記憶の先に復讐を

秋草

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第二章

貴族の回顧

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 俺がソフィアという小さな妖精に出逢ったのは、今日のように星がよく見える日だった。ジルの屋敷に泊まりで遊びに行き、天体観測でもしようかと二人揃って部屋を抜け出したあの日、ジルを追ってきた妖精に出逢ったのだ。庭園のベンチで空を見上げていた俺達の前にひょっこり現れて瞳を潤ませる妖精に、俺は一目で心を奪われた。

「ひどいです、ジルさま。ソフィアをおいていかないでください」
「ソフィア、君はもう寝ているかと思って。寝られなかったのかい?」

 おいで、とジルが両手を広げたのを見た途端に弾けた笑顔には、こんな綺麗に笑う子がいるんだなと子供ながらに思わされた。そんな俺の隣にいたジルはというと、膝の上にちょこんと座った彼女の髪を撫でて心底幸せそうに口元を緩ませていた。

「ジル……その子は?」

 妖精を目にした緊張を必死に隠し、声の震えをなんとか抑えながら問えば、ジルは俺の顔を一瞬見つめてから答えてくれた。その一瞬の視線がいつになく鋭いものに感じたのは、今思えば決して気のせいではなかったのだろう。

「君にはまだ紹介していなかったね。この子はソフィア、父上の知り合いの子供で、つい最近この屋敷で暮らし始めたんだ。ソフィア、この人は僕の友達のアドレイだよ」
「おとも、だち?」
「ア、アドレイ・ディフ・ノーリスだ、よろしく」
「……ソフィアです、よろしくおねがいします、アドレイさま」

 ジルに向けるものの五割減、しかし愛らしいには違いない笑みに内心悶絶しつつ意地でポーカーフェイスを保っていた俺は、ジルの目には滑稽に映っていたかもしれない。いや、ソフィア第一のあいつのことだ、俺には目もくれずソフィアをずっと見つめていたに違いないか。

「ソフィア、僕とアドレイはしばらく星を見るつもりだから、ソフィアは眠くなったら寝ていいよ?」
「だいじようぶです、ソフィアもおきています」
「ふふ、でも無理はしないでね」

 眠そうな目を瞬かせながら膝の上で子猫のようにジルに甘える姿、そしてそんな彼女を愛おしげに撫でるジルを、俺は星のことなど忘れてひたすらに見つめた。その時から、俺はその絵に描いたように綺麗な光景が好きになっていたのだろう。その後の長い付き合いの中でも、一番の親友と初恋の人が微笑みあっているだけで、俺は心が満たされていた。もちろん、二人を見ている時に感じる疎外感や悲壮感もあったが、そんなものは俺の中で勝手に巡っていればいいと思えたから、一度も二人の仲を邪魔しようとは考えたこともなかった。



 そんな二人が、一家揃って姿を消した時の俺の心境を、誰が理解できただろう。

 家族や多くの友人は「辛いだろうが元気を出せ」と励ましてくれたが、俺が抱えていた感情は「辛い」の一言で片付けられるようなものではなかった。
 どうしていなくなったのか。
 どうして俺を置いていくのか。
 俺から、二人を奪っていったモノは一体何なのか。
 俺の心を掻き乱す暗い感情に突き動かされるままに、俺は手がかり探しに没頭した。少しでも早く二人を取り戻そう、そして再会できた時に思いっきりジルを怒鳴りつけてやろう……そう思うだけで日に日に積もる寂しさや苛立ちにも耐えることができた俺は、自分でも引くほどにあの二人のことが大切で仕方なかったのだ。
 うん、現に当時の自分を思い返すだけで友情の強さへの感心を通り越して寒気がする。……まあ、それほどに強く重い感情を持てていたから、こうしてまた、ソフィアと会うことができたのかもしれないが。

「流石に、夜は寒いな」

 昼間はだいぶ暖かくなってきたとはいえ、夜は煌びやかな星々がはっきり見える空気の澄み具合だ。そのような時間に、なぜ俺が外にいるのかというと、彼女からの願いに応えるためとでも言おうか。
 昼間に受け取った手紙には、「どうしても喪った記憶についてききたい。今夜王宮の裏庭まで来て欲しい」といったようなことが書いてあった。昔からジルとソフィアの願い事には弱い自覚はあるが……まさか警備の目を掻い潜っての王宮侵入すらも承諾するほど二人に甘いとは、さすがに自分で呆れる。最も、ソフィアから裏庭への抜け道を教えられていなければ侵入など無茶な話だったのだが。

「明日にでも、裏庭を徹底的に調べて警備の抜け穴を潰すか」

 今回はまだソフィアが見つけ、俺が通ってきただけなので実害はない。しかし、抜け穴が万が一謀反者に見つかり悪用されていたら、そして王家の誰かに何かあったら、警護に携わる軍の面子は丸潰れ……どころか国の存亡に関わってくる大失態になりかねない。
 ソフィアに密かに会うことは叶わなくなるが、ここは己が使命を優先するしかない。

「自分で言うのもなんだが……真面目だよな、俺」
「私もそう思います、アドレイ様」
「やっぱりそうだよな、たまに真面目すぎて王子に変な目を向けられ、る……」

 今の返事は、と振り返ったところに佇んでいたのはやはり彼女で、月に照らされた儚い姿が昔の記憶と重なった。ジルに置いてきぼりにされ涙に濡れた眼差しと、ジルの姿を見失い迷子のように不安を滲ませた眼差し……今はジルを覚えていないはずなのに、たしかにその目はジルを探している。

「そう、だよな」

 ああ、分かっていたとも。あいつには、何があろうと絶対に敵わないのだ。思わぬところでソフィアと再会し、密かに関係性の変化を期待していた自分がいたことはたしかだ。だが……たとえ彼女の命を救おうとも、持ちうる限りの全てを捧げようとも、そしてこの先記憶が欠けたままであろうとも、俺たちは決してジルを越えることはできない。
 それなら、俺がやるべきことはひとつだけだろう。彼女の記憶を取り戻し、ジルも取り戻す、それだけだ。

「ソフィア、なんでも聞いてくれ。俺が知っていることは、どんなことでも答えてやる」

 ソフィア、君のこんな顔は見たくない。君が心から笑うためなら、俺は何だってやってやるよ。君の幸せは、“俺達”の幸せだから。

 そうだろう、ジル?
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