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30.ボディガード志願(3)
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典子は怪訝そうに眉をひそめた。それが、自分の責任と言及されたことに対してか、智奈とキョウゴの関係に対してか――いや、おそらくどちらも気にかかったのだろう。
一方で、智奈もまたキョウゴの言葉に引っかかった。『必要』というのがやけに断言して聞こえたのだ。なんだろう、と考えて、するとキョウゴに最初に会ったときの会話が甦った。
『フロント企業と関わっていたからには、危ない連中に絡まれるかもしれない』
キョウゴはそう云って智奈を怖がらせた。あえてそうしたとは思っていないけれど、いままたほのめかした云い分からするとはったりではないだろうし、あり得ないと云いきれることでもない。事務所の閉鎖が難航したのも、フロント企業との兼ね合いがあるとは弁護士から聞かされていた。
それなのに、堂貫はやると申し出てから一カ月もかからず、清算まで取り運んだ。
どういうこと?
やはり謎だと思う。裏社会との繋がりがあろうが物ともせず、進んで関わった堂貫のことも、『危ない連中』を怖れないキョウゴも。
めずらしく思考に耽っている様子の典子は、コーヒーの味がわかっているのか否か、見るともなくその一点を見つめたまま一口飲んで、ゆっくりと口を開く。
「まず、わたしが撒いた種ってなんのことかしら」
その言葉からすると、典子はまるで知らなかったのだ。子供でもあるまいし、あまりに人任せで、能天気にも程がある。
「まさか、お父さんが自分から犯罪に手を貸したと思ってるの? お父さんが犯罪に関わったのは、お母さんがヘンなところから借金したからでしょ。なんの自覚もないの?」
たまらず智奈は口を出した。その間に、キョウゴの左手が智奈の右手をくるんだ。そうされて、自分が握り拳をつくっていたと気づいた。
「もう借りてないわよ。お父さんは全部返したって云ったわ」
「それは、ご主人が吐いた嘘です」
今度はキョウゴが口を挟み、典子の思いこみを訂正した。
行雄はどれだけ妻のことを甘やかし、なんのためにそうしていたのだろう。智奈には理解できない。
「嘘ですって?」
「返せなかったんです。あなたが自分の借りた金額をしっかり把握していなかったせいで、元本を水増しして、簡単には返せない額の請求をされた。加えて、ご主人が――三枝さんが弁護士や警察に相談できず、法外の仕事をせざるを得なくなったのは脅されたからですよ。家族に被害が及ぶ、と。あなたと智奈を守るために、三枝さんはその仕事を引き受けることを選択した」
キョウゴは智奈が知っていた以上のことを云っている。それは本当なのか、方便なのか。
典子が驚愕しているのを見て、智奈は母もそういう反応をするのだと冷静に、もしくは皮肉っぽく思う。それとも、単に自分に危険が及ぶ可能性を考えて怯えているというのもあり得るが――
「その……いまも危険なの? だから智奈のボディガードなんてやってるの?」
案の定、後者のほうが正解だったようだ。行雄に対する後悔は見えない。夫が亡くなった以上、収入は余裕なく限られている。きっと典子にとってはそちらのほうがより重要なのだ。フルタイムで働く気もないのか。短時間だけでも働いているだけましだと考えるべきなのか。ちゃんと働き始めているとしたら、典子が自立しようと心が変わりつつある兆候で、少しは智奈の気分的な救いになるのに。
「僕は用心に用心を重ねてここにいるだけです」
キョウゴの言葉を簡単に前向きに捉えたのだろう、典子はあからさまに肩をおろして安堵している。
「だったら、やっぱりボディガード以上の関係じゃない。でも、あなたは――名前……立岡さんだったわよね、智奈と結婚してるわけじゃない。ふたりで、わたしをごまかすなんて許さないから」
「でしたら、清算に立ち会ったらどうです? 今度の金曜日の午後、事務所に来てください。知らせがあったとおり、そちらの弁護士はそのままですから、話も簡単に運びますよ。同席して確認すれば気もすむでしょう」
キョウゴは淡々として典子に云い渡し、智奈はびっくり眼でキョウゴを見やった。
「キョウゴ、それ、堂貫さんに無断で……」
「そっちはかまわない」
キョウゴはちらりと横目で智奈を見やった。そして、再び典子に向かう。
「それでかまいませんね? もし事務所にみえなかったとしても、そのときは以降、あなたは自分で自分の責任を負ってください。遅くまでお待たせしました。明日は仕事がありますから」
キョウゴはやんわりとした声音ながら、強行に退去を迫った。
例えば、キョウゴの美貌に圧倒されつつも、それを逆に顔だけだと侮っていたとしたら、典子はとんでもない勘違いをしていたと気づかされただろう。
智奈にしろ、キョウゴにホストだと云われたときはあまり違和感がなかったけれど、ただのホストではなくそのクラブの経営者だとわかって驚かされた。立ち回りがうまくなければ、簡単にそうはなれない。立ち回りがうまいということは頭が切れるということだ。
「ぜひ、そうさせてちょうだい」
典子はすっくと立ちあがった。身なりだけはいつもきちんとしていて、スカートの皺を伸ばすようなしぐさをすると、くるっと身をひるがえして玄関へと立ち去った。
考えたにしろ本能にしろ、キョウゴが示唆した不快感を典子が悟ったのは確かで、まるっきりばかではなかったことに智奈はほっとした。
一方で、智奈もまたキョウゴの言葉に引っかかった。『必要』というのがやけに断言して聞こえたのだ。なんだろう、と考えて、するとキョウゴに最初に会ったときの会話が甦った。
『フロント企業と関わっていたからには、危ない連中に絡まれるかもしれない』
キョウゴはそう云って智奈を怖がらせた。あえてそうしたとは思っていないけれど、いままたほのめかした云い分からするとはったりではないだろうし、あり得ないと云いきれることでもない。事務所の閉鎖が難航したのも、フロント企業との兼ね合いがあるとは弁護士から聞かされていた。
それなのに、堂貫はやると申し出てから一カ月もかからず、清算まで取り運んだ。
どういうこと?
やはり謎だと思う。裏社会との繋がりがあろうが物ともせず、進んで関わった堂貫のことも、『危ない連中』を怖れないキョウゴも。
めずらしく思考に耽っている様子の典子は、コーヒーの味がわかっているのか否か、見るともなくその一点を見つめたまま一口飲んで、ゆっくりと口を開く。
「まず、わたしが撒いた種ってなんのことかしら」
その言葉からすると、典子はまるで知らなかったのだ。子供でもあるまいし、あまりに人任せで、能天気にも程がある。
「まさか、お父さんが自分から犯罪に手を貸したと思ってるの? お父さんが犯罪に関わったのは、お母さんがヘンなところから借金したからでしょ。なんの自覚もないの?」
たまらず智奈は口を出した。その間に、キョウゴの左手が智奈の右手をくるんだ。そうされて、自分が握り拳をつくっていたと気づいた。
「もう借りてないわよ。お父さんは全部返したって云ったわ」
「それは、ご主人が吐いた嘘です」
今度はキョウゴが口を挟み、典子の思いこみを訂正した。
行雄はどれだけ妻のことを甘やかし、なんのためにそうしていたのだろう。智奈には理解できない。
「嘘ですって?」
「返せなかったんです。あなたが自分の借りた金額をしっかり把握していなかったせいで、元本を水増しして、簡単には返せない額の請求をされた。加えて、ご主人が――三枝さんが弁護士や警察に相談できず、法外の仕事をせざるを得なくなったのは脅されたからですよ。家族に被害が及ぶ、と。あなたと智奈を守るために、三枝さんはその仕事を引き受けることを選択した」
キョウゴは智奈が知っていた以上のことを云っている。それは本当なのか、方便なのか。
典子が驚愕しているのを見て、智奈は母もそういう反応をするのだと冷静に、もしくは皮肉っぽく思う。それとも、単に自分に危険が及ぶ可能性を考えて怯えているというのもあり得るが――
「その……いまも危険なの? だから智奈のボディガードなんてやってるの?」
案の定、後者のほうが正解だったようだ。行雄に対する後悔は見えない。夫が亡くなった以上、収入は余裕なく限られている。きっと典子にとってはそちらのほうがより重要なのだ。フルタイムで働く気もないのか。短時間だけでも働いているだけましだと考えるべきなのか。ちゃんと働き始めているとしたら、典子が自立しようと心が変わりつつある兆候で、少しは智奈の気分的な救いになるのに。
「僕は用心に用心を重ねてここにいるだけです」
キョウゴの言葉を簡単に前向きに捉えたのだろう、典子はあからさまに肩をおろして安堵している。
「だったら、やっぱりボディガード以上の関係じゃない。でも、あなたは――名前……立岡さんだったわよね、智奈と結婚してるわけじゃない。ふたりで、わたしをごまかすなんて許さないから」
「でしたら、清算に立ち会ったらどうです? 今度の金曜日の午後、事務所に来てください。知らせがあったとおり、そちらの弁護士はそのままですから、話も簡単に運びますよ。同席して確認すれば気もすむでしょう」
キョウゴは淡々として典子に云い渡し、智奈はびっくり眼でキョウゴを見やった。
「キョウゴ、それ、堂貫さんに無断で……」
「そっちはかまわない」
キョウゴはちらりと横目で智奈を見やった。そして、再び典子に向かう。
「それでかまいませんね? もし事務所にみえなかったとしても、そのときは以降、あなたは自分で自分の責任を負ってください。遅くまでお待たせしました。明日は仕事がありますから」
キョウゴはやんわりとした声音ながら、強行に退去を迫った。
例えば、キョウゴの美貌に圧倒されつつも、それを逆に顔だけだと侮っていたとしたら、典子はとんでもない勘違いをしていたと気づかされただろう。
智奈にしろ、キョウゴにホストだと云われたときはあまり違和感がなかったけれど、ただのホストではなくそのクラブの経営者だとわかって驚かされた。立ち回りがうまくなければ、簡単にそうはなれない。立ち回りがうまいということは頭が切れるということだ。
「ぜひ、そうさせてちょうだい」
典子はすっくと立ちあがった。身なりだけはいつもきちんとしていて、スカートの皺を伸ばすようなしぐさをすると、くるっと身をひるがえして玄関へと立ち去った。
考えたにしろ本能にしろ、キョウゴが示唆した不快感を典子が悟ったのは確かで、まるっきりばかではなかったことに智奈はほっとした。
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