29 / 100
28.共通点
しおりを挟む
「じゃあ……いつか三人一緒に飲みに行ったりできない? べつにバカ騒ぎしなくてもいいし……たまには堂貫オーナーとお酒を飲んだりもするでしょ?」
食いさがってみると、キョウゴは苦笑いじみて薄く笑った。
「今日はなんなんだ。堂貫のことをやけに気にしてるけど……おれよりも好きだとか?」
キョウゴはストレートに訊ねてくる。けれど。単に堂貫が好きかと訊かれれば、智奈も単純に好きと云えたのに――嫌う理由などなく、恋する気持ちを除外すれば簡単に云える言葉だったのに、キョウゴは『おれよりも』と比較した答えを要求してきた。
そこに思惑があるのか否か、キョウゴは巧妙に話を運んで智奈はやられてばかりだ。
「キョウゴも堂貫オーナーも、どっちも嫌いじゃない」
反抗的に聞こえたのだろう、いや、そのとおりの気分で云ったのだけれど、キョウゴはおもしろがって笑う。智奈を追いつめるべく、追求してくるかと思いきや――
「おれは智奈が好きだ。だれにも渡したくない」
キョウゴは至って真面目な口調で、真逆の方向から智奈を追いつめた。
うれしくないと云ったら、それはまったく嘘だ。智奈だってキョウゴが好きだ。けれど、堂貫に会えば堂貫にときめいてしまう。好きだと思ってしまう。自分がこんなに気が多く浮気性だとは思いもしなかった。
智奈が返事に窮していると、キョウゴはまた興じた様子に戻った。
「なんだ智奈、“わたしも”って云わないのか。せっかくバージン喪失の機会を与えてやったのに。このまえの不能の件といい、智奈はおれのプライドを潰す天才だ」
キョウゴは恩着せがましく云ったかと思うと、わざとらしく嘆いて見せた。さっきの告白は冗談だったのか、そう考えたらがっかりする。
キョウゴの智奈に対する気持ちについては、智奈自身が云った『嫌いじゃない』という程度なら確信はある。それ以上の気持ちは、もしキョウゴが本気で云ったとしても智奈のほうが本気で信じることはできない。それほどの気持ちをキョウゴに抱かせる自信は智奈の中に皆無だ。
「そういうつもりじゃなくて……わたしはキョウゴのこと、あまり知らないから……」
「知らないというのはおれの背景のことだろうけど、その辺りは知らなくても好きになるときは好きになる。世の中にはひと目惚れって言葉があるけど、そういうことだろう?」
キョウゴの云うとおりだ。堂貫に対してはまさにそれだった。名刺を渡されながら、連絡してくれ、とそのたったひと言に心が動いた。
「……キョウゴはひと目惚れの経験あるの?」
「どうだろう。おれは……母親からでさえ本気で愛されてると思ったことがないから、そういう気持ちになることもよくわからなかった」
曖昧に云ったあとのキョウゴの言葉は智奈を驚かせた。びっくり眼でキョウゴを見つめ、そうする智奈を見てキョウゴは何かごまかすようにため息まがいでかすかに笑った。。
「いま、ちょっと同情して、気持ちがおれに傾いた?」
ふざけた質問だ。わざとちゃかしたのか、そこは判断がつかない。
「わたしもお母さんから愛されてるとは思ってない」
智奈ははぐらかし、けれどキョウゴがそこを突いてくることはなく、そうだな、とただ同調した。
「けど、智奈はお父さんからは愛されてただろう? 母親がだらしなくても、智奈はしっかりしてるし、人にも迷惑をかけず、きちんと育ってる。それが証拠だ。ホスト通いは褒められないけど」
「ホスト業のキョウゴがそんなこと云っていいの?」
「好きでやってたわけじゃない。オーナーになったいまもそうだ」
智奈は軽口を叩いたつもりが、キョウゴは乗ってこなかった。それどころか、形だけのかすかな笑みをくちびるに浮かべ、また驚くようなことを云う。
「……どういうことか訊いてもいい?」
「はっ、もう訊いてるだろう」
「そうだけど……キョウゴのこと、話してくれるなら、いろんなことを聞きたい」
「人のことを知りたがるって、覚悟あるんだろうな」
「たぶん、キョウゴとは縁を切りたくないって思うほどには覚悟ある。キョウゴがいないと、わたしは独りぼっちだから」
覚悟という言葉に対して智奈の答えは簡単すぎたのか、キョウゴは吹くように笑った。それから軽くため息をついて口を開いた。
「おれも独りだっていう感覚でやってきたけど……おれは父親に認知もされていない、つまり、愛人の母が勝手におれを生んだ。ホストになったのもオーナーになったのも、優位に立って生きていくための手段だ」
食いさがってみると、キョウゴは苦笑いじみて薄く笑った。
「今日はなんなんだ。堂貫のことをやけに気にしてるけど……おれよりも好きだとか?」
キョウゴはストレートに訊ねてくる。けれど。単に堂貫が好きかと訊かれれば、智奈も単純に好きと云えたのに――嫌う理由などなく、恋する気持ちを除外すれば簡単に云える言葉だったのに、キョウゴは『おれよりも』と比較した答えを要求してきた。
そこに思惑があるのか否か、キョウゴは巧妙に話を運んで智奈はやられてばかりだ。
「キョウゴも堂貫オーナーも、どっちも嫌いじゃない」
反抗的に聞こえたのだろう、いや、そのとおりの気分で云ったのだけれど、キョウゴはおもしろがって笑う。智奈を追いつめるべく、追求してくるかと思いきや――
