記憶の先に復讐を

秋草

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第二章

貴族の懇願

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 ソフィアと真夜中の密会を終えたその翌日、俺は王子にラーカイズ家失踪の件を詳しく語った。王子はその時の話に思うところがあったのだろう。日を改めてもっと早い時間から話をしたいと提案され、俺はその数日後に再び彼の私室へ赴いていた。

「——以上が先日お話しした通り、今判明しているラーカイズ家失踪の手がかりのすべてです。とはいえ、全て捜索というよりも失踪した原因解明に繋がるものでしかありませんが……」
「いや、現時点ではこれでも充分だ。一部の貴族による国費横領の疑惑調査、国境貴族の国家叛逆の可能性、上流階級の人間の暗殺疑惑について……なるほど、ラーカイズ家は随分と様々に貴族社会の闇を探っていたようだね」

 俺が持ってきた調査資料を見回した王子は腕を組み、小さく息をつく。ラーカイズ家は何も好きで貴族達の悪行を探っていたわけではない。これらのほどんどが王家からの要請による調査であることは、一部の紙に刻印された王家の紋章を見ればわかることだ。

「私も知らない調査がこれだけ行われていたことも、これだけ未知の情報があるということも、中々に衝撃的だ。一体どこにこれだけの情報が保管されていたのかな?」
「実は、私の邸の地下室からです。ラーカイズ家とは家族ぐるみで付き合いがあったのですが、失踪前にラーカイズ当主が父に託したそうなのです」

 そう、あれはたしかジルが一家揃って姿を消す1週間ほど前。何やら深刻な面持ちのラーカイズ当主ルドルさんが、大きな箱を抱えて真夜中に訪ねてきたのだ。出迎えた俺には無理に笑って見せていたが、父と二人で書斎に篭ってからは中々出てこなかった。そして彼が帰った後、俺は父に呼ばれて言い付けられたのだ。今日ルドルさんがこの邸に来たことは、たとえジルが相手であっても言ってはいけない、と。なぜそんなに固く口を閉ざす必要があったのか、今なら分かる気がする。

「ジル達が失踪してから、私の父はよく書斎に篭るようになりました。最後に親友と話した場所で思い出に耽っているのか、何か密かに動いているのかは知りませんが……去年の今頃に、ジル探しに没頭する私を見かねてか、父はこの証拠品の存在を明かしてくれたのです。そして、時が来たら王子にもこれを明かしてお力を貸していただこう、とも」

 そう、今がその時だ。ソフィアが記憶をなくして姿を見せた今が。ジルのそばを決して離れなかった彼女の記憶を取り戻させることができれば、きっと俺達は真相に近づけるだろう。

「王子、貴方がソフィアにフィリア様の影を重ねていらっしゃることは分かっています。優しい彼女のことです、記憶が戻らない限り、大事にしてくだる貴方から離れていくことはないでしょう。……ですが、彼女の記憶は重要な鍵なのです。私は親友を探したい。そしてラーカイズ家失踪の謎を解き、彼らを見つけ出すことは王家にとっても価値のあることのはず。ですから、どうか彼女の記憶を取り戻すために手を尽くすことを、とめないでください」

 たとえ王子の望みであっても、ソフィアの記憶だけは諦められない。いや、諦めてはならない。あいつを探すために必要なことであるのはたしかだがそれ以前に……ジルとの思い出は、ソフィアの宝物のはずだ。それを取り戻させなくていいなど、思えるわけがない。

「……この際だから、はっきり言っておこう」

 神妙な面持ちで切り出した王子は、しかし次の瞬間には苦笑を浮かべた。

「たしかに私は、彼女の記憶が戻ることを歓迎はできない。だが、彼女のためにもラーカイズ家のためにも、決して邪魔はしないと誓おう。あと、ラーカイズ家の調査についてはできる限り参加させてもらうよ。ここまでのものを見せてもらったのだからね」
「ありがとうございます」

 王子には申し訳ないとは思うが、今はソフィアが第一だ。明日にでも彼女が保護された場所に行って、手がかりがのこっていないか探してみよう。

 ジルを見つけられる日が近づいているかもしれない……そう思うだけで、俺は少しだけ気持ちが上向いた気がした。
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