。
 そして、リビングの向こうのオープンキッチンで物音がして見てみると、平行に並んだ二つの棚と棚の間からアラフォーかという年の男性が出てきた。ワインボトルを持ち、丈の長い腰エプロンをして、ギャルソンのような出立ちだ。
「お帰りなさいませ。ご用意はできています」
 ああ、とキョウゴは応じたあと、「智奈、クラブのシェフの津田だ」と紹介して――
「津田さん、三枝智奈さんだ」
 逆紹介をすると、津田はわずかに目を開いた。
 驚いたように見えるけれどなんだろう。疑問に思っているうちに、津田は智奈に笑顔を向けた。
「はじめまして。食事を楽しんでいただけるといいのですが。これからどうぞよろしくお願いします」
「はじめまして。こちらこそよろしくお願いします」
 と、津田の言葉に合わせて挨拶したものの、智奈は戸惑ってしまう。
 これから、って?
 そんな智奈の疑問をよそに、キョウゴは、津田さん、と呼びかけてカウンターを指差した。
「ここに用意してくれ。片付けはこっちでやるから並べたら店に顔を出してほしい」
「承知しました」
 津田は軽くうなずくと、まずワインボトルを開けて、食前酒です、とキッチン続きのカウンターに置いた。
 キョウゴがカウンター付きの椅子を引きだして、智奈がそこに座るのを待ってからキョウゴは隣に座った。
 津田が食器に料理をよそうのを眺めながら一口飲んだワインは、智奈には味も価値もわからないけれど、きっと高価なものだ。キョウゴはワインを口に含んで満足そうにしていて、それが証拠だ。
 けれど、智奈はふと気づく。
「キョウゴ、帰りは? タクシーで帰る?」
「今日はだから、この家に招待したんだ。つまり、そういうことだ」
 と云われても智奈はよくわからない。
 ここに泊まるということ? わたしも?
 そんな疑問は、津田がいる手前、智奈にはできない。それを見越してか、キョウゴはおどけたように首をひねって、智奈を翻弄する。
 とりあえず、津田が帰ってから訊ねればいい。気を取り直して、智奈は吹き抜けの二階に目を向けた。クリアな手摺りフェンスがコの字型に沿い、ぐるりと回廊みたいになっている。一階も二階も中庭も、所々にブルーライトが灯されている。
「キョウゴ、ここはほんと自由に泳げるって感じ」
「おれはシャチじゃない」
「でもクリアなブルーで、海中みたい。プライベートっていうよりは、テリトリーっぽい。わたしのマンションがすごくちっちゃく感じる。窮屈じゃなかった?」
「さっき云ったことを聞いてなかったのか。たった一カ月、智奈のところにいただけで慣れた。あの狭いベッドで眠れば嫌でも慣れる。だから、ここに寄るたびにスカスカしてる気になる。智奈の家の、玄関を一歩出たらだれかと会う、っていう状況だけはいただけないけど」
 キョウゴは、料理をひとつひとつ配膳していく津田を目の前にして、平然とベッドのことを口にする。智奈は身をすくめながら、せめて狭いベッドにふたりで眠っていることまでは云わなかったから、たぶんセーフだ、と自分をなだめた。
「……何か嫌な目に遭ったの?」
「だんだん朝のエレベーターのなかが満員になってきた」
 一瞬、なんのことかと考えた智奈だったが、やがて思いついた。
「もしかして、女性に囲まれてたの?」
 キョウゴは首をひねるだけで否定はしない。つまり、正解なのだ。智奈は吹きだした。
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