画家と天使の溺愛生活

秋草

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誓約の章

画家の宝石は狙われる

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 要真の家に兄達が押しかけた日から、早一ヶ月。
 真静は要真との外出を翌日に控え、親友とカフェにいた。話題は専ら、要真のこと。そしてもう一つ、変人扱いの和装男子のことだ。
「でさ、あいつってば、あたしがいる時にばっかり家に来るんだよ! 別に特別何かしてくるわけじゃないけど、毎回毎回、真静のこと訊いてくるの。なんなのあいつ!」
「ふふ、仲が良いのね」
「ちがーう! 断じて違う!」
「でも彩愛、まんざらでもなさそうな顔よ?」
 そう、現に彩愛は、口では怒りながらも頬を紅潮させている。
「好きなの? あの人のこと」
 なんのひねりもない問いを投げかければ、彩愛は更に赤みを増した。
「そそ、そんなわけないじゃんっ!」
 プイッとそっぽを向く彩愛の可愛さといったら。
 真静はにやついてしまう口元を隠すため、カップをそっと傾けた。そして、少しだけ視線を上げた先に、彼の姿を認めた。
「あ、噂をすれば、だわ」
「えっ、なに?」
 彩愛が振り向き、カフェの入口を見たところで、ちょうど彼がこちらに気がついた。
 いつもの色合いの着物を着こなし、相変わらずの色気を醸し出してこちらに歩いてくる。
「お二人とも、こんにちは。ようやく会えましたね、真静さん」
「こんにちは。お久しぶりです」
「本当に。灯崎さんを訪ねれば会えると思ったのですが、全然会えなくて。恋い焦がれるあまり、寝込みそうでした」
「え……」
 何気なく放たれた悠貴の言葉に、彩愛から頬の赤みが消えた。しかし、悠貴の目は未だに真静に向き、彩愛の変化に気がつく様子はない。
 真静は彩愛に気遣いの視線を向けつつ、彼を問いただした。
「あの、本当にそれだけの理由で、彩愛の家へ……?」
「いえ、灯崎さんがお元気かも気になっていましたから、彼女の様子見が目的でもありましたよ。そのついでに、少々花器の依頼もしたり。そうだよね、灯崎さん」
 そこでようやく彩愛に目をやり、彩愛の様子に首を傾げた。
「灯崎さん? 顔色が優れないけど、具合が悪くはない?」
「えっ……だ、大丈夫だし!」
 先程から慌しく顔色を変える彩愛がそっぽを向き、目の前のケーキを頬張る。その姿は宛らリスのよう。しかし彼女の目の光沢が、真静に「可愛い」と思わせなかった。
「……伊澄さん、少しお話、よろしいですか?」
 少し待っていて、と彩愛に断り、少々強引に彼をカフェの外へと連れ出す。そして彩愛から死角になる場所で彼と向き合った。
「伊澄さん、私をよく思ってくださるのは嬉しいです。ですが、彼女の前であのようなことは仰らないでください」
「なぜです? 僕はただ、あなたに想いを伝えたいだけです。この想いを口にするのが罪だと、そう言うのですか?」
「……以前から感じていましたが、伊澄さん、本当は私のこと、あなたが仰っているようには思っていませんよね?」
 そう、彼から本気を感じたことは、一度もない。彼が口にしているのは恋愛的な意味合いの好意ではなく、面白そうなものを前にした時のような、好奇心的な好意のように感じるのだ。不快になるわけでもなく、むしろ話しているのは面白いため、ずっと気にしてはいなかったが。
「こんなことを言って、不快にさせてしまったらごめんなさい。でも私には、あなたが本当に純粋な好意だけで接してくださっているわけではないと、そう感じるのです」
 真静が悠貴に訴える間、彼は黙って彼女を見つめていた。何かを試しているような目で。そして、彼女がすべてを言い終えると、彼は少しの間の後、くすりと笑った。
「まったく、あなたは鋭い人だ。たしかに僕は、ただあなたに恋い焦がれているわけではありません。自分のものにしたいと思っているのは本当です。あなたほど魅力的な女性はそういませんから。ですが……理由はもう一つある。彼の大事なものを、奪いたいんです」
「彼? 大事なもの?」
 彼、とはおそらく要真のことだろう。しかし、真静は彼が大事にしているものなど、手にした記憶がない。悠貴が欲しがるほど価値があり、なおかつ彼が大事にしていそうなものと言えば……。そう考えて浮かんだのは、要真が頑として見せることを拒んでいる、アトリエの絵だった。あの、白い布が被せられた、名画に違いない絵画だ。
「く、倉瀬さんの絵が目的ですか」
 思いの外、声が低くなった。まだ誰にも見せたことがないというあの絵は、誰にも奪われてはならない。真静から在処を聞き出し、あれを狙うつもりならば、今この場で、諦めさせる必要がある。
 敵意すらのぞかせて彼を見つめていると、彼は一瞬きょとんとしてから薄い笑みに戻った。
「彼の絵は、別に僕はいりません。大事なもの、は、あなた自身ですよ」
「え?」
「僕はあなたが欲しい。どこにいても目を引くほどに魅力的で、彼が何より欲しているあなたが」
「な、欲し……」
 悠貴の言葉が信じられず、視線が下がった真静を、悠貴が自分の胸元に引き寄せる。そのまま抱きすくめられ、真静はようやく我に返った。
「い、伊澄さん、はなして、」
「僕と付き合ってください、真静さん。彼ではなく、僕を選んで」
「あ、の……」
 だめだ理解が追い付かない。初めての経験にも程がある。
 どうしよう、と混乱状態にある真静に、悠貴がそっと囁いた。
「返事は後日で構いません。来月末のパーティーに招待しますから、そのときにでも」
「伊澄、さ……」
「来てください」
 とにかく、この状況から脱したい。その一念で頷くと、彼はあっさり真静を解放した。
「ありがとう。では、今日はもう帰ります。灯崎さんによろしく」
「はい……」
 ぼうっとしたままの頭で彼を見送り、彩愛のもとに戻る。彼女は真静を見つけるなり、血相を変えて歩み寄ってきた。
「真静っ、大丈夫?」
「彩愛……」


 それからしばらく、二人は特に話すでもなく、喫茶店に居続けた。
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