記憶の先に復讐を

秋草

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第三章

王子への告白

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 彼女の記憶が戻ったと知ってから真っ先に向かったのは、フィリアの墓前だった。本来であれば私の妻となり、王族の墓地に埋葬されるはずだった人……しかし一部貴族の猛反対で婚姻が先延ばしにされている最中に亡くなり、結局は一族の墓地にいる。
 そんな彼女の元になぜ来たかといえば、ただただ懺悔のためだった。記憶がないソフィアにフィリアの影を重ねていたことへの。

「フィリア、やはり私には君しかいないよ。君しかいないのに……ただ似ているというだけで彼女に君を重ねた私を、君は赦してくれるだろうか」

 赦してもらいたいなど身勝手な願いだとは分かっているつもりだ。それでも、この喪失感と罪悪感を彼女の前で吐露せずにはいられなかった。

「私も死ねば君に会えるか」

 彼女を喪い、何者にもその穴は埋められないと痛感した今となっては、そんな戯言が脳裏をよぎってしまう。
 しかし、王にもならず勝手に君の後を追っては怒られそうだ。それにアドレイとの約束も守らなくては。彼の親友の行方捜索の協力をするという約束を。

「また来るよ、フィリア」

 墓石をそっと撫でて振り向く。と、反対側から背中を丸めた若い男が歩いてきた。心ばかりの花束を手に、ひどく重い足取りでこちらに向かってくる。彼は私に気がつくと怯えたように目を見開いて踵を返した。

「待ちなさい。あなたも彼女の墓参りに?」

 思わず呼び止めた時の肩の跳ねようは只事ではない。事情があるならば、ましてそれが彼女絡みであるならば、この男をこのまま見逃すわけにはいかない。

「話しなさい。どのような事情があってここに来たのかを」

 男が逃げようとした時に備えて片足を軽く引く。しかし、男は私の本気が伝わったらしい。振り向くと何の迷いもなく私の前に跪き、首を垂れた。

「恐れながら、申し上げます。わたくしがここに参りました理由はただ一つ……フィリア様への贖罪でございます」
「フィリアへの? どういうことだ」

 フィリアに赦しを請うようなことがいつ起こったというのか。

「私の与り知らぬ問題があったのか?」
「殿下がご存知ないというのは、正しくもあり誤りでもございましょう。わたくしが悔いていることは、フィリア様の死因についてでございます」
「なに?」

 フィリアの死因、だと? フィリアは元々病で伏せっていたところにさらに体調を崩し、帰らぬ人となったはずだ。そこに別の原因があるとは、主治医からも聞いていない。

「フィリア様が亡くなったのは病のためばかりではございません。あの日体調が急激に悪化してしまわれたのは……」

 そこで言葉が途切れ、小さくなった背中が震え出した。

「急激に悪化してしまわれたのは、わたくしが、りんごを差し上げたからです」
「林檎だと」

 林檎はフィリアが食べられない果物のはずだ。一度食べたら発作を起こし、寝込んだことがあったから……。

「わたくしは当時、まだ日の浅い新人料理人としてお屋敷におりました。フィリア様の苦手なもの、召し上がれないものはない、と同僚の一人から聞いておりましたので、体調を崩された時に消化の良いものをと思い林檎をご用意したのです。しかし、召し上がった途端に苦しまれて、益々弱られて、そのまま……」
「そう、だったのか」

 高熱に苛まれ、呼吸すらままならなくなり……そんな苦しみの中で、彼女は亡くなったのか。食事の管理の甘さがなければ、もしかしたら今も彼女は……いや、もしもなどとは考えてないでおこう。しかし、一つ気がかりなことはある。あの屋敷の者には林檎の件は周知し持ち込み禁止を徹底させていたはずだ。それなのに彼女の口に運ばれたとは、どういうことなのか。

「お前の名は何という」
「ソディ・ヤオランと申します」
「ではヤオラン、いくつか聞かせてほしい。そなたが林檎を用意した時、周囲の者は止めなかったのか」
「はい、誰も。正確には、私を止められる者がいなかったと言うべきですが……」

 止める者がいなかった?

「なぜ?」
「その日はお屋敷で夜会があり、料理人は皆準備に追われていたのです。そんな中で、メイドの一人から『フィリア様が何か召し上がりたいそうだから、食べやすいものを用意してほしい』と私が依頼されました。同僚に補助を頼める状況でもなく、わたくし一人で用意をしました」
「そのような忙しい状況の中で、わざわざ林檎を買ってきたと?」
「いいえ、林檎は厨房にあったものを使いました」

 夜会があろうと決して厨房には持ち込むなと言いつけていたが、デザートにでも使ったということか。

「その日の料理に林檎を使ったのか?」
「それは……申し訳ございません、メニューについては記憶が定かではないのです」

 それもそうか。そのようなことまで覚えていたら、むしろ記憶の信憑性を疑うだろう。自ら創作した記憶ではないか、と。

「そなたは今どこで何をしている?」
「今は街で食器屋の店番をしています」
「そうか。これからも何度か話を聞きに行くかもしれないから、その際には協力を頼む」

 とにかく彼女の家に連絡を取り、全ての事実確認をしなくては。思考の片隅に生じた微かな違和感と不安を一瞥して乗り込んだ馬車は、ひどく緩慢な歩みだった。
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