上 下
18 / 100

18.類友

しおりを挟む
 そもそも、父、行雄が法に反した仕事を引き受ける原因をつくったのは母、典子だ。
 典子はいわゆる浪費家だ。服や物に限らず、掃除や料理をするにも家政婦の派遣を利用したり、ママ友たちとレストランで贅沢なランチなどの交際費も半端なかった。
 見栄っ張りとは少し違う。例えば、あの人がこうだから自分もこうであって何がいけないの、などという、基準となる思考のあり方がおかしいのだ。行雄はそれを育った環境のせいだと云った。
 典子は、母子家庭で、なお且つ困窮した家庭で育ち、とにかく生活するために必死だったらしい。そのがんばりを応援したい、とその行雄の気持ちからふたりの恋が始まって、やがて両親は結婚したのだけれど。
 行雄は結婚当時、父親の――智奈にとっては祖父の税理士事務所で働き、祖父が亡くなると後を引き継いだ。典子は結婚してから経済的にらくになったことで多少の贅沢を知り、他人の贅沢を知り、それから気持ちの有りようが変化したのだと行雄は嘆いていた。
いわくありそうだな」
 そう云って堂貫は、話を聞こうといった気配を見せた。
「両親は、わたしが中学のときに別居したんです。母はお金の使い方がわからない人で……父が充分なくらい生活費を渡していてもお金を要求しに押しかけてくるくらいの人です。事件があって、仕事関係の財産は動かせないけど、父は別に保険金をわたしに遺していました。母はそれを渡せって云ってくるから……うんざりしてます。母のせいで父は死んだのに……だから、使い果たすほうがマシだと思って」
 智奈は何度も言葉が痞えたのに、さえぎることの多い堂貫が云い終えるまでちゃんと耳を傾けていた。それが智奈を心強くさせた。堂貫にそう云ったら、たったそれだけのことでと呆れるかもしれないけれど、こんな話をしたのは堂貫がはじめてだ。不思議なくらい、智奈は素直に話す気になれた。堂貫のことはほとんど知らないのに、信頼できると感じているのはなぜだろう。
「お母さんのせいとは? お父さんは病死だろう? 心労は関係したかもしれないが」
「警察が入ったときに父が教えてくれたんです。同居してるときから母がヤミ金融でバカみたいに借金をして、その書類も残してなくて、父が知ったときは向こうの言い値で返すしかない状態だったそうです。それが返しきれる額じゃなくて……父も警察に行けばよかったのかもしれないけど……。父の仕事に目を付けられて、借金をチャラにするかわりにフロント企業の税金逃れの手伝いをさせられたって……悪いのは父じゃありません、母です」
 堂貫は呆れたのか、深く息をつき、理解しかねるといったふうに首をひねった。
「それでも、きみのやり方に賛成はしがたい。お金を使いきりたいなら物を買って終わらせる、あるいは、寄付で終わらせる方法もある」
 堂貫は至極真っ当な提案をする。けれど、違うのだ。もうひとつ、ホストクラブに通っているのには理由がある。それもまた呆れられるだろう。智奈は首を横に振った。
「今度からキョウゴさんのお店で使い果たします。そしたら心配ないし、キョウゴさんの利益にもなりますから」
 冗談めかして云ってみたけれど、堂貫の反応は曖昧だ。興じることも、止める気配もない。智奈は堂貫の顔を覗きこむように首をかしげた。あらためて見ると、ふと智奈は気づかされる。
「堂貫オーナーって……」
「キョウゴはもう何をしなくても余分なほど利益を得ている」
 ふたりはそれぞれ同時に発して、智奈は口を噤んだ。
 余分な、と付け加えるほど、セレブ相手のホストクラブとなると動く金額も桁違いなのだろう。堂貫がそうであるようにキョウゴも美食家で、それが一周まわって、智奈の素朴な家庭料理を美味しいと云う、ある意味、変わり者だ。
「はい、知ってます。堂貫オーナーとキョウゴさんは、どういう繋がりですか。キョウゴさんは堂貫オーナーとすごく馬が合うって……一心同体だって云ってました。でも……」
 智奈は再び首をかしげて堂貫を覗きこんだ。
「なんだ」
「ふたりは一心同体っていうより……一卵性の双子? という感じです。似てますよね、声の感じも……顔もなんだか……」
 さえぎられるのでもなく、智奈は自ら尻切れとんぼで終わらせた。気分を害したのか、堂貫は眉をひそめて考えこんでいるように見えたからだ。
「え……っと、似てるというだけで違うのはわかってます。そこも“類は友を呼ぶ”のかもしれませんね。キョウゴさんは立岡って名乗ってたから……。あの、わたしがホストクラブに行ってたこと、どうしてわかったんですか」
 智奈は自分の言葉を自分でフォローすると、話題を変えてみた。訊ねてみたかったことでもある。あまりにもタイミングがよすぎた。
「キョウゴはあのとおり、夜の世界の人間だ。夜の街のことは、ちょっと調べればすぐわかる。打ち明ければ、きみをこの会社とのメッセンジャー役に指名するに当たっては身辺調査をすませていた」
 堂貫の首がわずかにかしぐ。どういうことか考えてみろと促すようだ。
 理解に手間取ったのはほんのしばらくで、智奈は目を大きく見開いた。
「それなら……父のことを……わたしが云わなくても、父のことを知っていたってことですか」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結*三年も付き合った恋人に、家柄を理由に騙されて捨てられたのに、名家の婚約者のいる御曹司から溺愛されました。

恩田璃星
恋愛
清永凛(きよなが りん)は平日はごく普通のOL、土日のいずれかは交通整理の副業に励む働き者。 副業先の上司である夏目仁希(なつめ にき)から、会う度に嫌味を言われたって気にしたことなどなかった。 なぜなら、凛には付き合って三年になる恋人がいるからだ。 しかし、そろそろプロポーズされるかも?と期待していたある日、彼から一方的に別れを告げられてしまいー!? それを機に、凛の運命は思いも寄らない方向に引っ張られていく。 果たして凛は、両親のように、愛の溢れる家庭を築けるのか!? *この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 *不定期更新になることがあります。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

獣人専門弁護士の憂鬱

豆丸
恋愛
獣人と弁護士、よくある番ものの話。  ムーンライト様で日刊総合2位になりました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ 慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。    その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは 仕事上でしか接点のない上司だった。 思っていることを口にするのが苦手 地味で大人しい司書 木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)      × 真面目で優しい千紗子の上司 知的で容姿端麗な課長 雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29) 胸を締め付ける切ない想いを 抱えているのはいったいどちらなのか——— 「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」 「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」 真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。 ********** ►Attention ※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです) ※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

優しい紳士はもう牙を隠さない

なかな悠桃
恋愛
密かに想いを寄せていた同僚の先輩にある出来事がきっかけで襲われてしまうヒロインの話です。

処理中です...