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18.類友
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そもそも、父、行雄が法に反した仕事を引き受ける原因をつくったのは母、典子だ。
典子はいわゆる浪費家だ。服や物に限らず、掃除や料理をするにも家政婦の派遣を利用したり、ママ友たちとレストランで贅沢なランチなどの交際費も半端なかった。
見栄っ張りとは少し違う。例えば、あの人がこうだから自分もこうであって何がいけないの、などという、基準となる思考のあり方がおかしいのだ。行雄はそれを育った環境のせいだと云った。
典子は、母子家庭で、なお且つ困窮した家庭で育ち、とにかく生活するために必死だったらしい。そのがんばりを応援したい、とその行雄の気持ちからふたりの恋が始まって、やがて両親は結婚したのだけれど。
行雄は結婚当時、父親の――智奈にとっては祖父の税理士事務所で働き、祖父が亡くなると後を引き継いだ。典子は結婚してから経済的にらくになったことで多少の贅沢を知り、他人の贅沢を知り、それから気持ちの有り様が変化したのだと行雄は嘆いていた。
「曰くありそうだな」
そう云って堂貫は、話を聞こうといった気配を見せた。
「両親は、わたしが中学のときに別居したんです。母はお金の使い方がわからない人で……父が充分なくらい生活費を渡していてもお金を要求しに押しかけてくるくらいの人です。事件があって、仕事関係の財産は動かせないけど、父は別に保険金をわたしに遺していました。母はそれを渡せって云ってくるから……うんざりしてます。母のせいで父は死んだのに……だから、使い果たすほうがマシだと思って」
智奈は何度も言葉が痞えたのに、さえぎることの多い堂貫が云い終えるまでちゃんと耳を傾けていた。それが智奈を心強くさせた。堂貫にそう云ったら、たったそれだけのことでと呆れるかもしれないけれど、こんな話をしたのは堂貫がはじめてだ。不思議なくらい、智奈は素直に話す気になれた。堂貫のことはほとんど知らないのに、信頼できると感じているのはなぜだろう。
「お母さんのせいとは? お父さんは病死だろう? 心労は関係したかもしれないが」
「警察が入ったときに父が教えてくれたんです。同居してるときから母がヤミ金融でバカみたいに借金をして、その書類も残してなくて、父が知ったときは向こうの言い値で返すしかない状態だったそうです。それが返しきれる額じゃなくて……父も警察に行けばよかったのかもしれないけど……。父の仕事に目を付けられて、借金をチャラにするかわりにフロント企業の税金逃れの手伝いをさせられたって……悪いのは父じゃありません、母です」
堂貫は呆れたのか、深く息をつき、理解しかねるといったふうに首をひねった。
「それでも、きみのやり方に賛成はしがたい。お金を使いきりたいなら物を買って終わらせる、あるいは、寄付で終わらせる方法もある」
堂貫は至極真っ当な提案をする。けれど、違うのだ。もうひとつ、ホストクラブに通っているのには理由がある。それもまた呆れられるだろう。智奈は首を横に振った。
「今度からキョウゴさんのお店で使い果たします。そしたら心配ないし、キョウゴさんの利益にもなりますから」
冗談めかして云ってみたけれど、堂貫の反応は曖昧だ。興じることも、止める気配もない。智奈は堂貫の顔を覗きこむように首をかしげた。あらためて見ると、ふと智奈は気づかされる。
「堂貫オーナーって……」
「キョウゴはもう何をしなくても余分なほど利益を得ている」
ふたりはそれぞれ同時に発して、智奈は口を噤んだ。
余分な、と付け加えるほど、セレブ相手のホストクラブとなると動く金額も桁違いなのだろう。堂貫がそうであるようにキョウゴも美食家で、それが一周まわって、智奈の素朴な家庭料理を美味しいと云う、ある意味、変わり者だ。
「はい、知ってます。堂貫オーナーとキョウゴさんは、どういう繋がりですか。キョウゴさんは堂貫オーナーとすごく馬が合うって……一心同体だって云ってました。でも……」
智奈は再び首をかしげて堂貫を覗きこんだ。
「なんだ」
「ふたりは一心同体っていうより……一卵性の双子? という感じです。似てますよね、声の感じも……顔もなんだか……」
さえぎられるのでもなく、智奈は自ら尻切れとんぼで終わらせた。気分を害したのか、堂貫は眉をひそめて考えこんでいるように見えたからだ。
「え……っと、似てるというだけで違うのはわかってます。そこも“類は友を呼ぶ”のかもしれませんね。キョウゴさんは立岡って名乗ってたから……。あの、わたしがホストクラブに行ってたこと、どうしてわかったんですか」
智奈は自分の言葉を自分でフォローすると、話題を変えてみた。訊ねてみたかったことでもある。あまりにもタイミングがよすぎた。
「キョウゴはあのとおり、夜の世界の人間だ。夜の街のことは、ちょっと調べればすぐわかる。打ち明ければ、きみをこの会社とのメッセンジャー役に指名するに当たっては身辺調査をすませていた」
堂貫の首がわずかにかしぐ。どういうことか考えてみろと促すようだ。
理解に手間取ったのはほんのしばらくで、智奈は目を大きく見開いた。
「それなら……父のことを……わたしが云わなくても、父のことを知っていたってことですか」
典子はいわゆる浪費家だ。服や物に限らず、掃除や料理をするにも家政婦の派遣を利用したり、ママ友たちとレストランで贅沢なランチなどの交際費も半端なかった。
見栄っ張りとは少し違う。例えば、あの人がこうだから自分もこうであって何がいけないの、などという、基準となる思考のあり方がおかしいのだ。行雄はそれを育った環境のせいだと云った。
典子は、母子家庭で、なお且つ困窮した家庭で育ち、とにかく生活するために必死だったらしい。そのがんばりを応援したい、とその行雄の気持ちからふたりの恋が始まって、やがて両親は結婚したのだけれど。
行雄は結婚当時、父親の――智奈にとっては祖父の税理士事務所で働き、祖父が亡くなると後を引き継いだ。典子は結婚してから経済的にらくになったことで多少の贅沢を知り、他人の贅沢を知り、それから気持ちの有り様が変化したのだと行雄は嘆いていた。
「曰くありそうだな」
そう云って堂貫は、話を聞こうといった気配を見せた。
「両親は、わたしが中学のときに別居したんです。母はお金の使い方がわからない人で……父が充分なくらい生活費を渡していてもお金を要求しに押しかけてくるくらいの人です。事件があって、仕事関係の財産は動かせないけど、父は別に保険金をわたしに遺していました。母はそれを渡せって云ってくるから……うんざりしてます。母のせいで父は死んだのに……だから、使い果たすほうがマシだと思って」
智奈は何度も言葉が痞えたのに、さえぎることの多い堂貫が云い終えるまでちゃんと耳を傾けていた。それが智奈を心強くさせた。堂貫にそう云ったら、たったそれだけのことでと呆れるかもしれないけれど、こんな話をしたのは堂貫がはじめてだ。不思議なくらい、智奈は素直に話す気になれた。堂貫のことはほとんど知らないのに、信頼できると感じているのはなぜだろう。
「お母さんのせいとは? お父さんは病死だろう? 心労は関係したかもしれないが」
「警察が入ったときに父が教えてくれたんです。同居してるときから母がヤミ金融でバカみたいに借金をして、その書類も残してなくて、父が知ったときは向こうの言い値で返すしかない状態だったそうです。それが返しきれる額じゃなくて……父も警察に行けばよかったのかもしれないけど……。父の仕事に目を付けられて、借金をチャラにするかわりにフロント企業の税金逃れの手伝いをさせられたって……悪いのは父じゃありません、母です」
堂貫は呆れたのか、深く息をつき、理解しかねるといったふうに首をひねった。
「それでも、きみのやり方に賛成はしがたい。お金を使いきりたいなら物を買って終わらせる、あるいは、寄付で終わらせる方法もある」
堂貫は至極真っ当な提案をする。けれど、違うのだ。もうひとつ、ホストクラブに通っているのには理由がある。それもまた呆れられるだろう。智奈は首を横に振った。
「今度からキョウゴさんのお店で使い果たします。そしたら心配ないし、キョウゴさんの利益にもなりますから」
冗談めかして云ってみたけれど、堂貫の反応は曖昧だ。興じることも、止める気配もない。智奈は堂貫の顔を覗きこむように首をかしげた。あらためて見ると、ふと智奈は気づかされる。
「堂貫オーナーって……」
「キョウゴはもう何をしなくても余分なほど利益を得ている」
ふたりはそれぞれ同時に発して、智奈は口を噤んだ。
余分な、と付け加えるほど、セレブ相手のホストクラブとなると動く金額も桁違いなのだろう。堂貫がそうであるようにキョウゴも美食家で、それが一周まわって、智奈の素朴な家庭料理を美味しいと云う、ある意味、変わり者だ。
「はい、知ってます。堂貫オーナーとキョウゴさんは、どういう繋がりですか。キョウゴさんは堂貫オーナーとすごく馬が合うって……一心同体だって云ってました。でも……」
智奈は再び首をかしげて堂貫を覗きこんだ。
「なんだ」
「ふたりは一心同体っていうより……一卵性の双子? という感じです。似てますよね、声の感じも……顔もなんだか……」
さえぎられるのでもなく、智奈は自ら尻切れとんぼで終わらせた。気分を害したのか、堂貫は眉をひそめて考えこんでいるように見えたからだ。
「え……っと、似てるというだけで違うのはわかってます。そこも“類は友を呼ぶ”のかもしれませんね。キョウゴさんは立岡って名乗ってたから……。あの、わたしがホストクラブに行ってたこと、どうしてわかったんですか」
智奈は自分の言葉を自分でフォローすると、話題を変えてみた。訊ねてみたかったことでもある。あまりにもタイミングがよすぎた。
「キョウゴはあのとおり、夜の世界の人間だ。夜の街のことは、ちょっと調べればすぐわかる。打ち明ければ、きみをこの会社とのメッセンジャー役に指名するに当たっては身辺調査をすませていた」
堂貫の首がわずかにかしぐ。どういうことか考えてみろと促すようだ。
理解に手間取ったのはほんのしばらくで、智奈は目を大きく見開いた。
「それなら……父のことを……わたしが云わなくても、父のことを知っていたってことですか」
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