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第二章
貴族の密会
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王子との手合わせ中、一瞬でも隙を見せれば王子に踏み込まれることが確実のあの場面で、俺は不覚にも目の前の剣から気を逸らしてしまった。なぜなら、武闘場の入場口にいるはずのない人の影を見たからだ。あの時、自分の気配を消すようにひっそりと入り口に佇んでいたのは、意味ありげにこちらを見つめるソフィアだった。なぜ彼女がと考える前に意識を王子に戻したが、時すでに遅く、見事に剣を弾かれた。そして……今である。
「ゲイル、父上か母上から今夜の予定など聞かされていないか」
「いいえ、まったく」
「本家からは」
「何もありませんね」
「何でもいいから用事を作れ、今すぐに」
「無茶を言わないでくださいよ」
終業時間まで残り僅かなこのタイミングで何かしら用事を作らなければ、王子に世間話の相手をさせられること間違いなしだ。今日は呼び出される日だというのは、手合わせの後の王子の顔が何よりの証拠だろう。
「ああそうだ、今日は母上が花屋を家に呼んでいるはずだよな? 季節の変わり目でもあるし、たまには新しい花瓶などを買って贈るのもいいと思わないか」
我ながら名案だ。仕事が終わり次第街に繰り出し陶器屋へ、
「花瓶であれば、昨日旦那様が嬉しそうにプレゼントされていたではありませんか。旦那様は奥様の笑顔が何よりもお好きですからねえ」
気が利きすぎです、父上。
「そ、それなら、菓子でも買いに行くか。新しい茶葉が今日届くのだと今朝母上が上機嫌に仰っていただろう」
「茶葉を持ってくる商人からの手紙に、紅茶に合う焼き菓子も手に入れたから一緒に持っていくと書いてあったと思いますが」
「くっ……」
こういう日に限って用意が良いな、茶葉商人!
「まずい、そろそろフィスが来るぞ、早く何か思いつけゲイル!」
「だから無理ですって!」
ゲイルの悲鳴に似た否定が放たれたところで、コンコンと隊長室の扉が叩かれた。ほら見ろ、お前が何も思いつかないせいで来てしまった。
「どうぞ」
扉を叩いた者になるべく明るい調子で声をかける。万が一入ってくるのが父上であったりしたら、声のトーンが普段より僅かに低いだけでも鬱陶しいくらい心配される。心配されるとはいっても鬼の形相で「何かあったのか」と問い詰められる形なのだが。
「失礼いたします」
げんなりしつつ見やった扉の向こうから聞こえてきたのは……女性の声だ。小さく扉を開け、身体を滑り込ませるようにして女子が姿を現した。栗色の髪にブリムを着けたその少女には見覚えがある。
「貴女はたしか、ハウル嬢でしたか」
「名前を覚えていていただけて光栄でございます、近衛隊長様。現在リリア様付きの役を仰せつかっております、ルナ・ハウルと申します」
深々と一礼した彼女の手には、白い封筒が握られている。リリア付きのメイドと名乗った以上、差出人は一人しかいない。
「この度はリリア様より手紙をお預かりしましたので、お届けにあがりました」
扉の側に立ったままの彼女にゲイルが歩み寄れば、彼女は緊張した面持ちでゲイルに手紙を手渡した。
「この筆跡……間違いなく“リリア様”のものです」
興奮を滲ませた声で顔だけは平静を装いながら、ゲイルが俺に手紙を差し出す。受け取り人以上に嬉しそうにするな、ゲイル。
「ハウル嬢、この手紙のことは殿下も承知の上か?」
「いいえ、リリア様は『殿下に一切お知らせせず、なるべくフィス様にも会わないようにしてアドレイ様にお届けするように』と仰いましたので、殿下には何も」
「そうか」
大方、王子に手紙のことがバレれば用件について問い詰められることを承知しているのだろう。この短期間で独占欲の強さを把握されるあたり、王子は相当ソフィアを構い倒しているにちがいない。
「手紙を届けてくれてありがとう。帰りにフィスに会ったら、仕事中にゲイルにナンパされて隊長室に連れ込まれそうになったと言っておくといい」
「俺の評判に傷がつくようなことを言わないでくれますか、アドレイ様!?」
こんな反応をするゲイルだが、実は前科がいくつかある。先日も通りすがりの王宮メイドをこの部屋の外で口説こうとしていたくらいだ。
「かしこまりました。それでは、これにて失礼いたします」
一礼して部屋を出て行ったメイドの去り際にゲイルに向けられた視線、明らかに警戒心と呆れと嫌悪が混ざったものだったが、知ったことではない。ある意味自業自得だからな、ゲイル。
「あああなんて事を言うんですかアドレイ様。ハウルさんは密かに狙っていたのに、絶対あの目は嫌われましたよ」
狙っていたのかお前。
まあいい、とりあえずこの手紙を早く読みたいから早く帰ろう。まだ少し定時には早いが、兵舎をもう一度覗いたりして時間を潰せばいい。
それから少し後。迎えの馬車のもとへ向かおうとしていた俺にフィスから声がかかった結果、ここまできて捕まるものかと走り出した俺及びゲイルと追いかけてきたフィスとの逃走劇が展開され、目撃者も多かったせいで翌日の兵舎で散々話の種にされることとなった。ちなみに勝者は俺である。
「ゲイル、父上か母上から今夜の予定など聞かされていないか」
「いいえ、まったく」
「本家からは」
「何もありませんね」
「何でもいいから用事を作れ、今すぐに」
「無茶を言わないでくださいよ」
終業時間まで残り僅かなこのタイミングで何かしら用事を作らなければ、王子に世間話の相手をさせられること間違いなしだ。今日は呼び出される日だというのは、手合わせの後の王子の顔が何よりの証拠だろう。
「ああそうだ、今日は母上が花屋を家に呼んでいるはずだよな? 季節の変わり目でもあるし、たまには新しい花瓶などを買って贈るのもいいと思わないか」
我ながら名案だ。仕事が終わり次第街に繰り出し陶器屋へ、
「花瓶であれば、昨日旦那様が嬉しそうにプレゼントされていたではありませんか。旦那様は奥様の笑顔が何よりもお好きですからねえ」
気が利きすぎです、父上。
「そ、それなら、菓子でも買いに行くか。新しい茶葉が今日届くのだと今朝母上が上機嫌に仰っていただろう」
「茶葉を持ってくる商人からの手紙に、紅茶に合う焼き菓子も手に入れたから一緒に持っていくと書いてあったと思いますが」
「くっ……」
こういう日に限って用意が良いな、茶葉商人!
「まずい、そろそろフィスが来るぞ、早く何か思いつけゲイル!」
「だから無理ですって!」
ゲイルの悲鳴に似た否定が放たれたところで、コンコンと隊長室の扉が叩かれた。ほら見ろ、お前が何も思いつかないせいで来てしまった。
「どうぞ」
扉を叩いた者になるべく明るい調子で声をかける。万が一入ってくるのが父上であったりしたら、声のトーンが普段より僅かに低いだけでも鬱陶しいくらい心配される。心配されるとはいっても鬼の形相で「何かあったのか」と問い詰められる形なのだが。
「失礼いたします」
げんなりしつつ見やった扉の向こうから聞こえてきたのは……女性の声だ。小さく扉を開け、身体を滑り込ませるようにして女子が姿を現した。栗色の髪にブリムを着けたその少女には見覚えがある。
「貴女はたしか、ハウル嬢でしたか」
「名前を覚えていていただけて光栄でございます、近衛隊長様。現在リリア様付きの役を仰せつかっております、ルナ・ハウルと申します」
深々と一礼した彼女の手には、白い封筒が握られている。リリア付きのメイドと名乗った以上、差出人は一人しかいない。
「この度はリリア様より手紙をお預かりしましたので、お届けにあがりました」
扉の側に立ったままの彼女にゲイルが歩み寄れば、彼女は緊張した面持ちでゲイルに手紙を手渡した。
「この筆跡……間違いなく“リリア様”のものです」
興奮を滲ませた声で顔だけは平静を装いながら、ゲイルが俺に手紙を差し出す。受け取り人以上に嬉しそうにするな、ゲイル。
「ハウル嬢、この手紙のことは殿下も承知の上か?」
「いいえ、リリア様は『殿下に一切お知らせせず、なるべくフィス様にも会わないようにしてアドレイ様にお届けするように』と仰いましたので、殿下には何も」
「そうか」
大方、王子に手紙のことがバレれば用件について問い詰められることを承知しているのだろう。この短期間で独占欲の強さを把握されるあたり、王子は相当ソフィアを構い倒しているにちがいない。
「手紙を届けてくれてありがとう。帰りにフィスに会ったら、仕事中にゲイルにナンパされて隊長室に連れ込まれそうになったと言っておくといい」
「俺の評判に傷がつくようなことを言わないでくれますか、アドレイ様!?」
こんな反応をするゲイルだが、実は前科がいくつかある。先日も通りすがりの王宮メイドをこの部屋の外で口説こうとしていたくらいだ。
「かしこまりました。それでは、これにて失礼いたします」
一礼して部屋を出て行ったメイドの去り際にゲイルに向けられた視線、明らかに警戒心と呆れと嫌悪が混ざったものだったが、知ったことではない。ある意味自業自得だからな、ゲイル。
「あああなんて事を言うんですかアドレイ様。ハウルさんは密かに狙っていたのに、絶対あの目は嫌われましたよ」
狙っていたのかお前。
まあいい、とりあえずこの手紙を早く読みたいから早く帰ろう。まだ少し定時には早いが、兵舎をもう一度覗いたりして時間を潰せばいい。
それから少し後。迎えの馬車のもとへ向かおうとしていた俺にフィスから声がかかった結果、ここまできて捕まるものかと走り出した俺及びゲイルと追いかけてきたフィスとの逃走劇が展開され、目撃者も多かったせいで翌日の兵舎で散々話の種にされることとなった。ちなみに勝者は俺である。
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