画家と天使の溺愛生活

秋草

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再会の章

溺愛者の警戒心

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 喫茶店の前で彩愛と別れたのは、空が真っ赤に染まる頃だった。
 前を見ずに延々と真静に手を振って去っていく彩愛をハラハラしながら見送り、真静も駅に向かって歩き出す。と、その時を見計らったようにスマホが鳴動した。
 どうやらトークアプリに連絡が入ったらしい。送り主は兄、巧だ。
 『最愛の妹よ!』と始まり、『今どこにいるんだ!?』という焦りをにじませた文面が続く。「今隣駅の喫茶店でお茶をしていました。」と返せばすぐに既読が付き、可愛いクマが泣きながらホッとしているスタンプが返ってきた。
『焦った。今日は教員達の会議があるから3限終わりだって言っていたのに帰って来ていないから攫われかと思った。』
「……」
『あっ、今日は俺がご飯作るからな! 真静は家で疲れを癒してくれ! それじゃ、もう日が暮れるから、まっすぐ帰ってくるんだぞ!』
「……」
 過保護にもほどがある。いや、まあ、以前から全く変わらぬ調子なので慣れたは慣れたのだが。
 苦笑まじりのため息をつき、真静は「まっすぐ帰ります。」とだけ送って歩みを再開した。
 早く帰って兄を安心させなくては、行方不明だと警察に通報される。


*****


 真静が家に帰るまでに姉も帰ってきていたらしく、玄関に入るなり突進するように抱きつかれた。リビングからの助走ゆえ、それなりの衝撃だ。
「お帰り~、真静!」
「た、ただいま、お姉ちゃん」
 ここ二週間要真と会っていないため真静の帰りも早く、姉は上機嫌なことこの上ない。
 おそらくキッチンにいたのだろう兄も、深緑のエプロン姿で玄関に出てきた。
「お帰り! おい柚依、あんま独り占めするなよ」
「あんたは大人しく夕飯を作ってなさいよ! さ、早く着替えてきて、真静」
「え、ええ、そうね……」
 兄が真静に抱きつかないようガードしながら、柚依は真静が二階に上がるのを見送った。
「ちょっ、何するんだよ柚依! 真静にお帰りのハグができないだろ!」
「ベタベタし過ぎて気持ち悪いのよ、このシスコン変態エリート!」
「や、お前にはシスコンとか言われたくねーわ!」
「うるっさいわね! さっさとキッチンに戻りなさい!」
 真静を見送り終えるなり始まった兄妹喧嘩だが、この二人、普段は結構仲良しなのだ。それこそたまに、二人で出かけるほど。
 その証拠に、真静が部屋に入ったことを認識するなり、巧達はピタリと喧嘩をやめた。真静が目の前からいなくなってしまった以上、真静の取り合いで始まった喧嘩には二人とも意味を感じない。
「帰宅時間から見て、ここ二週間はあいつと会っていなさそうだな」
 冷めた口調で巧が言えば、柚依もひどく冷めた目になった。
「そうみたいね。でも、そろそろあいつが我慢できなくなっている気がするわ」
 つまり、そろそろ真静の帰りが再び遅くなる可能性が高い。
 二人はリビングに戻り、真静が降りて来るまで男退治計画について話し合った。実に三年ぶりのお邪魔虫退治とあって、二人の議論は夕食後深夜まで続いたのだが、それはまた別の話だ。


*****


 佐成家で一家団欒の食事が始まった頃、画家の住宅には荒んだ空気が漂っていた。画家自身は一見何の問題もなさそうだが、雰囲気は兄が身震いするほど冷たい。
「い、要真? どうした?」
「何も。絵が描けなくて参っているだけだよ」
 要真はニコリともせず言い放つが、何もないわけがないことは兄から見てすぐ分かる。
「……あ、さては例の天使ちゃんのことで機嫌が悪いんだな?」
 要真を見つめていた兄の目が、異変の原因を察するなりからかうように細められる。
「いやあ、ぞっこんだな、お前」
「ぞっこんって……俺と彼女はそういう仲じゃない。ただ、“あいつ”のことが気がかりなだけ」
「あいつ? ……会ったのか?」
 あいつと聞くなり兄の目は嫌悪の色に染まる。要真にいい顔をさせない物や人物は兄も嫌う。それが当然だ。
「あいつに何された」
「俺は何もされていないけど、佐成さんに何かしそうでね。これのせいで二週間も佐成さんに会えていないし、あいつのことでイライラするし、最悪だよ」
「二週間……」
 本当に付き合ってないの? とでも言いたげな顔で首を傾げる兄に、要真の苛立ちがこもった目が向く。
「要件はそれだけ? これ今日中に仕上げたいから、アトリエから出てくれる」
 要真は絵を描くとき、アトリエに人を入れないようにしている。その方が集中が続くからだ。
「でもなあ……俺がいてもいなくても、今の状態は変わらないんじゃないか?」
 どのみち要真が集中できるとは思えない。であれば大好きな弟の側にいたいのが兄というものだ。しかし、弟の悩みを無視するわけにもいかず、少し思考を巡らせる。
「いっそ天使ちゃんがそばにいれば集中できたり、して……」
 何気なく、頭に浮かんだことを呟く。と、その呟きを聞き逃さなかった要真の表情がガラリと変わった。
「それだ! 兄さんもたまにはいいこと言うね。ありがとう」
「お、おう」
 たまには、という部分が引っかかるが、この際そこは気にせず賛辞だけを心に刻む。早速連絡を、とスマホをいじりだした弟をしばし見守り、兄は作りかけのカレーを仕上げにキッチンへと戻っていった。
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