「おれは智奈が好きだ。だれにも渡したくない」
キョウゴは至って真面目な口調で、真逆の方向から智奈を追いつめた。
うれしくないと云ったら、それはまったく嘘だ。智奈だってキョウゴが好きだ。けれど、堂貫に会えば堂貫にときめいてしまう。好きだと思ってしまう。自分がこんなに気が多く浮気性だとは思いもしなかった。
智奈が返事に窮していると、キョウゴはまた興じた様子に戻った。
「なんだ智奈、“わたしも”って云わないのか。せっかくバージン喪失の機会を与えてやったのに。このまえの不能の件といい、智奈はおれのプライドを潰す天才だ」
キョウゴは恩着せがましく云ったかと思うと、わざとらしく嘆いて見せた。さっきの告白は冗談だったのか、そう考えたらがっかりする。
キョウゴの智奈に対する気持ちについては、智奈自身が云った『嫌いじゃない』という程度なら確信はある。それ以上の気持ちは、もしキョウゴが本気で云ったとしても智奈のほうが本気で信じることはできない。それほどの気持ちをキョウゴに抱かせる自信は智奈の中に皆無だ。
「そういうつもりじゃなくて……わたしはキョウゴのこと、あまり知らないから……」
「知らないというのはおれの背景のことだろうけど、その辺りは知らなくても好きになるときは好きになる。世の中にはひと目惚れって言葉があるけど、そういうことだろう?」
キョウゴの云うとおりだ。堂貫に対してはまさにそれだった。名刺を渡されながら、連絡してくれ、とそのたったひと言に心が動いた。
「……キョウゴはひと目惚れの経験あるの?」
「どうだろう。おれは……母親からでさえ本気で愛されてると思ったことがないから、そういう気持ちになることもよくわからなかった」
曖昧に云ったあとのキョウゴの言葉は智奈を驚かせた。びっくり眼でキョウゴを見つめ、そうする智奈を見てキョウゴは何かごまかすようにため息まがいでかすかに笑った。。
「いま、ちょっと同情して、気持ちがおれに傾いた?」
ふざけた質問だ。わざとちゃかしたのか、そこは判断がつかない。
「わたしもお母さんから愛されてるとは思ってない」
智奈ははぐらかし、けれどキョウゴがそこを突いてくることはなく、そうだな、とただ同調した。
「けど、智奈はお父さんからは愛されてただろう? 母親がだらしなくても、智奈はしっかりしてるし、人にも迷惑をかけず、きちんと育ってる。それが証拠だ。ホスト通いは褒められないけど」
「ホスト業のキョウゴがそんなこと云っていいの?」
「好きでやってたわけじゃない。オーナーになったいまもそうだ」
智奈は軽口を叩いたつもりが、キョウゴは乗ってこなかった。それどころか、形だけのかすかな笑みをくちびるに浮かべ、また驚くようなことを云う。
「……どういうことか訊いてもいい?」
「はっ、もう訊いてるだろう」
「そうだけど……キョウゴのこと、話してくれるなら、いろんなことを聞きたい」
「人のことを知りたがるって、覚悟あるんだろうな」
「たぶん、キョウゴとは縁を切りたくないって思うほどには覚悟ある。キョウゴがいないと、わたしは独りぼっちだから」
覚悟という言葉に対して智奈の答えは簡単すぎたのか、キョウゴは吹くように笑った。それから軽くため息をついて口を開いた。
「おれも独りだっていう感覚でやってきたけど……おれは父親に認知もされていない、つまり、愛人の母が勝手におれを生んだ。ホストになったのもオーナーになったのも、優位に立って生きていくための手段だ」
0
お気に入りに追加
282
あなたにおすすめの小説
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
家族愛しか向けてくれない初恋の人と同棲します
佐倉響
恋愛
住んでいるアパートが取り壊されることになるが、なかなか次のアパートが見つからない琴子。
何気なく高校まで住んでいた場所に足を運ぶと、初恋の樹にばったりと出会ってしまう。
十年ぶりに会話することになりアパートのことを話すと「私の家に住まないか」と言われる。
未だ妹のように思われていることにチクチクと苦しみつつも、身内が一人もいない上にやつれている樹を放っておけない琴子は同棲することになった。
【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。
花澤凛
恋愛
第17回 恋愛小説大賞 奨励賞受賞
皆さまのおかげで賞をいただくことになりました。
ありがとうございます。
今好きな人がいます。
相手は殿上人の千秋柾哉先生。
仕事上の関係で気まずくなるぐらいなら眺めているままでよかった。
それなのに千秋先生からまさかの告白…?!
「俺と付き合ってくれませんか」
どうしよう。うそ。え?本当に?
「結構はじめから可愛いなあって思ってた」
「なんとか自分のものにできないかなって」
「果穂。名前で呼んで」
「今日から俺のもの、ね?」
福原果穂26歳:OL:人事労務部
×
千秋柾哉33歳:産業医(名門外科医家系御曹司出身)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる