24 / 100
24.気の多さと既視感
しおりを挟む
季節は夏でもなく暑くもないから、キョウゴはバスルームから出てくるときもきちんとパジャマがわりの服を着ている。ベッドの中では智奈が一方的に抱かれるだけで、キョウゴは服を着たままでいる。即ち、裸体など見たことがなかった。
服越しで感じていたよりも、キョウゴはずっと頑丈な躰をしていた。血管の浮いた腕に程よく隆起した胸、そしてぼこぼこした腹部を見れば、明らかに鍛えている。隠すのはもったいない。最初の感想はそれだったけれど、何よりもぱっと目についてしまったキョウゴの躰の中心はもうまともに見られず、智奈は視線を宙にさまよわせた。
キョウゴは含み笑う。
「なんなんだ、その反応は。さきが思いやられるな」
その『さき』がなんのことを云っているのか明確ではない。ただ、いま裸を晒したことでキョウゴはなんらかのステップアップをする気かもしれない。無理やり一線を超えることはしないと宣言していたけれど。
智奈はおそるおそるといった様子でキョウゴの顔に目を向け、疑うように見た。
「その……違うことするの?」
用心深く訊ねると、苦笑いが返ってくる。
「おれに触られるのは慣れただろう? そろそろ違うことを知ってもいいし……って、段階を踏まないといけないセックスってなんだろうな。とにかく、究極の男と女のセックスは智奈の気持ち次第だ」
「……わたしの気持ち?」
「そう。おれを不能にするとか、がんじがらめになってもらわなくては割に合わない」
「がんじがらめって意味がわからない。不能……って、それはわたしのせいじゃないと思うけど。それに……」
「“それに”?」
キョウゴは嫌らしくニヤついて、いかにも智奈が思っていることを勝手に想像して答えを出している。たぶん、間違ってはいないけれど、口にするにははばかられた。こっそり白状すれば、さっき見たものが不能でないことは、未経験の智奈でも判断がつく。
口を結んだままの智奈を見て、キョウゴはため息をつくように笑い、それから手を伸ばせば届くほどのふたりの距離を詰めた。
ヒールを履いていないと、智奈の背はキョウゴの肩くらいまでしかない。首をのけ反らせて見上げた。さっきはさらうようにソファから連れてきたのに、いつものようなせっかちさは鳴りを潜め、キョウゴは何かを待っている。
「早く抱きついておれを浄化してくれ」
智奈は目を丸くした。
キョウゴの『嫌悪感』という発言は大げさでもなんでもなく、おそらくはそのときと同じ状況にして、本気でリセットしたいと思っているようだ。そうなると、その女性がかわいそうな気もしてくる。反面、正直に自分の気持ちと向き合えば、智奈はうれしいとも感じる。
その気持ちはなんだろう。さっき、キョウゴも気持ちのことを云っていたけれど。
何年か前に、数時間前のシーンと似たような場面に遭遇したことがある。父と、知らない女性が親しげに腕を組んで歩いていた。両親は離婚していないのだから、父が女性と付き合っているとしたら不倫になるけれど、そんな嫌悪感は智奈にはなかった。あんな母を無理してでも支えていた父のことを悪く思えるはずがない。すっきり応援したいとまでは思わなかったけれど認められた。
けれど、キョウゴに対しては、女性とただの躰の関係であっても嫌だと感じてしまう。さみしさを紛らせたくて済し崩しに同居しているけれど、家族だった父とは違う。
それじゃあキョウゴは何?
堂貫が好きなのに、キョウゴを独占したがる。手に入らないものと、入るかもしれないもの。それを天秤にかけているのかもしれない。
それとも、気が多いという、それは自分でも知らなかった自分の一面?
「智奈」
キョウゴが焦れったそうに智奈に呼びかけた。
いまのキョウゴの姿を見て抱きつきたくない人がいたら、その人の美的、且つ性的感覚はかなり特殊だ。そう思うほど、急かされなくても触れてみたい欲求は大きい。智奈は手を上げるとキョウゴの背中にまわして抱きついた。
硬く弾力のある胸に頬をぺたりとくっつける。
気持ちいい。手のひらで感じる背中も、直接、触れ合う体温も。
智奈がゆったりと息を吐くと、キョウゴの躰がリラックスしたように緩んだ。そして、智奈の背中に腕がまわりこみ、躰がふわりとくるまれた。頭の天辺に口づけられる。
すると、また既視感を覚える。それがいつのことか、今度は思いだすまでもなくはっきりわかった。
ここまで似ているもの?
その疑問は、突然、躰を反転させられて、整理がつけられなかった。
今度は背後から抱きしめられた。首を傾けたキョウゴが智奈の耳を食む。
「キョウゴっ」
智奈は首をすくめた。背中からぞくっとした感覚が派生し、躰にぷるっとしたふるえが走った。
服越しで感じていたよりも、キョウゴはずっと頑丈な躰をしていた。血管の浮いた腕に程よく隆起した胸、そしてぼこぼこした腹部を見れば、明らかに鍛えている。隠すのはもったいない。最初の感想はそれだったけれど、何よりもぱっと目についてしまったキョウゴの躰の中心はもうまともに見られず、智奈は視線を宙にさまよわせた。
キョウゴは含み笑う。
「なんなんだ、その反応は。さきが思いやられるな」
その『さき』がなんのことを云っているのか明確ではない。ただ、いま裸を晒したことでキョウゴはなんらかのステップアップをする気かもしれない。無理やり一線を超えることはしないと宣言していたけれど。
智奈はおそるおそるといった様子でキョウゴの顔に目を向け、疑うように見た。
「その……違うことするの?」
用心深く訊ねると、苦笑いが返ってくる。
「おれに触られるのは慣れただろう? そろそろ違うことを知ってもいいし……って、段階を踏まないといけないセックスってなんだろうな。とにかく、究極の男と女のセックスは智奈の気持ち次第だ」
「……わたしの気持ち?」
「そう。おれを不能にするとか、がんじがらめになってもらわなくては割に合わない」
「がんじがらめって意味がわからない。不能……って、それはわたしのせいじゃないと思うけど。それに……」
「“それに”?」
キョウゴは嫌らしくニヤついて、いかにも智奈が思っていることを勝手に想像して答えを出している。たぶん、間違ってはいないけれど、口にするにははばかられた。こっそり白状すれば、さっき見たものが不能でないことは、未経験の智奈でも判断がつく。
口を結んだままの智奈を見て、キョウゴはため息をつくように笑い、それから手を伸ばせば届くほどのふたりの距離を詰めた。
ヒールを履いていないと、智奈の背はキョウゴの肩くらいまでしかない。首をのけ反らせて見上げた。さっきはさらうようにソファから連れてきたのに、いつものようなせっかちさは鳴りを潜め、キョウゴは何かを待っている。
「早く抱きついておれを浄化してくれ」
智奈は目を丸くした。
キョウゴの『嫌悪感』という発言は大げさでもなんでもなく、おそらくはそのときと同じ状況にして、本気でリセットしたいと思っているようだ。そうなると、その女性がかわいそうな気もしてくる。反面、正直に自分の気持ちと向き合えば、智奈はうれしいとも感じる。
その気持ちはなんだろう。さっき、キョウゴも気持ちのことを云っていたけれど。
何年か前に、数時間前のシーンと似たような場面に遭遇したことがある。父と、知らない女性が親しげに腕を組んで歩いていた。両親は離婚していないのだから、父が女性と付き合っているとしたら不倫になるけれど、そんな嫌悪感は智奈にはなかった。あんな母を無理してでも支えていた父のことを悪く思えるはずがない。すっきり応援したいとまでは思わなかったけれど認められた。
けれど、キョウゴに対しては、女性とただの躰の関係であっても嫌だと感じてしまう。さみしさを紛らせたくて済し崩しに同居しているけれど、家族だった父とは違う。
それじゃあキョウゴは何?
堂貫が好きなのに、キョウゴを独占したがる。手に入らないものと、入るかもしれないもの。それを天秤にかけているのかもしれない。
それとも、気が多いという、それは自分でも知らなかった自分の一面?
「智奈」
キョウゴが焦れったそうに智奈に呼びかけた。
いまのキョウゴの姿を見て抱きつきたくない人がいたら、その人の美的、且つ性的感覚はかなり特殊だ。そう思うほど、急かされなくても触れてみたい欲求は大きい。智奈は手を上げるとキョウゴの背中にまわして抱きついた。
硬く弾力のある胸に頬をぺたりとくっつける。
気持ちいい。手のひらで感じる背中も、直接、触れ合う体温も。
智奈がゆったりと息を吐くと、キョウゴの躰がリラックスしたように緩んだ。そして、智奈の背中に腕がまわりこみ、躰がふわりとくるまれた。頭の天辺に口づけられる。
すると、また既視感を覚える。それがいつのことか、今度は思いだすまでもなくはっきりわかった。
ここまで似ているもの?
その疑問は、突然、躰を反転させられて、整理がつけられなかった。
今度は背後から抱きしめられた。首を傾けたキョウゴが智奈の耳を食む。
「キョウゴっ」
智奈は首をすくめた。背中からぞくっとした感覚が派生し、躰にぷるっとしたふるえが走った。
0
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
冷徹秘書は生贄の恋人を溺愛する
砂原雑音
恋愛
旧題:正しい媚薬の使用法
……先輩。
なんて人に、なんてものを盛ってくれたんですか……!
グラスに盛られた「天使の媚薬」
それを綺麗に飲み干したのは、わが社で「悪魔」と呼ばれる超エリートの社長秘書。
果たして悪魔に媚薬は効果があるのか。
確かめる前に逃げ出そうとしたら、がっつり捕まり。気づいたら、悪魔の微笑が私を見下ろしていたのでした。
※多少無理やり表現あります※多少……?
【R18】嫌いな同期をおっぱい堕ちさせますっ!
なとみ
恋愛
山田夏生は同期の瀬崎恭悟が嫌いだ。逆恨みだと分かっている。でも、会社でもプライベートでも要領の良い所が気に入らない!ある日の同期会でベロベロに酔った夏生は、実は小さくはない自分の胸で瀬崎を堕としてやろうと目論む。隠れDカップのヒロインが、嫌いな同期をおっぱい堕ちさせる話。(全5話+番外小話)
・無欲様主催の、「秋のぱい祭り企画」参加作品です(こちらはムーンライトノベルズにも掲載しています。)
※全編背後注意
ミックスド★バス~湯けむりマッサージは至福のとき
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
温子の疲れを癒そうと、水川が温泉旅行を提案。温泉地での水川からのマッサージに、温子は身も心も蕩けて……❤︎
ミックスド★バスの第4弾です。
やさしい幼馴染は豹変する。
春密まつり
恋愛
マンションの隣の部屋の喘ぎ声に悩まされている紗江。
そのせいで転職1日目なのに眠くてたまらない。
なんとか遅刻せず会社に着いて挨拶を済ませると、なんと昔大好きだった幼馴染と再会した。
けれど、王子様みたいだった彼は昔の彼とは違っていてーー
▼全6話
▼ムーンライト、pixiv、エブリスタにも投稿しています
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
突然ですが、偽装溺愛婚はじめました
紺乃 藍
恋愛
結婚式当日、花嫁である柏木七海(かしわぎななみ)をバージンロードの先で待ち受けていたのは『見知らぬ女性の挙式乱入』と『花婿の逃亡』という衝撃的な展開だった。
チャペルに一人置き去りにされみじめな思いで立ち尽くしていると、参列者の中から一人の男性が駆け寄ってきて、七海の手を取る。
「君が結婚すると聞いて諦めていた。でも破談になるなら、代わりに俺と結婚してほしい」
そう言って突然求婚してきたのは、七海が日々社長秘書として付き従っている上司・支倉将斗(はせくらまさと)だった。
最初は拒否する七海だったが、会社の外聞と父の体裁を盾に押し切られ、結局は期限付きの〝偽装溺愛婚〟に応じることに。
しかし長年ビジネスパートナーとして苦楽を共にしてきた二人は、アッチもコッチも偽装とは思えないほどに相性抜群で…!?
◇ R18表現のあるお話には「◆」マークがついています
◇ 設定はすべてフィクションです。実際の人物・企業・団体には一切関係ございません
◇ エブリスタ・ムーンライトノベルズにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる